第32話 効率重視のアダム
司令官という立場のバルトルトが個人的な事情から飛び出して行くことは軍法会議ものとなるかもしれないが、補佐官のアダムにとってそんなことは問題にならない。
いかに効率よく回していくかがアダムの真骨頂となるため、攫われた妻を追いかける一択状態の上官に対して、要らんことを申しあげるつもりはさらさら無い。やることは山のようにあるのだから、次から次へとこなして行かなければ、せっかくここまで急ピッチで準備をしたこと全てがパアになってしまうのだから。
「12―32、45―66・88・32」
「了解です!」
アダムが暗号数字で指示を飛ばすと、部下がガラスが飛び散る新婦の控室から飛び出して行った。
「カルラ・バッケル!その女を連れて来い!」
アダムがそう言ってパーティー会場へと向かうと、悲鳴をあげるエスメルを引きずりながらカルラがアダムの後を追う。
銃声とガラスの割れる音に驚いた招待客たちは、異常事態から逃げ出すために会場の出入り口に向かってみたものの、兵士たちに扉を封鎖されて出ることが出来ない。そうこうするうちに、完全武装した一部隊が会場に侵入し、貴族たちを会場の中央に集めて銃口を向けたのだった。
「大丈夫、大丈夫、我々はこちらで食事を取っていよう」
元々、パーティー会場で浮いた存在だったブローム会計事務所の職員家族や大家さん一家は、ドミニクス所長の指示に従ってテーブル席へと移動した。
ウェイターたちはテーブル席に飲み物を運び、甲斐甲斐しく食べ物を運ぶ姿に気がついたボスフェルト侯爵が文句を言おうとしたのだが、アダム補佐官が二人の女性兵士を連れて会場へと戻って来たため口をつぐんだ。
バルトルトの補佐官となるアダムは、髪を振り乱しながら悲鳴をあげるエスメル・マウエンを前に連れてくると、
「マウエン男爵は居るか!」
と、大声を上げたのだ。
マウエン男爵は小柄で小太りの男で、おどおどとした様子で前へと出てくると、カルラに捕まえられた自分の娘の姿を認めて顔を真っ青にさせる。
指示を受け取った曹長以上の身分の者たちは、ジャケットを脱いでシャツの腕をまくり、人によってはライフル銃を二挺担いで会場を後にする。
今、全体警護に入る国境警備隊を指揮するのは下級士官のみという状態になっている。披露宴会場を後にした一部の上官は街に残って治安の維持を図り、それ以外の上官は部下を従えてスヘルデ川へと向かう事になる。
敵とぶつかり合うのは近隣の領主軍の役割となるのだが、飢えで苦しむ隣国へ輜重を運び、食料を配りながら隣国のヌーシャテル領を支配下に置くのが国境警備隊の役目となっているのだ。
「マウエン男爵!貴様の娘は隣国ザイストの間諜と結託し、ハールマン司令官の妻誘拐に協力した。現在、夫人の捜索を続けているところではあるが、恐らく夫人を誘拐したことでザイストが有利になるように交渉を運ぼうと考えてのことだろう!」
「嘘よ!嘘よ!嘘!嘘!」
エスメルは泣きながら叫んでいるが、アダムとしては知ったことではない。
「ボスフェル侯爵!貴様は寄子となる貴族にこれ以上裏切り者は存在しないと断言していたが、貴様子飼いの男爵家は敵方に寝返っていたようだな!陛下の信用を再び失ったことになるが、その旨理解しているのか!」
「嘘でしょう!」
「敵国なんかに寝返ったなんて知らないわよ!」
「何を言っているんだ!」
騒ぎ出す貴族たちを黙らせるために、アダムは銃弾を天井に向けて撃ち込んだ。
「お前らフォンティドルフ領の貴族どもは揃って我がゴーダ王国を裏切ったのだ!陛下の意思に反して国土を切り取り、敵国へと下げ渡そうとしたことは明るみとなっている!国境警備の兵士どもも同様!見よ!この女は国境警備隊の軍服を身に纏っているではないか!警備隊もまた!陛下の意思に反して我が国を隣国に売りつけようと企んでいたのか!」
「違います!」
「我らは決して陛下を裏切りはしません!」
第二部隊所属、百人隊の隊長が前に出てくると、
「我ら第二部隊百人隊は例え死したとしても、決して陛下に弓引くようなことなど行いません!」
直立のまま声高に叫んだ。
「確かにこの女は第十二部隊所属の下っ端だ、我が辺境警備隊全てが裏切っているとは私も思うまい!ならば任務を全うせよ!裏切り者の貴族どもを逃すな!拘束せよ!裏切り者の貴族に告ぐ、ザイストの侵攻計画は失敗した!ザイストの侵攻計画は失敗した!」
失神する貴族たちを尻目に、アダムは貴族の拘束を開始する。
「何処までが計画の範疇だったんだ?」
突然の展開に驚きを隠せない様子のバルトルトの兄ファビアンが問いかけてきた為、アダムは小さく肩をすくめながら言い出した。
「何処までというか、臨機応変にいつでも作戦は変えられるようにしています」
ザイスト軍全軍が渡河に無事成功し、敵軍がティルブルクまで攻め込んでくる可能性だってあったのだ。王都ではいつでも進発できるように王国軍の準備は出来ている。ここまで予定通りで動いているから、曹長以上の上級将校たちも、自分の部隊の元へと急行しているのだ。
「それじゃあ、フローチェが誘拐されたのも?」
計画のうちなのかと問われたアダムは、
「それはイレギュラーだったんですよねぇ」
と、ため息まじりに言い出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます