第33話 縁起が悪すぎる花嫁衣装
長年、隣国ザイストから王国を守り続けてきた国境警備隊が全くの無能かと言ったらそういう訳では決してない。人の良さを利用されたり、金に目が眩んだりして、敵に利用されているような者も確かに居たが、全員が敵に寝返ったわけでは決してない。
この日は厩舎から溢れるほどの馬が用意されていた為、ウェイターが用意してくれた手前の一頭に飛び乗ると、バルトルトはレストランの裏門から馬に乗って走り抜ける。
道の分岐点に至れば、フローチェが移動した方角にサインが残されている。猛然と馬を走らせていくと、道に飛び出した一人の男が必死にこちらの方へと手を振っている。
「この先です!閣下!林の中にある空き家に移動しています!」
馬車を追いかけて来たのは何も軍部の人間だけではない。フローチェと長年一緒に働いてきた会計事務所の職員のキストも、必死になって追いかけていたのだ。
「ベレンセがフローチェについています、奴ら、空き家の中に移動しています!」
無言のまま馬を降りると、林の中を進んで行ったバルトルトは、こちらの方へと進んでくる不審な四人組の男に駆け寄って、銃弾を打ち込み、喉に拳を突き込んで敵の意識を刈り取り投げ飛ばすと、回し蹴りで沈め、そのまま走って空き家の方へと向かった。
キストとベレンセの二人組は、ティルブルクの街に移動後、フローチェが狙われているという話を会計事務所の所長であるドミニクスに告げていた。その後、自分たちはそのまま誘拐を企むグループの中に潜伏することに決めたのだった。
結婚式の日にフローチェの誘拐が計画されていると知ったバルトルトは、万全の体制を敷いてフローチェの安全を第一に考えた。
警備は隙間なく行われていたはずなのに、軍服姿のエスメル・マウエンが利用されたことで、するりと警備の網をすり抜けられてしまったのだ。
「ああああ・・だから嫌だったんだ〜」
バルトルトは、とにかくあの縁起が悪い花嫁衣装が気に食わなかったのだ。
母親が身に付けていた高価な花嫁衣装は、愛した父の為に用意したものではなく、二十歳も年上の男性の為に用意されたものなのだ。その花嫁衣装を着たままフローチェの母は逃避行することになったのだろうが、
「この花嫁衣装は是非!娘の結婚式に着てもらいたいわ!」
などと思うような幸せの象徴となるドレスではないと思うのだ。
「やっぱりあの花嫁衣装ではなく、違うものを用意すれば良かった!」
万全の警備体制だったというのにフローチェはあっさりと誘拐された。そもそも、あの花嫁衣装を着ていたフローチェの母は、あっさりとフローチェの父に誘拐されたのだ。本当に縁起が悪すぎる。
万が一にも元恋人のダミアンがやって来ないように手配をしたが、まさか、マリータ自身がエスメル・マウエンを利用して披露宴会場に乗り込んでくるとは思いもしない。
扉から飛び出してきた男を撃ち抜き、向かって来た男の頭部を蹴り飛ばす。
一階の奥の部屋の扉の前で見張りに立つ男に銃弾を打ち込み、閉められたままの扉を蹴り破った。
銃床で男を殴り飛ばし、足を撃ち抜き、女に払い腰を決め、襲いかかる男を殴って殴って、殴って殴って、蹴り飛ばす。
「バルトさん!」
フローチェの肩を掴んでいた男の顔面を蹴り飛ばして、バルトルトはフローチェを抱き締めた。
「フローチェ!ごめん!ごめん!ごめん!本当にごめん!」
彼女を抱きしめながら、引き抜いた短銃で、そこら辺に転がる男たちの足を撃ち抜いていく。
「ダメダメ!ベレンセは多分助けてくれたんだから!撃っちゃダメ!撃っちゃダメ!」
「多分ってなんなの!」
顔面を蹴られて倒れるベレンセにバルトルトが銃口を向けると、フローチェが腕に飛びかかって止めに入る。
「ベレンセ!大丈夫か!」
後から部屋に入ってきたキストが悲鳴を上げながら転がるベレンセに飛びついている。
敵でないならそれでいい。
バルトルトはフローチェを抱え上げると、大股で歩きながら空き家の外へと向かっていく。どうやら、バルトルトを追いかけて来た兵士たちが到着したようだったけれど、それも無視してフローチェを馬に乗せた。
「閣下!」
呼びかける部下に持っていたライフル銃を投げ渡すと、バルトルトはフローチェを馬に乗せ、自らも馬に跨り、すぐさま走らせた。
「もう嫌だ!本当にもう嫌だ!その呪いの花嫁衣装が嫌だ!花嫁が誘拐されやすい衣装だったんだよ!やだ!やだ!早く脱いで欲しい!」
ぎゅっとフローチェを抱きしめながらバルトルトが言うため、フローチェもバルトルトの首に両手を回して抱きついたのだった。
化粧直しの為に控室に移動した際、扉付近で女性兵士の一人がカルラを呼び止め声をかけてきた。軍として何かの報告に来たのだろうか、早くパーティー会場に戻らなければならないということもあって、侍女に誘導されるまま控室へと入ると、目の前の侍女が頭を殴りつけられて倒れ、自分は後ろから羽交い締めされることになったのだった。
口に押し付けられた布に鼻を突くような匂いがした為、何かの薬品を嗅がされていたのだろう。意識を失う前に、控室に倒れる二人の侍女の姿が見えた。
その後に、女性の大きな声に意識が呼び覚まされることになったのだが、まさか、会計事務所の後輩事務員だったマリータが、フローチェの誘拐を企むとは思いもしない。
事務所の同僚だったベレンセに、茶番だからと言われながら 喉元にナイフを押し当てられた恐怖は忘れられない。
自分の母のように、愛する父に攫われるというシチュエーションならいざ知らず、見も知らぬ恐ろしい男たちにマリータ主導の元で誘拐されたのだ。もしかしたら男たちに乱暴されていたのではないかと考えると、あまりの恐ろしさに体が震えて止まらなくなる。
「フローチェ、ごめんね!ごめん!万全の警備体制を敷いていたはずなのに!君は誘拐されてしまった!これは僕の落ち度だ!ごめん!ごめん!」
馬を走らせながらフローチェを掻き抱いたままのバルトルトは、涙声で言い出した。
「君を利用しているつもりなんて全然ないんだ!僕の中で一番は君で、君以外、僕にとって全てがどうだっていい!君なしではもう生きていけないんだよ」
まさか、泣いているの?
首に腕を巻きつけて抱きついていたフローチェが顔を動かすと、バルトルトの涙がフローチェの頬を濡らした。
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