第16話 転がり出す運命
国境警備第六部隊隊長であるサムエルは、自分の部下となるダミアン・アッペルの身辺調査を命じられた時には、
「なんで調査なんて入ることになったんだ?」
と、疑問に思うことになったわけだ。
王都から派遣された司令官は情報戦が得意であるし、北方の異民族との小競り合いではそれで大きな成果をあげたという話は小耳に挟んだことがあるのだが、何故、自分の部下が名指しで調査を受けることになったのか、その理由が判然としない。
言われるがままに調査を続けていたサムエルは、ダミアン・アッペルから出される備品の請求書をまとめるに当たって、ある問題に気が付くことになったのだ。
「バルトルト様、ダミアン・アッペルの身辺調査の結果が来ましたが、どうやら黒だったみたいです」
バルトルトの執務室に入ってきた側近のアダムが書類の束を差し出してきた為、ペラペラと捲りながら内容を確認する。
「今すぐ拘束しますか?それとも、しばらく泳がせますか?」
「そうだなぁ〜」
第六部隊所属のダミアン・アッペルは備品請求を一年ほど前から任されているのだが、ここ数ヶ月、備品を請求する際に巧妙に数字を動かして中抜きをしている実態が明るみになっていた。
「フローチェがダミアンの請求手続きの手伝いをさせられていたなんて話を聞いた時に、うん?と思ったんだけど、フローチェが関わらなくなった数ヶ月の間は、マリータ・スラウスが関わっていたんだろうね」
「その女、今はブローム会計事務所に潜り込んでいるんですよね?」
「そうなんだよ」
ブローム会計事務所はティルブルクで信頼と実績を勝ち取った会計事務所であり、国境警備隊の会計管理にも一部、関わっているのだ。
「今日にでも会計事務所の所長と顔合わせをする予定でいるから、その時に話を煮詰めることにする」
「それで、ダミアン・アッペルはどうします?」
「それについては・・」
いつでもパリッとした軍服を身に纏っていたダミアンは、最近、皺が残るシャツを着るようになっていた。若い女と一緒に暮らし始めて楽しいと嘯きながらも、目の下の隈は黒々として、肌艶も悪いように見えるのだった。
「隊長、ダミアン・アッペルです」
「入れ」
国境警備第六部隊隊長であるサムエルの執務室に入ったダミアンが敬礼をすると、答礼も返さずに、サムエルは書類の束をダミアンに向かって投げつけた。
「お前、備品請求の時に中抜きして自分のポケットマネーにしていただろう?」
「は?いや、その・・」
「言い訳はいらない」
サムエルはダミアンを殴りつけると、床に転がるダミアンの腹目掛けて蹴りを入れる。
「隣国ザイストがティルブルクへの侵攻を開始するかどうかっていう切羽詰まった状態だっていうのに、お前は経費の中抜きをした分を懐に入れて、若いお姉ちゃんと遊びまくっていたっていうじゃないか?ええ?」
もう一発、蹴りを入れると、サムエルはダミアンの胸ぐらを掴み、引き上げながら鬼の形相となって睨みつける。
「てめえにとっては、ちょっと懐に入れた程度の事かも知れねえが、そのちょっとの気の迷いが命取りになるって俺は散々教えたよな?」
「で・・でも!俺以外にもやっている奴が居るわけで!」
「誰だよ?そのやっている奴は誰だっていうんだよ?今すぐ連れて来いよ!」
「いや、誰って言われても、人から聞いた話ってだけなんで」
会計事務所に勤めるマリータが大勢の人間がやっているというから、ダミアンもそれにならって備品請求の際に細工をすることにしたのだが、その手口が上官にバレてしまったようだ。
「誰に聞いたんだよ?言えよ!言え!言えよ!」
「いや・・飲み屋でちょっと・・耳に挟んだだけなので」
まさかここでマリータから聞いたなどと言えるわけがない。ダミアンは惚け続けることにしたため、上官の拳を何発も喰らうことになった。
「くそっ!お前の所為で俺まで減給処分を受けることになっちまったじゃねえかよ!ああ?ふざけんなよ?てめえなんか牢屋にぶち込んでギッタンギッタンにするのが当たり前なのに!くそっ!意味がわからねえ!」
床に転がるダミアンは、横領の罪で軍を辞めることになると思ったし、下手したら牢屋に入れられると思っていたのだが・・
「ええ〜!超ラッキーだったジャーン!二等兵に格下げになったのは残念だったけど、減給とトイレ掃除だけでチャラになるんでしょう〜!」
五年前に二等兵として採用されたダミアンは、厳しい試験を通過して一等兵となったのが一年前のことになる。それが、二等兵に落ちた上に、今まで中抜きをしていた分を支払うため、一年間に渡る減給処分を受けることになったわけだ。
もちろん、第六部隊からも移動が決定し、街の巡回などがメインとなる第十二連隊へ二等兵として配属。ただし、最初の半年間は兵舎の全てのトイレをくまなく綺麗にして回らなくてはならない。トイレ掃除だけでなく、厩舎の仕事も割り振られることになった為、兵士としての訓練、警邏としての見回りなどに入れるわけもない。
「俺、軍を辞めようかな・・」
フローチェが居なくなってからというもの、ダミアンには生きる活力が漲ってこないのだった。確かに、自分のベッドを温めてくれるマリータの存在が身近に居るのだが、あれだけ楽しかった彼女との逢瀬も、今は砂を噛むように味気ないものに変っている。
「やめたらダメだよ!」
ダミアンの家のゴミだらけのキッチンで、マリータは不貞腐れたように口を尖らせながら言い出した。
「私だって本当は会計事務所、辞めたいんだよ?だけど、頑張って仕事しているんだから!ダミアンさんだって仕事を続けなくちゃ駄目だよ!」
先輩の恋人を奪い取ったマリータの評判は、地の底まで落ちる勢いとなっている。
「所長がめちゃくちゃ良い人で、あんまりにも周りの目が冷たいから、私が個室で働けるように手配してくれたのね!それで、少しは職場環境も良くなっては来てるんだけどぉ、仕事なんて辞められるのなら私だって辞めたいよー!」
一時期はダミアンと結婚して主婦として生きたいと言っていたマリータも、ダミアンの家の汚さや、意外にお金を持っていない事実に気が付いたようで、最近では結婚を匂わすような言葉も言わなくなって来ているのだった。
「それにさ、トイレ掃除の罰則を受けているから牢屋に入れられなかったわけであって、もしもダミアンさんが軍を辞めるようなことになったら、それこそ横領罪で牢屋行きになるかもしれないよね?」
備品請求の際に細工をしてポケットマネーを増やす方法を自らレクチャーしたマリータは、あくまで他人事といった感じでダミアンに笑顔を浮かべるのだった。
「そもそもお前が、俺に中抜きの方法なんか教えなければこんなことにならなかったのに!」
「私は教えただけで、実際に実行したのはダミアンさんでしょ?自分で決めてやったことなのに、後から私の所為にされても困るんだけど?」
「てめえ・・・」
ダミアンがマリータに殴りかからないのは、自分に監視の目がついているから。隣国との戦争が起きるかどうかという瀬戸際に問題を起こしたダミアンは、要注意人物として監視の対象に入っている。そんな中で、女に手を出したらそれこそ独房行きは免れないだろう。
「くそっ・・くそっ・・くそっ!」
ダミアンは何処から間違ってしまったのだろうか。
本来なら、結婚式の準備で慌ただしい日々を送っているはずなのに、結婚しようと考えたフローチェは行方知れずとなり、二人の愛の棲家としようと考えた家はゴミ溜め状態になっている。
「心配しないで、ダミアンさん。しばらくの間は、私が養ってあげるから」
実際に、減給処分を受けたダミアンの給料だけで、この家に住み続けるのは難しい。マリータが金を出すというのなら、それは受け入れた方が良いということなのか・・
ダミアンは田舎の生まれの割には顔立ちが整った男で、物心ついた時から女にチヤホヤされて生きてきた。色々な女と関係を持ってきたダミアンも、目の前に座るマリータの性悪ぶりにはまだ気が付いていないところがあるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます