第251話 阿頼耶識(あらやしき)
今度は海の底かよ。
勘弁してくれ。
俺は暗い水の中をずんずん沈んでいった。
息は普通にできるので水の中ではないかもしれないが。
なんだかわからないが沈むにつれ今度は逆に明るくなってきた。
下の方で何か巨大なものが回転?しているように見える。
「それ」は決まったものではなく、文字のようであり、図画のようであり、音、皮膚感覚?のようであり、まるでサイクロン掃除機のカップの中を高速で回転する雑多な塵のようにも見える。
しかし端が見えないほど巨大なのだ。
どんどん沈むにつれその塵の一部が俺の周りにまとわりつきパチパチ当たっているような気もする。
もちろん痛くもないし目に入るようなものではない。
そうだ、「情報」。
自然にそんな単語が頭に浮かんだ。
その瞬間俺の身体はすごい勢いで巨大化する。
進撃の巨人の超大型巨人、どころではない。
その,回転しているものもすごい勢いで小さくなっていく。
小さくなったといってもまだまだ巨大であり端が見えるわけではない。
あれ?
自分の身体が人間の形をしていないことに気がつく。
無数の個体が全て自分の身体の一部のようだ。
何千何億、何兆もの個体が隅々まで「俺」なのだ。
そして全てに神経が通っている。
「魔力?」
どうも異世界アニメかぶれの俺はそんな発想しかできないようだ。
この「満ちてくる」感覚が何かわからないのでとりあえず知っている言葉を当てはめてみただけである。
アニメではとんでもない膨大な魔力を身に宿して世界を無双するのが定番だが、やはりそれとはまた違うようだ。
結局なにやらわからなかったが、俺が聞いたこともない単語「阿頼耶識」という文字が浮かぶ。
だったらそうなんだろう。
俺は不思議にも情報の洪水に溺れることなく「上の方」に浮かんで行った。
そして静かに目を開ける。
現実世界は,何一つ変わっていない。
しかし俺自身が何か全く違うものに置き換わってしまっている。
いや、前の自我はちゃんと全て欠けることなくあると思う。
そこに何か何億倍、何兆倍を超えるものが宿ったのだ。
これは異世界転生と同等の事象と言っていいのかもしれない。
もう一つ言葉が自然に浮かんだ。
「悟り」
これがそうなのか?
「お目覚めですか?ユア・ハイネス」
「ああ、帰ってきた。オルガ、君は俺の身体の一部なんだね。」
「はい、脳内を共有して会話してもよろしいのですけど、情報の取捨選択のシステムとしては音声による会話が最適だとされていますのでこのコミュニケーションシステムを使わせていただいております、緊急時等には即時共有も可能ですから命令なさってください。」
「わかった。そうだオルガ、コマンダーユニットを分離できるかい。」
「イエス、ユア・ハイネス」
そういうとオルガは8本足がカタカタ足踏みをしながらまるでスーツでも脱ぐように分離し、スパイダーユニットはコンパクトなスマホサイズにトランスフォームした。
ちょこんと立ったオルガは手のひらサイズの美少女フィギュアのようであった。
銀のメタルレオタードからは何の素材かはわからないが本物の生足のような質感の手足が伸びている。
13歳の俺は何か青少年に禁止されたものを手に入れてしまったような背徳感を感じていた。
「いやー、煩悩だらけやな、悟り、撤回。」
オルガのために何か着るものを用意しようか。
俺はそんなことを考えながら官舎への帰途についた。
俺は秘密の場所である漁師小屋の地下に行く時はスマートペンの電源は切っておくことにしているため、大量の着信や通知に気がつくのは翌朝のことであった。
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