第19話  縁起が悪いドレス

ダミアンとティルブルクにあるポープロ教会で結婚を挙げる予定だったフローチェは、会計事務所の所長や職員さんとその家族、お世話になった大家さん一家を呼ぶ程度で、後はダミアンの親族や友人が大勢集まるだろうという程度の人数把握しかしていなかったし、教会で式を挙げた後は、教会の近くにあるダミアンの親族の家で、軽い立食パーティーをするという程度のことしか知らなかった。


 ポープロ教会のキャンセル費用が高額になるということで、急遽、バルトルト・ハールマンと結婚することになったフローチェ。


 二人は出会って十日ほどでしかなく、お互いのことなど何も知らないような状況だというのに、勢いとタイミングだけで『結婚』を決めた彼女は、亡くなった両親の遺品が詰め込まれた箱の中身を漁った末に、

「あった!」

 興奮の声を挙げたのだった。


「バルトさん!所長が言っていた通りに!箱の中に花嫁衣装がありました!母が着ていたものだと思うんですけど、状態も良さそうです!」


 箱の底の方に仕舞われていたのは紙に包まれた花嫁衣装で、花嫁に幸福を運ぶと言われる美しい白鳥が幾重にも刺繍されたマーメイドタイプのドレスは、高級生地を使用しているからか、時代を感じさせない純白の輝きを維持していた。


 ただ、一緒に入れられていたベールは黄ばみ、ところどころ虫食いをされているような状態だった為、使えるのはドレスのみとなるだろう。


「状態が良いのは分かったけど、着れそう?無理そうだったら、新しいのを買えばいいんだからね?」

「母とは体型が似ているから!きっと大丈夫ですよ!」


 もう一つの箱を開けて中身を確認していたバルトルトを置いて、早速隣の部屋で母が着ていたというドレスに袖を通すことにした。


 所長が教えてくれたのだが、フローチェの母はフローチェの父と恋仲だったのだが、周囲は二人の交際を認めず、無理矢理別れさせられたのだそうだ。その後、母の方が親が決めた二十歳も年上の男性の元へ嫁入りすることになってしまって、あっという間に式を挙げることになったという。


そこに現れたのはフローチェの父で、花嫁姿の母を攫って、家も仕事も全てを捨てて、二人でティルブルクまで逃げて来たのだという。


 王都から馬を乗り継いでも四日はかかる道のりだというのに、ティルブルクに到着した時の母はまだ、花嫁衣装を着たままだったというのだから、二人が急いで逃げて来た様子が容易に想像できる。


 年上の金持ちに嫁ぐ予定だった母が着ていた花嫁衣装は高級品で、売って生活の足しにしようかと何度も考えたそうなのだけれど、娘が結婚する時に、着てもらうなり、売ってお金に変えたりも出来るだろうと考えて、とっておいたのだという話だった。


 生前、母からも父からもそんな話は聞いたことがなかったフローチェは、半信半疑で箱の中身を確認してみたところ、確かに、一目で高級とわかるドレスが箱の底から出て来たのだ。


 ドレスを着てみれば、母の方がフローチェよりも胸が大きかったのと、背はフローチェの方が高かったということがわかった。ドレスの丈については踵が低めの靴を用意すれば良いだろうし、胸の部分は服飾店に持って行って、サイズを直して貰えば大丈夫だろう。


「フローチェ、どうだった?サイズが合わないようだったら新しいのを買えばいいんだよ?」


 試着が終わるのを見計らって扉をノックしてきたバルトルトは、ウェディングドレスを身に纏うフローチェをつくづく眺めて、

「似合う!似合うけど!ちょっと縁起が悪すぎるドレスだよねぇ?」

 葛藤を露わにしながら身悶えている。


 ちなみにバルトルトは、強奪された花嫁が着ていた衣装というところに強い引っ掛かりを感じるらしい。フローチェの母が着ていたドレスだけれど、それを着ている状態でフローチェの父に攫われた。このドレスを用意したのが誰なのかは分からないけれど、結婚式を挙げる予定の新郎がとんでもない目に遭ったのは間違いのない事実でもある。


「それじゃあ、今度の日曜日に中央広場の市場に行ってみます?王都からやって来るお店なんかも開いていたりするので、掘り出し物があるので有名だったりするんですよ?」


「なんで新品じゃ駄目なの?オーダーメイドは無理だけど、既製品で新しいのを買えばいいじゃないか!」

「うー〜ん」

「とりあえず見てみよう!見るのは無料でしょ!」

「うー〜ん」


 ティルブルクにも花嫁衣装を置く店はあるにはあるのだけれど、置いている衣装はそれほど価格も高くないし、生地も安めで簡易な作りのものが取り揃えられていた。


 日曜市に出店する古着を取り扱う店の方が高級なドレスを置いていたけれど、よくよく見れば、小さな染みや汚れが目立つ場所に残っている。


「バルトさん!このベールとかどうですかね?」


 山積みとなったドレスの下の方からベールを引っ張り出したフローチェが、汚れた黄ばみを洗剤で落とし切ることが出来るとか、穴が空いた部分を切り取って縫い直せば何とかなるんじゃないかと言いながら、ベールを広げて見せたため、

「ベールとアクセサリーだけは僕に用意させてくれ!」

 と、バルトルトは小刻みに震え上がりながら言い出した。


 いくら伯爵家の三男だからといって、こんな情けない思いをすることがあるだろうか?司令官の夫人になろうという女性が、古着、古着、古着からの、汚れと虫食いの穴を繕ってまで花嫁衣装を用意するだなんて!どうかしているのにも程がある!


「頼むから僕をこれ以上、甲斐性なしにしないでくれ!頼む!」

「えええ?どうしてベールを繕うことが甲斐性なしに繋がるんですか?」


「ちなみに、ちなみに、本当は尋ねたくもなかったんだけど、フローチェは赤髪クソ男と結婚する予定だったと思うんだけど、式の時には何を着る予定でいたわけ?」


 赤髪クソ男の部分は華麗にスルーしたフローチェは、長いまつ毛を瞬かせると、

「白いワンピースを着る予定でした」

 と、言い出した。


「本来、平民の結婚式なんて衣装は白であればそれで良しという感じなんですけど、仮にもバルトさんは国境警備部隊の司令官を務める方ですから、ちゃんとしたものを用意しなくちゃダメだって所長に言われたので、今このベールを繕うかどうしようかを考えているわけで」


「ベールとアクセサリーは僕に任せてくれ!」

 縁起が悪いドレスではあるが、母の形見のドレスであることに間違いはない。これにベールとアクセサリーを合わせれば、間違いなく、フローチェは美しい花嫁になる!


「結婚式までの準備期間があまりにも短いけど、今回の式は仮のものとして、後でちゃんとした式を挙げてもいいし」

「後でちゃんと?後でもう一回式を挙げるつもりなんですか?」

「だって、僕の親族なんか兄一人しか参加できないし、君の祖父母だって、孫の結婚式には参加したいかもしれないし?」

「私の祖父母が?」


 それはないだろう、という表情を浮かべるフローチェを見下ろすと、バルトルトは小さなため息を吐き出した。

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