第4話 真実の愛とは?
キストとベレンセの若手二人組は、その後も古参の職員デルクに捕まり、そのうちその中に所長のドミニクスも加わり、上司からの説教飲みに突入すると、
「もう帰ろうか」
という白けたムードがトナカイ亭に広がってしまった。
残った料理は持ち帰られるように用意してくれた為、
「ありがとうございます!また食べに来ますから!」
と、お礼を言ってトナカイ亭を出ると、ミランダの恋人となるポールがこちらに向かって手を振ったのだった。
ミランダとポールの付き合いは長く、二人はすでに一緒の住まいに住んでいる。若い二人が辺境の街ティルブルクで結婚をするのならポープロ教会で結婚式を挙げるのが普通なのだが、いつも予約で一杯で一年待ちはザラとなる。その予約金も、費用も高いとあって、なかなか次の一歩が踏み出せない二人なのだ。
「ミランダから聞いたけど、今日からダミアンの家に移るんだろう?あそこはトナカイ亭から遠いから、一緒に送って行ってあげるよ」
ミランダの恋人であるポールは紳士だ。本来ならダミアンがトナカイ亭まで迎えに来てくれて然るべきであるのに、彼は仕事が忙しいと言ってフローチェの話すら聞いてくれない。
「せっかくの送別会だし、それに、三人で帰ったら楽しいでしょ?」
「ミランダ、ありがとう」
フローチェは思わず泣きそうになってしまった。
結婚式がひと月先に迫っているというのに、フローチェにはこれから花嫁になるという幸福感がかけらも感じられなかったのだ。
結婚前には誰しも不安になると言うけれど、こんなことを相談できる母親の存在もない、父親もいない。天涯孤独のフローチェにとっては、恋人のダミアンの存在が大きいはずなのに、いつでもこうやって支えてくれるのはミランダとか、ポールとか、ドミニクス所長など、ダミアン以外の誰かになる。
トナカイ亭の扉が開いたかと思うと、
「フローチェ、幸せになれ」
ドミニクス所長がそう言って笑みを浮かべ、所長の後に立つ、キストやベレンセも、
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
ボソボソとフローチェに向かって言っている。
「男なら男らしく大きな声を出せよ!」
デルクがそんな二人の背中をバチンと叩くと、
「いつでも事務所に帰ってきてもいいからな!待ってるぞ!」
と、フローチェに向かって朗らかに言ったのだった。
家族、それはフローチェにとってはすでに失われたものだった。
父と母と自分が居る世界、母は父と自分のために、家を整え、美味しい料理を用意して、いつでも父の服にはアイロンをかけているからパリッとした服で父は職場へと向かうのだ。
家族揃って、今日は何をしたのか、どんなことがあったのか、どんな面白いことがあったのかを話し合って、時には質問したり、驚いたり、感心したりしながら、楽しい時を過ごすのが家族。
フローチェはどうしても自分の家族が欲しくて欲しくて、恋人のダミアンに、私と結婚したらこれだけ素晴らしい時が過ごせるんですよ?これだけ美味しい食事が出来るんですよ?とアピールしているつもりだった。
「私が作った料理、美味しい?」
こんなたわいもない質問にも、
「まあね」
返答がこの一言になってしまったのはいつからだっただろうか?
仕事を辞めたのはダミアンがそう願ったから。結婚したら家で待っていて欲しい、そう言う彼の希望に従って仕事を辞めたのに、これから彼と住む予定の新居に向かっている最中も自分の足がやけに重い。
両親と住んでいた家はもう引っ越しのために荷物もまとめている状態で、いつでも運び出せるようにまとめられている。だというのに、未だに、引っ越しの日にちが決まっていない。荷物を運び出す手配をしていない。
「大丈夫、大丈夫」
花束を抱えたフローチェが、自分のバックの中から鍵を出してドアを開ける。
「ダミアン?ねえ?帰って来たの?」
キッチンの灯りはつけたまま、廊下の奥にある寝室の方からも、暗く沈んだ廊下の方ま灯りが漏れている。
「ダミアン?」
半分開いたままの寝室の扉を押し開けたフローチェは、そのままの状態で固まってしまった。
ベッドの中では一糸纏わぬ状態の二人がいた。
まるでフローチェに見せつけるように二人は笑顔を浮かべると、
「先輩、ごめんなさい・・まさかこんなことになるだなんて・・」
「ごめんなフローチェ、俺は、遂に真実の愛を見つけてしまったんだよ」
二人揃って言い出したのだった。
何故、ここにマリータが居るのだろうか?何故、マリータがダミアンと共にベッドインしているのだろうか?
結婚するなら仕事を辞めて欲しいと言われ、今日は仕事の最終日のため、送別会を開いてもらうことをダミアンには話している。その送別会にはマリータも参加していたはずなのに、何故、マリータがここに居るのだろうか?
仲が良いとは言えない後輩だったけれど、ほんの少し前には、
「先輩!幸せになってくださいね!応援しています!」
と言っていたはずなのに。
「フローチェ、俺、やっぱり可愛い子が好きなんだわ」
ダミアンは全く悪びれる様子もなく、ベッドの上でマリータを抱きしめると言い出した。
「お前って何ていうの?お母さんっていうの?洗濯とかさぁ、料理とかさぁ、何でもしてくれるのは良いんだけど、もはや親族のようにしか思えないわけ。そんなお前と結婚して俺、男としての機能が発揮できるか正直に言って自信ねえのよ」
その言葉を聞いてマリータがくすくすとおかしそうに笑い出す。
「ちょっと、ダミアンさん!先輩をオカン発言酷くな〜い?」
「いいんだよ、もう別れるんだからさ」
「ちょっと!ダミアンさん!酷すぎ!キツすぎるー!」
楽しそうに愛を囁き合い、密着し合い、ダミアンのキスを受けながら、彼の腕の中で、マリータは嘲笑うようにフローチェを見てきたのだった。
『裏切られた!』
花束を握るフローチェの手に力が入った。
『いつから裏切られていたの?いつから二人で私を嘲笑っていたの?』
カッと頭に火がついたようで、あまりの怒りに目の前が真っ赤になる。
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