第23話  自暴自棄の女

 ハールマン伯爵家の次男で子爵家に婿入りしたという、バルトルトの兄ファビアンは、忙しいバルトルトに代わって、結婚前で忙しいフローチェのフォローを甲斐甲斐しく行ってくれた。


 ポープロ教会では、祝日、祭日であれば午前、午後、夜と最大で3回、結婚の儀式を行うことが出来るのだが、平日の儀式は夕方から夜にかけて行われる一回だけ。

 ゴーダ王国では、仕事帰りや学校帰りでも参加出来るようにするために、結婚式は夕方から夜にかけて行われることが多い。


 お金に余裕がある人であれば、祝祭日の日中に式を行い、その後に披露宴を大々的に行うのが主流となるのだけれど、お金に余裕がない人であれば平日の夜に式を挙げる一択となるのだった。


 元々、フローチェと結婚する予定であったダミアンは金銭に余裕があるわけではなかった為、夜の挙式を終えた後は、教会の近くにある親族の家で軽い立食パーティーをすれば良いと当初は考えていたわけだ。


 その後、フローチェとの結婚をほぼ勢いで決めたバルトルトだけれども、挙式の後には大々的な披露宴を行う予定でいるようだ。ティルブルクの街を管轄下とするフォンティドルフ領の領主も参加するし、領内の貴族たちも参加することになる。


 フローチェ側の招待客といえば、職場の職員とその家族、今までお世話になった大家さんとその家族程度のものだけれど、バルトルト側の招待客は地元の有力者が目白押しとなるのは間違いない。


 両親に先立たれてたった一人の親族もいないフローチェとしては、たった一人だけ参加してくれたバルトルトの兄となるファビアンの存在は大きかった。


「本当は僕の妻や、僕たちの姉あたりを連れて来れれば良かったんだろうけど、両方ともおめでたで、長距離の移動が難しくて」


 申し訳なさそうに言うファビアンを見上げたフローチェは、

「とんでもない!私なんかの為に誰かを呼ぶ必要なんて!全くないんです!大丈夫です!」

と、慌てたように言い出すため、ファビアンも、護衛のカルラも困り果ててしまうのだった。


 最近のフローチェは「私なんか(・・・)」を枕詞に使うことが多くなった。あまりにも申し訳なくなったファビアンが、宝飾品やドレスを出来る限りで取り揃えようとすると、あからさまに拒絶するような反応を見せるのだ。


 忙しいバルトルトが夜に帰ってくることはほとんど無くなったものの、それでも捻り出した隙間時間を利用してフローチェの元までやってくる。


「フローチェ、ああ、フローチェ、逢いたかった!」


 そう言ってバルトルトはフローチェを抱きしめると、耳元で愛を囁き、時と場合によっては寝室まで移動をしてそのまましばらく帰って来ない。


 歴代の司令官が利用したというティルブルクの家は瀟洒な屋敷であり、今までフローチェとバルトルトの二人きりだった生活が変化した。


 護衛としてカルラ・バッケルが家に入り、結婚式に参加するために王都からやってきたファビアンが、気心が知れた侍従や侍女、メイドを連れてやってきた。その為、一気に人が増えた形となるのだった。


 夜には帰って来なくなったバルトルトの代わりに大勢の使用人が立ち働くようになったし、その使用人を取り仕切るのがフローチェの役目となったのではあるが、

「私なんか(・・・)が取り仕切るだなんておかしいですよ、使用人がいる生活もきっと今だけでしょうから、ファビアン様にお願いすることは出来ないのでしょうか?」

と、暗に平民の自分なんかの命令には従いたくないだろうから、貴族として地位のあるファビアンに使用人の取り仕切りを願うのだった。


「君は司令官夫人になる人なんだよ?」


 ファビアンは優しく問いかけてきたけれど、フローチェの頭の中には『期間限定です』という文言が浮かんでくる。


「バルトルトがどれだけの期間、ティルブルクで務めることになるのかは分からないけれど、その間、この広い屋敷を管理するのは君の役目になる。使用人を使うことに慣れていないかも知れないけど、練習だと思って頑張ってみない?」


 使用人を頑張って使うという意味が分からないけれど、当主のサポートを行う貴族夫人のするべきことというものを、ファビアンはまるで自分の妹に教え込むようにして、懇切丁寧に教示してくれたのだった。


 王都から移動してきた使用人たちは伯爵家に長年仕えていた古参の者が多く、ハールマン家の三男坊であるバルトルトがいかにフローチェを大切に思い、溺愛しているのかということは容易に理解していたものだから、フローチェに対して下にも置かぬ態度で好意を持って接してくれるのだった。


 フローチェが平民だからと侮る者は誰一人居ないというのに、

「私なんか(・・・)の為に、そこまでしてくれなくても大丈夫なのに・・」

 どんどんと卑屈になっていくフローチェを護衛するにあたり、カルラの太い眉がどんどんと下げ眉になっていく。


「結婚前の花嫁ってこんなにドンヨリしているものだっけ?」

 思わずファビアンが護衛のカルラに問いかけると、カルラは首を横に振りながら言い出した。

「フローチェ様は、普通の花嫁とは違う立場なのかも知れません」

「なんてことだ・・」


 バルトルトの兄であるファビアンは、すでに、罪悪感で押し潰されそうになっていた。弟が今まで見たことがないほど、フローチェを溺愛しているのが良くわかる。イチャイチャするのも所構わずだし、目のやり場に困ることも一度や二度のことではない。


 恥ずかしそうに俯くフローチェを遠目に眺めながら『フローチェ嬢!ごめん!こんな弟でごめん!』と、何度、心の中で謝り続けたことだろうか。ここに妻がいれば、亡くなった母が存命でこの場に居れば、女性としてフローチェを的確にフォローしてくれただろうが、男の自分では難しすぎる。


 フローチェの身近には常に護衛としてカルラ・バッケルがついているが、そこら辺の男よりも男らしいとされるカルラに何かを期待できるわけがない!


「ああ〜―、早く結婚式が終わってくれ〜!」


 ファビアンとしては色々と居た堪れない、それはカルラも同じようで、

「本当にそれです!」

と、答えて大きなため息を吐き出したのだった。

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