第24話  もう会うことはない

 トイレ掃除に勤しみながら、ダミアンは大きなため息を吐き出した。

 こっぴどく振ってしまった恋人のフローチェがダミアンの前に現れることはなく、ダミアンが使うベッドを熱心に温めてくれたマリータも、最近では疎遠となっている。


 備品請求の際の横領が発覚し、やったことに対して軽すぎる罰を現在受けているところだけれど、お先真っ暗の今の状態に嫌気が差して仕方がない。


 フローチェと結婚式を挙げる予定だったポープロ教会にダミアンも訪れてみたのだが、

「ダミアン・アッペル様の挙式キャンセルの手続きは無事に済んでいますよ」

 と、言われることになったのだ。


「違約金の費用なんかはどうなったんですか?」

 ダミアンの質問に、祭司は温い笑みを浮かべながら答えてくれた。

「それも問題ありません。他の方が手続きを行い、挙式を行うこととなりましたので、ダミアン様は一切の費用を払う必要もありません。また、こちらは祭司長様より、ダミアン様へお渡しするように言われたものです」


 受け取った封筒の中には前金として教会に払った金額が入れられており、

「これで、今回ダミアン様が押さえた挙式枠について、一切の権利を放棄した形となります」

 と、言われたダミアンは、フローチェとの関係の一切を断ち切られたような気分に陥った。


 ポープロ教会は挙式の予約も大変だけれど、挙式をキャンセルする際には煩雑な手続きを行わなければならない。おそらく、別れた後も、ダミアンはフローチェと何度か顔を合わせることになるだろうと思い込んでいたのだ。


 その時に、フローチェは捨てないでとダミアンに縋り付くのに違いない。それだけ、彼女は確かな愛情をダミアンに向けていたのだから。


 どうやら、自分が押さえていた結婚式の枠を買い取ったのが、最近、王都から派遣されてきた司令官であり、

「マジで信じられねえよ!その日は俺!休みだったのに!」

自分の結婚式の日には、部下に酒を振る舞うなどということは一切行わず、休日の者も含めて全ての人員を駆り出して、ティルブルクの街を全体警護をする形で配備したのだ。


 ティルブルクの国境警備部隊を統括する司令官は、自らの結婚式を自分を紹介するアピールに使い、祝砲をあげ、街全体に自身の武威を示すつもりでいるのだ。


「隊長!全体警護と言いますが、自分も警邏隊に参加した方が宜しいでしょうか?」


 全体警護は最大限の警備体制となるため、第十二部隊に所属した自分も参加するべきだと考え、ダミアンは上官に質問したのだが、

「司令官は自分の結婚式に多くの貴族をお招きしている。彼らの安全を保障すると共に、国境警備隊ここにありと喧伝するだけのことだから、お前は予定通り、トイレ掃除と厩舎の掃除をしていれば良い。ただ、夜は兵舎に待機し、部外者が来た場合は全体警護については悟らせず、我ら兵士は祝いの為に外に出たとでも言っておいてくれ」


 上官は苦々しげにダミアンにそう告げたのだった。


 自分の結婚式に全ての兵士を駆り出し、街の警備に当て、ティルブルクの住民に対しては、夜間祝砲が鳴っても驚かず、家で静かにするようにとの通達まで出しているのだ。

 どうかしているとダミアンも思うし、上官もダミアンと同意見で居るのだろう。


「地元の貴族たちに国境警備隊の威容を見せつけて、金を吐き出させるつもりなのかも知れないな・・」


 隣国ザイストは政がうまくいかず、噴き上がる国民の不満を別の形で昇華させようと躍起になっているのだと話に聞いた。ザイストが喧嘩をふっかける相手といえばゴーダ王国であり、戦端は常にスヘルデ川周辺で開かれる。


 隣国との戦争となれば金が必要で、資金の調達のためには有力貴族に媚を売らなければならない。自分の結婚式を利用して、国境警備隊がどれだけ素晴らしいものであり、自分たちを守ってくれる軍部への畏敬と崇拝を引き出そうとするのなら、確かに、全体警護を貴族たちの眼下に繰り広げるというのは良いアイデアかも知れない。


 ただ、結婚式の余興のために、軍部全体を私的に利用したと言えば大問題となるため、言動には注意が必要となるのだろう。


「ふう〜」

 トイレ掃除を一通り終えて、デッキブラシをダミアンが片付けようとしていると、

「ダミアンさん!ダミアンさんったら!」

 綺麗に着飾ったマリータが声をかけてきたのだった。


「お前、どうやってこんな所までやって来たんだよ?」

 兵舎の奥までマリータが入り込めたのは、人が出払っているからに違いない。

「ねえ、ダミアンさん、何か変わったことってない?」

 他人の話を全く聞かないマリータが、新緑の瞳を潤ませながらダミアンを見上げてきた。


 変わったことと言えば、マリータがダミアンと疎遠になって、最近では二人の関係がボツ交渉状態になっていたことだろうか?瞳を潤ませて見上げてくるそぶりを見るに、私が居なくて寂しかったでしょう?とでも言いたいのだろうか?


「変わったことと言えば、今日は司令官の結婚式だから、みんなが祝い事だと言って外に出て行っちまったくらいかな?」

「ダミアンさんは、司令官の結婚相手が誰なのか知っているの?」

「知らないし、興味がない」


 マリータは驚いた様子で新緑の瞳を見開くと、おかしくて仕方がないといった様子でクスクスと笑い出す。


「ダミアンさんって面白い!」


 マリータはそう言うと、もうダミアンに対して一切の用はないとでも言うように、くるりと回れ右をして出口の方へと歩いていく。

 その後ろ姿を見つめながら、もう会うことはないだろうなとダミアンはぼんやりと考えていたのだった。

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