第34話 何も説明しない男
「僕は君を愛してる!本営に戻ったら君を捨てるだなんてとんでもない!君を捨てなくてはいけないくらいなら、軍なんか即座に辞めてやる!そもそも僕は、君との結婚を決めた時から軍を辞める方向で動いていたんだ!」
ハールマン伯爵家は代々、軍部に勤める武家の家である。三男とはいえ、気軽に辞められるものなのだろうか?今まで聞いたこともない話にフローチェの頭は混乱していく。
「そもそも!ハールマン家は伯爵家の中でも中の下くらいの位置に居て、君の父上のご実家であるオルヘルス伯爵家と比べたら遥かに格下なんだよね?だから、君が自分の地位や身分について卑下する必要がないというか、三男程度の僕の方が身分不相応状態だったから、どうしたら君のお祖父様に認めてもらえるか四苦八苦しているような状態だったんだよ!」
「何なんですか?一体!私の父がなんなんですか!」
「君の祖父母が誰なのか分かったって言ってなかったっけ?僕よりかなり格上身分にあたっちゃうから、正直、僕が結婚相手として許される自信がゼロなんだよ。だから、さっさと今のうちに結婚式を挙げて既成事実を作った方がいいって話で」
「全く聞いていないんですけど!」
確かに、フローチェの父と母はティルブルクの街まで駆け落ちしてきたし、その時に母が着ていた高級の花嫁衣装から考えるに、お金持ちだったということになるのだろう。
母はフローチェに対して幼い時から行儀作法を徹底して教え込んだが、
「フローチェには必要ないって〜」
と、いつも呆れた様子で言っていたのが父なのだ。
「バルトさん、私に何にも説明してないですよね!」
「嫌わないで!お願い!」
涙を流して必死に懇願するバルトルトの情けない姿を見上げたフローチェは、大きなため息を吐き出した。
司令官が号泣している姿は、はっきり言って異様であるし、この姿を他の人が見たらドン引きするのに違いない。だとしても、大の男が涙と鼻水を垂れながらしながら、
「嫌わないで!お願いだから!」
と、懇願する姿を見ていると、凍りついたフローチェの心はあっという間に溶けて行くのだった。
とにかく都合が良い女、チョロイン気質のフローチェは、バルトルトが必死に泣いて謝る姿を見ているだけで、簡単に絆されてしまうのだ。
「君の父上は格式高いオルヘルス伯爵の嫡男で、メイドとして働いていた君の母、こちらは男爵家の令嬢だったんだが二人は身分違いの恋をした。君のお母さんはとても優秀な人だったから、伯爵家当主、君のお祖父さんは結婚をして息子を支えて貰うのも良いかもしれないと考えた。だけど、君のお祖母さんは大反対で、即座に君のお母さんを解雇し、二十歳も年上の男の元へ後妻として嫁がせる手配をしたわけだ」
「聞いてないです、聞いてないです、そんな話は、両親からも聞いていないです」
「君の両親の遺品が入れられていた箱を開けただろう?その中に、君のお祖父さんからの手紙が残されていたんだよ」
「はい?」
「オルヘルス伯爵の領地にはアルメリアの花が沢山咲くことで有名なんだけど、代々、伯爵家の血を引く令嬢は、鮮やかな桃色の瞳を持って生まれることでも有名なんだ。辺境の地では君とオルヘルス伯爵家とを繋げる人は居なかっただろうけれど、王都にいれば、きっと君は注目を浴びる存在になっていただろう」
「私の瞳が伯爵家特有のもの?」
確かに、桃色の瞳は珍しくはあっても、全く居ないという訳では決してない。父も薄い桃色の瞳ではあったので、父由来の瞳なのだろうなとは思ったのだ。それがまさか、伯爵家の特徴だったとは思いもしない。
「君のお祖父さんには二人の息子が居たんだけど、君のお父さんが駆け落ちしてしまったし、ティルブルクでの生活を続けたいという意志を示したみたいなんだ。君のお父さんには十歳も年下になるけど弟が居るから、その弟に伯爵家を継がせれば良いだろうと考えた訳だけど、この君の叔父さんにあたる人がとんでもない人でね。到底、伯爵家は継がせられそうにないから、お祖父さんは君のお父さんとお母さんを呼び寄せて、伯爵位を継がせるつもりでいたんだ。それが、君が十六歳の時に君の両親が揃って王都に向かった理由だよ」
どうしても断れない用があるからと言って両親が揃って王都に向かったのが、フローチェが十六歳の時のことだった。あの時、戻ってきた両親はすでに棺の中に入れられている状態だったのだが・・
「君の両親の記録を確認したんだけど、君の両親は野盗に襲われて、大ぶりのナイフで刺されて殺されていたわけなんだが」
「ちょっと待ってください!両親は馬車の事故で揃って亡くなったと聞いているんですけど!」
「そこからしておかしかったんだよ」
馬はあっという間に暗く沈んだ道を駆け抜けて、バルトルトとフローチェの二人が住む屋敷の前に到着する。
「君の両親は間違いなく殺された、その犯人を僕は今、必死になって探している」
「聞いてないですよ!」
両親を殺した犯人を探しているなんて聞いていない!初耳情報ばかりでフローチェは混乱していた。
「それに、権威主義のオルヘルス伯爵家に認めて貰うためには、僕は絶対にこの戦いに勝たなければならない!じゃないと、伯爵家の三男程度の僕では、君の伴侶に相応しくないと言ってすぐさま離縁されかねないからね!」
「聞いてない、聞いてないですよ!バルトさん!」
平民身分のフローチェが、伯爵家の三男であるバルトルトと結婚するという玉の輿に恐れ慄き、身分差婚の先にあるお先真っ暗な未来を予想して、フローチェは結婚する前から別れた後のことを考えているような始末だったのだが、バルトルト自身が、フローチェとの結婚による身分差婚(本当にそんなものがあるのだろうか?フローチェは未だに半信半疑なのだが)に戦々恐々としていたなんて知る由もない。
「僕の世界は君を中心に回っているって前から言っているよね?君がいなくちゃ僕は生きてなんていけないんだよ?わかる?僕と君が別れるなんてことは、僕の死を意味しているんだよ?」
重い、重すぎるバルトルトの愛に、普通であればドン引きするところであろうが、ちょろすぎるフローチェは、その重すぎる愛の告白だけで天にも昇る気持ちになってしまうのだ。
「まあ!まあ!やっぱり戦闘が始まってしまったんですか?」
屋敷から飛び出してきた侍女頭のドーラは昔からハールマン家で働いていた古参の使用人で、筒状のものに早速火をつけると、片耳を押さえながら筒を持った手を空高く掲げ上げた。
すると火薬が爆発する音と共に、小さな花火のようなものが明るく夜空を照らし出す。
「さあ!さあ!これでこちらの警備を厚くするために小隊一部隊が到着することでしょう!フローチェ様のことは私どもに任せて、坊っちゃまはさっさとお出かけ下さい!」
「せ・・戦闘ってなんですか?」
自分が誘拐されたことを言っているのだろうか?それにしても『戦闘』という語呂が大袈裟なように思えるのだけれど?
「まあ!まあ!まあ!うちの坊っちゃまは、愛する人は真綿に包んで外の騒音は一切遮断したいタイプの男だったんですねぇ!」
侍女頭は蹴り出すようにしてバルトルトを出発させると、
「今日の式は散々だったかもしれないですけど、2回目の式は、完璧、完全、安心、安全に行う予定でいますからね!花嫁衣装もオーダーするところから始めましょう!」
と言ってフローチェの手を取ると優しく撫でたのだ。
「えっ?2回目って?」
結婚式に一回目も二回目もあるのだろうか?そもそも、聞いていないことが多すぎて、フローチェが混乱の極みに陥ったのは言うまでも無いことだろう。
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