第7話  男運がない女

「これは水れす!わらしは水ではなくお酒を所望します!」


 先ほどまでは、水を酒だと思って、美味しい!美味しい!と飲んでいたというのに、遂に自分が飲んでいるものが水であるということに気が付いてしまったらしい。


「お水もいいんれすけど、こんな日はアルコールれす!絶対にアルコールなのれす!」

「ううう〜ん」


 あまりの泥酔ぶりに、きっと朝まで起きないだろうなどと思ったのが運のツキ。バルトルトが自宅へと到着するのと同時に目を覚ましたフローチェは、

「ああ、新しいお店なのれすね」

と、言い出して、ダイニングテーブルの椅子に飛びつくようにして座ると、

「お酒をジャンジャン持ってきてくらさい!今日は朝まで飲み明かしましょう!」

と言って、期待に満ちた眼差しでバルトルトを見上げて来たのだった。


 仕方なしに、コップに注いだ水を目の前に持って行ってやると、

「店員さん!これはアルコールではありません!これは水れす!わらしは水ではなくお酒を所望します!」

と、言い出した。


「はーーーっ」

 ため息を吐き出しながら、バルトルトがフローチェの向かい側の席に座ると、

「すみません、誤解してました。わらしなんてアルコールを飲む価値もない人間なのれす、わらしの人生は誤解ばかりの人生なのれす」

と言って、急に、酔いどれフローチェによる自分語りが始まったのだった。


 このフローチェという可愛らしい女性、十六歳の時に両親を事故で亡くして天涯孤独の身ということなのだが、そんな自分にも運命の出会いがあったのだという。


 会計事務所で働き始めて一年経ったところ、取引先の相手が何度も食事に誘ってくれるようになったのだという。突然、両親を亡くしてまだ傷が癒え切らないフローチェを労ってくれる、背も高く、顔も格好いい、王子様のような彼は、女性スタッフにも大人気。


 所詮自分は出入りの会計事務所の事務員でしかなく、ただ、憧れの存在として眺めるだけで終わるだろうと思っていたら、

「フローチェ、大好きだよ」

 と言われて、二人の交際が始まったのだという。


「一体、僕は何の話を聞かされているんだ?」

 と、思ったが、バルトルトはその先を話すようにフローチェを促した。


 彼が一人暮らしする家の合鍵を貰ったフローチェは、優しい彼に報いるために頑張ろうと決意した。彼の家の掃除をすることは勿論のこと、食事の支度、洗濯にアイロン掛けまで、無償で尽くし続けたわけだ。


「わらし、一人きりだから家族が欲しかったんれす。わらしの中で家族で一番のキーパーソンと言えばお母さんれ、お母さんみたいになれば、きっとわらしのことをもっと好きになってくれると思ったんれす」


 彼とはキス止まりだったけれど、

「最後までは結婚してから」

と、彼は言っていた。恋人ともっと先まで進んでいるお友達もいるけれど、彼はそれだけ私のことを大事にしてくれるのだなと思っていたある日のこと、所長から頼まれた書類を彼のいる商会に届けに行ったフローチェは、彼の本心を聞いてしまったのだ。


「その日は彼と、女性職員の方が話していたんれすね。その女性の方、商会でも古株の方になるんれすけど、フローチェたんと上手くいってるの?みたいな、囃し立てるようにして彼に尋ねていたんれす。そしたらですね・・・」


 彼は至極真面目な様子で言い出したという。

「あの子は僕の家政婦なんですよ」

 そう言って皮肉な笑みを浮かべると、


「最初は可愛いかなくらいで声をかけたんですけど、予想外に便利で、掃除、洗濯、食事の世話まで何でもやってくれちゃうんですよね。たまに安い花束を買って行くだけで、大喜びで家事をやってくれる。僕の便利な家政婦なんですよ」


 彼はそう言って小さく肩をすくめてみせた。


「そもそも、僕も来月には王都の店舗に移動なんで、それまではうまい具合に使ってやろうと思っているんですけど」

「うっそー!鬼畜すぎー!本当に鬼だよねー!」

 古株の女性職員ははしゃいだ声をあげていたが、フローチェとしては、はしゃいでいられるわけがない。


 書類を通りかかった職員に渡したフローチェは事務所に帰ると、所長に対して、彼がいる商会の仕事から外してくれと懇願。

 事情を聞いた所長は、彼の家の合鍵をフローチェから受け取り、家政婦として利用し続けた彼に返却してくれたらしい。


「その後、一回だけ街で顔を合わせることがあったんれすけど『お前が勝手に身の回りの世話をしだけなのに、何で俺が責められなくちゃならないんだよ!』と、出会い頭に怒鳴られて・・その時には同僚のミランダが居たから何とかなったんれすけど、その時にもう、家政婦みたいなことをするのは二度とやめようって思ったんれす。そうして、昨年、ダミアンが・・わらしを捨てた男なんれすが、そいつと付き合うことになった時も、もう、家政婦はやめようと心に決めていたんれすけど・・」


 今度は利用されないぞ!と、心に決めていたフローチェだったのだが、付き合い出したダミアンは即座に、

「フローチェ、俺は君と結婚して幸せな家庭を築きたいんだ!」

と、求婚。ティルブルクで一番大きなポープロ教会で結婚式を挙げるための予約まで取ってしまったのだ。


 ポープロ教会で結婚式を挙げるのはティルブルグ周辺の街に住む若者の憧れのようなところもあり、予約は常に一杯。フローチェとダミアンの結婚式も予約を取れたのが一年後となってしまったものの、

「フローチェ、俺たち幸せになろうな!」

 という言葉を聞いて、フローチェは自分の中で何かのたがが外れるのを感じたという。


「わらし、お父さんお母さんが死んでからずっと家族が欲しかったんれす。前回は騙されて家政婦として使われたけど、教会の予約まで取ってくれるのなら、それは本物と思うじゃないれすか?」


 フローチェは再び張り切ってしまったのだ。

 私と結婚すると、こんなに美味しい料理が食べられるんですよ、私と結婚するとこんなに生活が豊かになるんですよ。と、アピールし続けた。


 バルトルトからすると、そんなものは式が終わってから張り切れば良いことだと思うのだが、何しろ尽くすのが大好きなフローチェだ。再び彼女は、無償で尽くしまくってしまったのだ。その結果、職場の送別会の日に、後輩とベッドインしているところを発見。


「ダミアンもまた、私とはキス止まりでした。結婚するまでは〜という前彼と同じアレです。だというのに、後輩のマリータとは即ベッドイン。今日の姿を見る限り、前から深い関係があったというのは丸分かりなのれす」


 彼女は嘆くように大きなため息を吐き出しながら、下を俯いたのだった。

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