第22話 幸せってなんだろう?
フローチェは、バルトルトがハールマン伯爵家の三男だという話を聞いた時から、例え結婚をしたとしても長く続くことはないだろうなと思ったのだ。
以前と比べれば身分の隔たりは少なくなっているとは言っても、平民と貴族では間違いなく大きな問題が生じるだろう。バルトルトは駆け落ちした父母が貴族の出身ではないかと考えているのかもしれないけれど、結婚式から逃げ出した時点で除籍処分をされていることだろう。
先祖代々の血筋を辿ればと言ったところで意味がない。今、現在、フローチェは平民なのだから、将来的には親族の反対を受けて離縁をすることになるだろう。
契約妻だろうが、正式の妻だろうが、ティルブルクの女は王都に行ったらうまくいかない。精々が愛人扱いで、それも年をとって容姿が衰えれば捨てられるだけ。
ダミアンと付き合っていた時は、何も言わない、愛の言葉も囁かなければ、別れの言葉も言わない彼のそっけない態度を不安に思い、未来が見えない霧の中を進んでいるような気がしたけれど、バルトルトの場合はとりあえず結末だけは見えているのだ。
どうせいつかは別れるのなら、それまでの間は笑って楽しく過ごしたい。
「フローチェ、愛しているよ」
という愛の囁きを聞きながら、彼が後から思い出した時に、あの時は幸せだったなと思えるような時を過ごしたい。
結婚式は一生に一度の大切な儀式だというけれど、そんな風には思わない。どう利用されても構わない。彼が楽しめればそれでいい。
フローチェは確かにあの時、バルトルトに掬い上げられたのだ。彼が求める指先の感触を覚えているだけで、甘い吐息を感じたあの瞬間が記憶に残ればそれでいい。
都合の良い女にすぐさま成り下がってしまうフローチェは、子爵家に婿入りしたバルトルトの兄を紹介された時にも、彼の姉が嫁入りする時に使ったベールや、伯爵家に嫁入りする花嫁が結婚式で身に付けるブルーサファイアのネックレスやイヤリングを見せて貰った時にも、
「私なんかに使われるなんて、本当に申し訳ないなぁ・・」
と、思うだけで、
「次の花嫁は素晴らしい人だと思うので、その人の時に立派に飾り付けてもらえればいいのに、なんで私なんかの為に用意するのかなぁ」
と、非常に後ろ向きな考えになっていたのだ。
「せっかくの花嫁なんですから、もっと幸せそうにしていても良いものだと思うのですが?」
護衛のカルラからそう言われても、フローチェには今ひとつピンと来ない。
「幸せってなんだろう?」
幸せの形がフローチェには良く分からない。バルトルトがフローチェを花嫁にしたのは都合が良かったから。愛していると言われても、それは今だけのイベント。時が来たら『さようなら』をする関係。また傷つくのは怖いから、結婚をする前から、別れた後のことばかり考えている。
そうした方が、きっと傷は浅くて済むだろうから。
結婚する前から幸せは諦めて、別れた先に辿り着く袋小路に迷い込んだまま、フローチェはため息を吐き出すのだった。
弟が電撃結婚をすると聞いて、一番自由が効く次兄のファビアンは国境の街ティルブルクまでやってくることになったのだが、豪奢なレースで作られたウェディングベールを見ても、伯爵家秘蔵の宝石を目の前に置いても、全く感情を動かさないフローチェを見て大きな不安を感じることになったのだった。
結婚前の喜びなどカケラもなく、困り果てた様子で、
「私なんかに使うなんて勿体無いですよ、次の方に利用された方が良いのではないでしょうか?」
と言い出すフローチェの言動が理解できない。
普通、平民の女性であれば、不相応と言えるほどのウェディングベールにアクセサリーを目の前に置かれたら、飛び上がって喜ぶのではないのだろうか?
伯爵家の一員になれることを誉に思うものではないだろうか?そもそも、次とはなんなんだ次とは、二人は別れる前提で今回、急遽結婚することになったということなのだろうか?
「ああー〜」
バルトルトの兄となるファビアンとは顔見知りでもある護衛のカルラは、困り果てた様子で肩をすくめると、
「確かに、今回の結婚は敵を誘き出すための作戦の一つ、だということは間違いのない事実です」
と、カルラは王都から結婚式に参加するためにやってきたファビアンに対して言葉を漏らした。
「ですが、私から見るに少佐はフローチェ・キーリス嬢に対して本気ですよ。少佐は絶対に自身の側から離さないと思うのですが、フローチェ様の考えではそうではないのです。少佐がティルブルクから本部に帰れば、おそらく正式な結婚相手が用意されるだろう。そうしたら、間違いなく離縁される。それまでの関係だとお考えのようです」
カルラは太めの眉を顰めると、
「自分は北部出身なので、この地域独特の考えというのがよく分からないのですが・・」
と言って、契約婚も盛んに行われる場所柄だけに、女性は達観した考えを持っているようだと説明したのだった。
婿入りするまでは軍部に勤めていたファビアンも、ティルブルクの噂は聞いたことがある。若い奴であれば可愛い娘とすぐ様恋人関係になれるし、歳をとった金持ちであれば、愛人契約をすることが可能。
後腐れがないのがティルブルクの女で、例え王都に連れて行ったとしても、すぐに状況を理解して金さえ払えば地元へ帰る。例え子供が出来たとしても、未婚の母が多い地域だけに、問題なく生活をすることが出来るのだと。
「自分はそういう考え方、全く好きではありませんけどね。ですが、男の人にとっては非常に都合が良いのではないでしょうか?」
愛していると言ってベタ惚れしているように見せながら、都合が悪くなれば捨てるつもりなのか。反吐が出そうなほどの嫌悪感を自分の弟に対して感じたファビアンは、フローチェに断りを入れて、弟が務める国境警備部隊の本営の方へと移動することになったのだが・・
「ヌーシャテル領内の動きは良好、潜伏している者たちの報告によると、我が方への合流は確実とのこと」
「トゥーンの城塞に集まった兵士は2万、後から合流する予定が2万との報告を受けております」
「我が方への増援が二ヶ月後に到着との情報、敵方はきちんと掬い上げて利用しているようです。閣下の結婚に合わせて、敵方は夜襲をかけるつもりでしょう」
「裏切り者は子爵家、男爵家、合わせて四家となりそうです。四貴族の当主家族は閣下の式に参加予定、現在、ティルブルクに向けて移動中」
「その四家については移動中に拘束をしろ、式で暴れられても困るからな」
「裏切りの疑いがある三家についてはどうしましょうか?」
「それについてはそのままで良い、あまり派手に動いて敵にこちらの動きを知られる訳にはいかないからな」
作戦本部まで出向いたファビアンは、自身の首を横に振って回れ右をしたのだった。予定通りで行けば、明日、戦端が開かれることになる。
新郎があの調子で、新婦もあの調子なら、何も言うことはないのかもしれない。というか、何も言いたくない。惚れた腫れたで結婚を決めたのに、自分の結婚を作戦に取り入れるとは、フローチェにさっさと見限られて別れてしまえば良いとまでファビアンは考えた。
バルトルトにフローチェは勿体無い。平民といえども、とても品があるお嬢さんに見えたのだ、バルトルト以外にも世の中にはもっと良い男が山ほどいる。
なんだったらファビアンが結婚に適した相手を紹介してやっても良いかもしれない。
それくらいの迷惑を自分の弟がかけているような気がするのだから。
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