第30話 とことんまで破滅させる
結婚を誓った二人を祝福するために開かれた披露宴パーティーの会場で、たまたま通りかかったウェイターにマリータは声をかけた。
「すみませ〜ん、私、ブローム会計事務所に勤める者で、新婦となるフローチェ先輩の後輩になる者なんですけど〜、先輩のお祝いでお呼ばれしたんですけど、ちょっと遅れちゃったんですよね!何処から会場入りしたら良いのか良く分からなくって〜」
ウェイターは明らかに困り果てた様子で、美しいドレスに身を包むマリータを見下ろす。
「ブローム会計事務所の方は全て受付を済まされているはずですが?」
「そんなバカな!私は会計事務所に勤めています!嘘なんかついていません!」
「そう言われましても・・」
ウェイターが益々困り果てた様子で空のグラスを載せたままのトレイを持ち直すと、
「彼女は間違いないくブローム会計事務所に勤めていますよ、自分が保証します」
すぐ近くから現れたように装って、軍服姿のエスメルが言い出した。
「私はエスメル・マウエン、国境警備隊第十二部隊に所属している。新婦となるフローチェ様の護衛につくカルラ・バッケルに用があり立ち寄ったのだが、ついでだからこちらの女性は私が案内しよう」
「そ・・そうですか・・それでは宜しくお願い致します」
新婦には常に軍服姿の女性兵士が護衛としてついていた。非常に目立つ存在だったため、女性兵士と同じ軍服姿ということもあってウェイターも警戒心を解いてしまったのだ。
新婦は化粧直しのためにそろそろ控え室に下がる頃だろう。女性兵士同士で何のやり取りがあるのかは想像もつかないが、きっと、軍に関しての事だろう。
金持ちが結婚の披露パーティーをティルブルクで挙げる際に、利用されることも多い高級レストランでは、招待客が地元の有力者、貴族、上級将校で取り揃えられているということもあって、一瞬たりとも緊張が解けない。
結婚披露のパーティーでは大概は幸せムードいっぱいだったりするのだが、妙な緊張感に包まれた披露パーティーでは、歓談する人々の顔色すら悪い。
幸せの象徴である新婦の浮かない表情を見るだけで、
「えええ?政略結婚だったっけ?だけど、司令官のお相手って平民なんだよね?」
という疑問がウェイターの頭の中に浮かんでいく。
白々しい会話、緊迫した空気、ちっとも幸せそうじゃない花嫁。
一体これはどうした事だろうと思いながら、グラスを片付けていると、窓ガラスが割れる音と共に、何発もの銃声が轟いたのだ。
慌てて裏庭の方へ飛び出していくと、女性を抱えた男数人がウェイターの前を通り過ぎていく。
「お待ちください!お待ちください!」
抱えられているのは、明らかに花嫁衣装を着た令嬢だった。ウェイターが叫びながら追いかけると、自分に向けて銃弾が発射される。
横を通り過ぎて行った銃弾が厨房横にある厩舎の壁を撃ち抜いていった。
「ひぇええええええ!」
尻餅をついたウェイターが転がると、純白の軍服を身に纏った男がこちらの方へと駆けてくる姿が見えてくる。駆けてきた男は新郎に間違いなく、誘拐された新婦を追って来たのに違いない。
「お客様!お客様!奥様は数人の男に攫われました!追いかけるのなら馬を使ってください!その方がきっと早いです!」
新婦がいくら幸せそうじゃないと言っても、真実の恋人に攫われたわけではなく、数人の男たちに誘拐されてしまったのだ。色々と事情があるのだろうけれど、新婦がとにかく可哀想すぎる!
ウェイターが用意した馬に新郎は飛び乗ると、何かを肩に担いだ状態で走り出す。それがライフル銃だということにも気が付かないウェイターは、
「奴ら、裏門の方へと向かいました!このまま真っ直ぐ行くと裏門です!」
と、新郎の背中に向かって大声で叫んだのだった。
◇◇◇
誘拐をする為に、隣国の国境の街トゥーンから人を雇っているため、男たちを招き入れたあとは全てを任せて馬車の中で待っていたマリータは、手足が拘束されたフローチェが馬車の中に投げ入れられると、はしゃいだ声で笑いだした。
「披露宴会場も警備が厚いとか言っていたけど!全然じゃない!」
移動中に失神させられたようで、床に転がるフローチェはぐったりとして意識を失っている。
「やぁだ!私と同じ平民の癖に!高価なアクセサリーを付けているじゃない!」
走り出す馬車の中で、ブルーサファイアのネックレスとイヤリングを取り上げたマリータは、自分のドレスの小さなポケットの中へとアクセサリーを突っ込むと、硬い椅子に座り込みながら、さあ、どうやってフローチェをこれから甚振ってやろうかと考えた。
特別、フローチェ自身から嫌がらせを受けたこともない、面倒見が良いフローチェによって仕事のフォローもしてもらったマリータなのだが、彼女が居る間は、満足に会計事務所から情報を抜き取ることが出来なかったのだ。
上司と部下という関係になった為、マリータは即座にフローチェを悪者に仕立て上げたのだけれど、そんなことは一切気にせず、マリータがきちんと仕事が出来ているかどうか、ということだけに意識を集中しているのがフローチェなのだ。
書類を抜き取ろうとしてもすぐにバレるし、数字の羅列をメモ帳に記していても、
「何の数字かよく分からないけど、決して事務所の外には出さないでね?こんなメモ一枚でも守秘義務を問われたらうちの事務所の信用問題に関わるから」
と、クソ真面目なことを言い出してくる。
軍部の情報を仕入れるためには暗記するしか方法がない。マリータは特に暗記が苦手だった為、フローチェが退職するまでの半年間は、男性職員であるベレンセとキストを利用して情報を引き出していたのだった。
フローチェが退職するまでは苛立たしい日々であったし、四角四面のフローチェに一矢報いるために、フローチェの恋人であるダミアンを奪ったというところもある。
ダミアンを手に入れて悦に入るマリータを嘲笑うように、フローチェはバルトルト・ハールマンの恋人の座におさまり、遂には結婚までしてしまった。理由はどうあれ、気に入らない相手はとことんまで破滅させる、それがマリータの信条なのだ。
馬車を移動させ、隠れ宿の一つでもある空き家へ移動をしたマリータは、埃まみれの床にフローチェを転がすと、
「さあ!今から私の目の前でこの女を全員で凌辱してちょうだい!」
と、言い出したのだった。
この空き家で仲間と合流後、ティルブルクの街を脱出して国境まで向かう予定で居たのだが、美しいフローチェの花嫁姿を見てマリータの気が変わってしまったのだ。
「今すぐ!やっちゃって!そうして司令官の女を汚しまくってやるのよ!」
「本当にいいんですかい?後から、それは間違いだったと言われても知りやせんぜ?」
「今すぐ!時間がないんだから早くしてちょうだい!」
トゥーンの街からゴロツキを集めた為、美しいフローチェを目の前にして目の色を変える男もいれば、
「いやいや、オーダーと違うでしょう?国境でぶつかり合いが始まっているんですよね?だったら、女を抱いている暇なんかカケラもない。即座に移動を開始しないと!」
と、冷静になって言い出す男もいる。
「いいから!早くやっちゃって!」
マリータのヒステリックな叫び声に驚いた様子で、気を失っていたフローチェが目を覚ました。
そのフローチェのドレスの襟首を掴んだ男の一人が、腰からギラリと刀身が光る幅広のナイフを引き抜くと、フローチェの首にナイフの刃先を押し当てながら、窓から差し込む月光に浮かび上がる、醜悪そのもののマリータを睨みあげたのだった。
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