第6話  そんなつもりはないんだけど

どうやらこの女性、この近所に住んでいるフローチェ・キーリスと言う名前の女性となるようなのだが、近々、国境警備の兵士と結婚する予定でいたらしい。


 本人の説明によると、今日は職場に勤める最終日であった為、送別会を開いてもらい、問題の後輩にも、

「先輩!幸せになってくださいね!応援しています!」

 などと言われたらしいのだが、送別会を終えて、結婚予定の恋人の家へと向かって行ったところ、その後輩が裸状態で恋人とベッドインしているところを目撃したのだという。


「私が結婚して仕事を辞めるって言ったら、後輩はいいれすね、いいれすねっていっつも羨ましそうに言ってたんれす。狭い街だから、街でたまたま遭った時に、恋人に後輩を紹介したこともあるんれす。考えてみたら、その頃から、様子が変れした。あの娘がわらしを悪者にするし、あの娘はわらしのことを、嘲笑うようにちょくちょくみていたんれす」


 結婚前の恋人を横から奪ったくせに、今まで黙っていたのは確信犯だろう。しかも、仕事も辞めて、後は引っ越しをするだけの状態となったところで、わざわざ送別会で祝福の言葉を送りながら、その日の夜にベッドインしている姿を見せつける悪質さ。


「フローチェ!結婚前に分かって良かったんだよ!結婚後に分かったらもっと地獄だったと思うぞ!」


 当初は顔を背けていたテーブル席のおじさんたちも、興味津々となって彼女の話に聞き耳を立てているうちに、堂々と文句を言い出した。


「ありやとうございます、ありやとうございます」


 バルトルトのワイングラスを手に持ったまま、テーブル席へと歩いて行ったフローチェは、おじさんたちのテーブルのワインボトルを手に取って、ドボドボとそのワインをグラスに注ぎながら、浴びるように飲んでいる。


「酒で浄化した方がいい」

「クソ男なんて忘れた方がいいんだよ!」


 おじさんたちがそう言いながら、チラチラと、彼女の首元が乱れたブラウスとか、乱れたスカートの裾とかに視線を送っていることにバルトルトは気がついた。


「危ない・・本当に君は危なすぎる・・・」


 テーブル席の前まで移動したフローチェを回収したバルトルトがカウンター席に座らせると、マスターが心得た様子で、彼女の前に水が入ったグラスを何杯も置いた。


「うわぁあああ!お酒がいっぱぁい!まるで天国みたぁい!」


 子供のようにはしゃぐフローチェの首元とスカートの乱れをサッと整えるバルトルトは、紳士というよりかは、まるでお母さん、いや、これがおかんなのか?そんな疑問を持ちながら、完全に巻き込まれてしまったことに小さくため息を吐き出しながらも、はしゃいで美味しそうに水を飲むフローチェに思わず苦笑を浮かべてしまう。


 店主に睨まれたテーブル席のおじさんたちが帰って行くと、大きなため息を吐き出したフローチェが、頬杖を突きながら言い出した。


「わらしね、もう、お付き合いしたとなると、めためたに尽くしてしまうのれす」


 その桃色の瞳を伏せて、眠そうにグラグラと揺れながら口を開く。


「わかっているんれす・・尽くしたところで碌なことにならないってことはわかっているんれす・・でもやってしまうんれす。掃除洗濯食事の世話からアイロンがけまでやってしまうのれす・・女としての魅力ゼロの私は結局のところ家政婦扱い、おかん扱いで終わってしまうのれす」


「いや、女性としてプロ並みに家事が出来るのならそれだけで僕なんか尊敬できるし、君はきちんと女性として魅力があると思うけど」


「ありがとうございます、だけど慰めはいらねえれす。結婚までは手を出したくないと言われるのはいつものことれす。飽きるまで家政婦として尽くすのもいつものことれす。これはもう、今後は住み込みの家政婦として生きていった方がいいのかな・・」


 こくり、こくりと船を漕ぎながら、フローチェは目を瞑りだす。


「私、料理もうまいし、洗濯もうまいし、アイロン掛けもプロ並みだし、掃除もプロ級だと自負してるれす。こんな私を雇ってくれる人がいるのなら・・」


「寝ちゃいましたね」

 酒と偽って水を渡し続けていた店主は、大きなため息を吐き出した。

「お客さん、すみません。ご迷惑をおかけしました」


「いやいや、国境警備の兵士が元でこうなっているんだから、僕の責任でもあるだろう」


 バルトルト・ハールマンは、最近、隣国との衝突が増えて来ているという事で王都から派遣された司令部の将校でもある。フローチェを捨てた赤毛のなんとかとの面識はないが、管轄内の部下の所為で、うら若き女性が手酷く捨てられて、現在、路頭に迷おうとしているのだ。


「それじゃあ、彼女の分も含めて会計を置いていくから」


 バルトルトがそう言ってカウンターに紙幣を数枚置いてフローチェを抱き上げると、店主は驚いたようにバルトルトを見上げる。何か言いたそうな表情を浮かべながらも、苦笑を浮かべて瞳を足下へと移動させた。


 実はバルトルト、この街に配属となる時に、兵舎の一室でも借りれば良いかと思っていたのだが、仮にも司令官、兵舎ではなく将校用の一軒家を借り与えられることになったのだった。


 まだ荷物も開いていない、埃だらけで何の手も入れられていない家に住み始めたバルトルトとしては、

「私、料理もうまいし、洗濯もうまいし、アイロン掛けもプロ並みだし、掃除もプロ級だと自負してるれす。こんな私を雇ってくれる人がいるのなら・・」

という言葉を聞いて、なんなら自分の家で雇っても良いかなと思ってしまったのだ。


 フローチェ・キーリスを自分の家に運んだのは、彼女の家を知らなかったから。目が覚めたら彼女が誇りとしている家事技術を披露してもらって、場合によっては住み込みの家政婦として雇おうかとも考えたから。


 酔って酩酊状態の女性に手を出そうなどという思惑で連れ込んだわけでは決してないはずだったのだが・・・

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