第8話  君は魅力がないわけじゃない

 バルトルトは思わず絶句してしまった。

 歴代彼氏とキス止まりで終わってしまったフローチェ嬢だが、彼女は、自分自身に魅力がないからこそ、体を求められることがないのだと思い込んでいる。


「キスすらもきっと、相手は嫌々していたんれしょう。わらし、ぜんぜんそんなことには気が付かなくって、どうも、友達のミランダとポールのカップルとは違うよなぁと思ってたんれすよ」


 すでに同棲中の友人カップルとはそりゃあ違うだろう。


「今日、ようやく理解できたんれす。私には、女の魅力がないのれす。だから、これから先、こんなことで悩むことはないれしょう」


 ガックリと項垂れるフローチェを見詰めながら、気の利いた言葉が何ひとつ出て来ない自分に、バルトルトは内心歯噛みをしていた。


 先ほどのフローチェの話を聞く限り、気になる点は数箇所見られたのだ。

 まず、一番目の恋人についてだが、街の中で出会い頭に文句を言われたということだが、その後、花束を持って何度も事務所に現れたのだという。


 しかも元恋人は、王都に移動した後も、わざわざフローチェに会いにティルブルグまでやって来たというのだが、


「そこまで文句が言い足りなかったんれすかね、ホント恐怖れす。ミランダは大きな花束を持って来てたよ〜なんて言ってたんれすけど、その花束一つで、再び無償の家政婦として働かせたかったんれすかね?考えるだけでゾッとするというか、怖くて、怖くて、その後は顔も合わせていないのれす」


 それは確実に、家政婦希望ではなく、復縁希望だったんじゃないのだろうか?


 最初に出てきた、古参の女性職員との会話についても、もしかしたら、女性職員が気にいる形で話をしたというだけであって、本人にとっては、フローチェを侮るとか貶すとか、そんなつもりもなかったのかもしれない。


 言っている言葉はゲスの極みだが、フローチェに聞かれるつもりのない言葉。古参の女性職員の溜飲を下げる話題を提供して、自分の職場内での居心地を良くする算段でいたのだろう。


 見かけも格好良く、他の女性職員からもモテていたというから、恋人となったフローチェに嫉妬や憎悪の矛先が向かないように配慮した可能性も無くはないが、やはり、言っている事が下衆すぎるし、次に顔を合わせた時に弁解もなく文句を言い出した時点でアウトだろう。復縁はしなくて良かったと心の奥底からそう思う。


 次に、現在バルトルトの管理下に置かれる辺境警備隊の兵士だという男については、おそらく、最初は本気で結婚をするつもりではいたのだろう。


 この男は、己の幸福に対して熱し易く冷め易いタイプなのだろうな。目の前に居るフローチェよりも、華やかで楽しい頭空っぽ女の方が、自分も楽しいし相手も楽しい。みんな楽しいんだからそれで良い状態に陥っているのだろう。


 そんな男とキス止まりだったことを神に感謝するべきだ。

 結婚前にその男の腐った性根が分かったことを神に感謝するべきだ。

 そういう男は、しばらくすると、自分がやった事は完全に棚上げした上で、恥も外聞もなく復縁を求めてくるのに違いない。


 だって目の前のフローチェは、花の妖精のように可憐で可愛らしいのだから。

 今まで手を出して来なかった男たちの気持ちも分からんでもない。

 手を出して汚してはいけないような清廉さが彼女にはあるのだから。


「はあああ、ミランダはいいなぁ。私みたいな魅力がない女は、後は枯れ果てるだけ、未経験のまま枯れ果てるだけれすもん。人生経験のため、一回お試しで〜と言ったところで、誰も見向きもしないようなわらしは・・きっと・・一生未経験のままの独り者なのれす・・」


 フローチェは大きなため息を吐き出しながら、とんでもないことを言い出した。


「一生、独り者確定なのなら・・ああ・・一回でいいから愛されてみたいな〜・・お試しでもいいから・・お金払ってでもいいから・・・」


 バルトルトは生唾を飲み込みながら問いかけた。

「なんでそんなことを言うの?」

「だって、そしたらマリータに、私だって負けてないんだぞって言えるれしょ?」


 フローチェは半分泣きながら言い出した。


「わたしにらって魅力があるんだぞ!と言えるれしょ?」


 そう言って長いまつ毛を伏せると、

「寂しいなあ・・・本当に寂しい・・・」

 と言って自分の唇を噛み締めるようにして泣き出したのだった。


 バルトルトには、その職場の後輩だったマリータがどんな女なのか実際に見ていないので分からないのだが、先ほどからの話の内容からも分かる通り、常軌を逸した性悪女。今は元恋人を夢中にさせていたとしても、しばらくしたら捨てられるに違いない。


 その元恋人とやらも、フローチェの美味い飯やら家事技術を求めて、元鞘希望で舞い戻って来るのに違いないとバルトルトは考えた。


「寂しいなんて言わないで」

 立ち上がったバルトルトは、肩を震わせながら泣くフローチェをそっと抱きしめると、これ以上唇を噛み締めないようにするために、優しくその唇にキスを落とした。


「君は素晴らしいし女性だし、魅力ある女性だよ」

「だったら!」

「後悔しない?」


 バルトルトの問いに彼女が答えると、バルトルトは彼女の体を軽々と抱え上げた。


 寝室に足を踏み入れる時も、彼女を優しくベッドに下ろす時にも、決して罪悪感がなかったわけでは決してない。


 罪深い思いとアルコールの酔いに身を浸しながらも、言葉には出来ないような覚悟がバルトルトには出来ていた。彼女の体は全てが無垢であることを確認し、今まで彼女に関わっていた男たちの目が節穴だったことに神に祈るようにして感謝する。


滴るような罪悪感も最初のうちだけで、滑らかな肌の感触に夢中となっていく。

「ああ・・今は君に、僕に対しての愛はないかもしれないけれど・・」

そう呟きながら、自分の心は狂わされ、彼女の虜となり、次第に彼女に支配されていくような感覚を覚えたのだった。


「愛してる・・愛してるよフローチェ」


 その甘い囁きがフローチェの耳に届いていたのかどうかは分からない。彼女は今まで経験したことのない嵐の中で甘い吐息を吐き出し、離れまいとして彼に縋り付くしかない状況に陥っていたのだから。

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