第261話 不治の病

 「俺、海上自衛軍に入ろうかな。」


 蒼はあの鉄の城くろがねのしろが脳裏に焼き付いて離れなかった。


 父が海で戦死してから海上自衛軍に入るまいと心に誓い、他の道を模索していたのであるが、最新鋭やまと級初号艦を至近距離で見てしまい、中1ながら不治の病、中二病に感染してしまったようだ。

 あれに乗りたい。


 この病気に侵された人間なら誰しも思うことである、そして蒼にはその資質も環境も人脈も揃っている。本人が望めばそれは確実に実現するのである。


 しかし彼は海上自衛軍に入るつもりはない。これは彼の中で決定事項である。

 それゆえにこの不治の病に苦しみ続けることになる。彼の病が完治するには彼の戦死した父親が生き返るようなことがあればあるいは可能かもしれないがそんなことは望むべくもない。


 この病は本当に苦しい。


 苦しくて苦しくて仕方ないのにどうしようもないのである。

 大人から見れば「何を悩むことがあるんだ」と合理的に考えることができる。

 しかし思い出して欲しい。


 あなたも一度は患ったはずである。

 

 そして今も。


 いや。


 不治の病なのだから一生治ることはない。

 理想通りの道を完璧に進むことができたほんの一握りの人を除いて、全ての大人、全ての人が一生苦しむことになるのだ。


 自分の人生、こんなはずじゃなかった、もっともっと違う道があるんだ、私ならもっとできる。


 それがこの不治の病なのである。

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