第33話ーどっからどう見てもアレはー
「っ、そうだ、キーユさん、私の部屋に来ませんか?」
「はぇ?!」
少女から飛び出した予想外の一言に、キーユから思わず変な声が漏れる。
「その姿は、いつ元に戻るのですか?」
「夜が明ければ、…朝日さえ昇れば、今解放されている精霊の力は落ち着き、人間の姿に戻れます」
「では、それまで私の部屋にいて、朝日が昇るタイミングで部屋を出れば、誰にも見られずにキーユさんはお部屋に帰れます」
「それはできません」
「どうして?」
「言ったでしょう?これ以上この醜い姿を誰かに
キーユは困ったように苦笑いを浮かべ、スッとシンシアから顔を背ける。
「ちなみに、そのお姿は、今まで誰かに———?」
シンシアの言葉に、キーユは小さく一つ頷く。
帝国にいた頃、弟皇子と妹皇女と、あぁ、あとその御付きの従者もいたか…と、遠い過去を思い出すようにポツリポツリと語りだす。
「その方達は———?」
恐る恐る尋ねる少女に、少しの間を置いて、彼はゆっくりとまた口を開く。
「殺しましたよ」
その言葉に、シンシアは、ぇ…?と声を漏らした。
「1人残らず、全て」
残酷な言葉たちが、目の前の彼の口から何の躊躇いもなくサラッと言い放たれた事実に衝撃を受けるシンシア。その時不意に見た彼の目は、とても冷たく、とても妖しく、黄金色に輝いていた。
「…。」
キーユはフッと息を吐くように口角を上げる。
(嗚呼、そうだ。今までこの姿を見た者は全て始末してきた。どこでどんな形で漏れるかなんてわからない。 従者だから?精霊だから?例外はない。全てだ。
“ 私は誰も信用しない ”
ただでさえ皇太子というだけで命を狙われているというのに、実に厄介な話だ。弟や妹にたまたまこの姿を見られた時、バケモノ呼ばわりして泣きわめくものだから、そのまま切り捨ててやった。目の前のこの女も、早いうちに手を打っておかなければ———)
彼は頭の中でそんな言葉を響かせていた。
「っ、キーユ、さん…??」
さっきと雰囲気が違う…?と、突如黙り込む彼の顔を伺い見るシンシア。明らかに先ほどとは目付きが異なる彼は、そのままゆっくりとこちらへにじり寄ってくる。
少女は何か危険を察して震える足で後ずさる。
「すみません、やはり貴女も殺しておかなくては」
「っ!?」
いつも通りの笑顔でそう言うキーユは、
「貴女が悪いんですよ?さっき大人しく部屋に戻っていれば死なずにすんだかも知れないのに」
と、そのままシンシアの首元にスッと手を伸ばした。
「っ?! き、キーユ、さん…?!」
キーユの手がシンシアの首に届くまで、あと数ミリ、と言ったところで、
「———っ、」
彼の動きが止まった。
よく見ると、キーユの指先が次第に凍り出したのだ。
そして、
「お嬢っ!!」
シンシアを独特な呼び方で呼ぶ声が聞こえた。
「…フィー、ゼ??」
シンシアは声のする方に振り向くと、慌てて駆け寄ってくるフィーゼの姿があった。…と、その時、
「———っ!!」
「キーユさん?!」
シンシアの目に映るキーユは、自分自身の腕にその鋭い牙でガブリと噛み付いていたのだった。
「何、して———」
シンシアは目の前で繰り広げられている姿に思わず言葉を失う。 しっかりと牙が食い込んだキーユの腕からは、ポタポタと赤いものが滴り落ちるのがシンシアにも見てとれた。そして、まだシンシアへ伸ばそうとする腕をキーユは必死に牙で押さえつけながら、ゆっくりと後ずさり、シンシアから距離をとる。
「キー、ユ、さん…」
(ダメ、そんなことしては、貴方の腕がダメになってしまう…)
シンシアは心の中でそう言いながら、何もできない自分をもどかしく思う。その目からは自然と涙がこぼれ落ちていたのだった。
その時、
「お嬢っ?!」
フィーゼは慌てて彼女に駆け寄るのだった。
「フィーゼ…、」
「っ———」
(泣いてる、のか…??)
弱々しい声でキュッと服の袖を握ってくる主の手は小刻みに震えていて、フィーゼは心配そうにシンシアの顔を伺い見るのだった。
「…。」
(そうか、これはフィーゼの———)
そんな2人の様子を見ていたキーユは、心の中でそう言いながら、自分の指を凍らせたのはフィーゼの力であることに気づく。ふとその指先を見ると、そこからじわじわと氷は彼の手を覆い尽くし、そのまま腕を伝い、肩まで辿り着くと、今度は真っ直ぐに心臓に向かっているようだ。
「大丈夫か?お嬢…。クソっ、アイツ、
ぶっ殺すっ!!」
主の目からたくさんの雫が滴り落ちている姿を見て、フィーゼは苦しそうに静かに奥歯をぐっと噛み締めるのだった。ギュッと握られたこぶしを、スーッと白い冷気が包み込んでいく。
「待って、フィーゼ。お願い、すぐに氷を解いて!」
「お嬢は黙ってろ!すぐ片付ける」
頭に血が昇っているフィーゼはよろける主をサッと抱き留めると、
「———っ」
激しい剣幕で目の前の龍の喉元に瞬時に生成した氷の剣を突き付ける。
「ダ…メ…。その人に、剣を向けちゃ…」
「何言ってる!?コイツは貴女を殺そうとしたんだぞ?!」
「“ キーユさん ” なの!」
「…はっ??誰が?!」
シンシアの言葉に、フィーゼは動きを止める。
「だから、目の前の———」
「ぇ…、ぇえ?!」
(コイツが…??)
主の言葉にフィーゼはやっと目の前の龍を冷静に見つめた。
「その人、キーユさんなの」
「何言ってる?アレが、キーユ…?? どっからどう見ても魔物、いや、違っ、龍?じゃなくて、あの姿は———」
フィーゼは今のキーユの姿にハッと息を呑んだ。
(
あり得ない。
仮にアレがキーユだとして、アイツが精霊? でも、アイツの従者も精霊で…。精霊が精霊と契約して、使役しているだと?そんな話、聞いたことがない)
フィーゼは心の中でそう呟いて呆然とする。 目の前の龍がキーユだとは、
「フィーゼ、氷を解いて!これはお願いじゃない、
命令だよ!」
「———っ?!」
“ 命令 ”
その言葉でフィーゼの全身は激しい痛みが走り、彼は思わず眷属契約の証の紋章がある左胸を抑えてガクッと片膝を突く。慌てて氷の剣を地面に突き立て、倒れないように必死に体の支えにしている。
「っ、フィーゼ?!」
「…っ」
(コレが、契りの苦痛…?)
フィーゼは苦しそうに心で呟く。
眷属契約を結んだ精霊にとって、魔力供給を受ける主の命令は絶対だ。逆らうことなど決してあってはならない。もし精霊がそれを無視したり抗おうものなら、契約違反のペナルティとして、全身に動けなくなるほどの苦痛を伴う。下手をすれば意識を持っていかれるほどだ。精霊にとって主の言葉にはそれだけの拘束力、強制力がある。 それゆえに、シンシアはその性格も相まって、このような強い口調は今まで使ってこなかった。
「ごめんなさい…。けど、」
「ダメだ、アイツはお嬢を——、っ!?」
苦しむフィーゼの隣りに腰を折り、目線を合わせるように寄り添ってくるシンシアに、フィーゼは首を横に振るが、言い終わる前に更なる苦痛が全身を襲う。
「フィーゼっ?!」
「…っ」
(…ダメだ。身体の内外関係なく、何千何万もの針を一度に身体の至る所に突き刺さされてるみたいな…。自分の意思に関係なく身体が訴えてくる。これ以上抗っては、“ 危険 ” だと…)
フィーゼは心の中でそう言うと、彼の体の至る所から嫌な汗が噴き出していた。
「フィーゼ、」
「っ…クッソ!!」
とうとう限界が来たのか、フィーゼは “ パチンっ ” と一つ、キーユに向かって指を鳴らした。すると、
「っ…。」
キーユの心臓に届くスレスレの所で、氷は瞬時に消えてなくなってしまったのだった。
「氷が、消えた…」
それをちゃんと見届けたシンシア。
「ありがとう!フィ…、っ、フィーゼ?!」
「…はぁ、はぁ、」
シンシアが改めて見たフィーゼは、いまだ苦痛に顔を歪ませていた。
「ごめんなさい、…ごめんなさい!大丈夫…じゃ、ない、よね?」
(ひどい汗…、苦しそう…)
シンシアは彼の背中をさすりながら、罪悪感に押し潰されそうになる。
「フィ———」
「帰、るぞ」
フィーゼは少しよろけながらもその場に立ち上がると、シンシアに手を差し伸べる。
「っ、フィーゼ、もぅ、平気なの?」
「…。」
その言葉にフィーゼは目を逸らしながらぎこちなく頷く。
「…。」
(嗚呼、知ってる…。貴方がそんな顔する時は、嘘をついている時の顔だ)
シンシアはじっとフィーゼを見て、心の中で呟く。そして、その手を掴むと、
「うわぁ!?…ちょっ、お嬢??」
グッと自分の方へ引き寄せた。まだ完全に足に力が入っていないフィーゼは
簡単によろけてシンシアの方へ倒れ込む。
「何すんだ?!危ねぇだろ…」
「黙って」
「っ…」
シンシアは一言でフィーゼを制する。
「…。」
(ほら、全然大丈夫じゃない…)
シンシアは心でそう言いながら、胸が締め付けられる思いだった。
そして、眷属紋が光るフィーゼの左胸にピタッと手を当てる。すると、フィーゼの紋章と共鳴するようにシンシアの手の甲にも眷属紋が青白く光った。
「…。」
(嗚呼、お嬢の手、暖かい…。身体の痛みや痺れが嘘のように解けていく…。まさか、魔力を注いでくれているのか?どこでこんなこと———?)
フィーゼは心の中でそう言いながら、不思議そうにシンシアの手を見つめる。しばらくして光は消え、フィーゼの顔色も先ほどより良くなっているようだった。
「もうちゃんと立てる?」
「…あぁ」
今度はちゃんとシンシアの顔を見てフィーゼは頷き、スッと立ち上がって見せるのだった。
「ねぇ、フィーゼ、キーユさんを一緒に部屋へ————」
「ダメだ!」
「フィーゼ…」
主の言葉を遮って否定する従者。さっきの二の舞にならないようにか、命令や、それに近しい言葉をシンシアに使われたくないのか、フィーゼはシンシアに多く言葉を言わせない。
「キーユさんね、あの姿のままじゃ誰かに見られたら困るでしょう?夜明けには人の姿に戻れるんだって。だから、それまで———」
「お人
「っ…」
「貴女にまで手を掛けようとするくらいだ。大方、あの姿を見た奴は1人残らず容赦なく殺して回ってるんだろう?ならこのまま部屋に招き入れでもしたら、俺たちも殺されかねない」
フィーゼはそう言って頑なに首を縦には降らない。
「…フィーゼ、“ お願い ”、キーユさんに、誰かを殺させたくない。フィーゼと私で、キーユさんを守りたい!」
「…これもお嬢が前言ってた、“ 巡り巡って ”、か?」
「っ…。うん、そうだよ。きっとこれも巡り巡って、何かしらの形でフィーゼに返ってきてくれる。だから———」
「はぁ、ったく、分かったよ」
主の言葉に渋々頷いたフィーゼに、シンシアはホッと顔を綻ばせる。
そして、いまだ腕に牙を食い込ませているキーユにそっと近づく。
「キーユさん、一緒に私の部屋へ」
「っ、」
キーユはその言葉にやっと大人しくなった腕から牙を外すと、そのまま口を一文字に閉じて静かに首を横に振る。
「フィーゼも納得してくれたから、大丈夫です。早く傷の手当てをしなくては。そんな鋭い牙では、もしかしたら折れているかもしれないし…。 ほら、私の手をとってください」
「…っ」
穏やかな口調でキーユに手を差し伸べるシンシアに、キーユは思わず手を伸ばしかけてためらう。
「キーユさん、お願いです。さきほど私に言ってくれたように、どうか貴方も願ってください、望んでください。私はただ、貴方の力になりたいのです」
「シンシアさん…」
(望んでも、良いのですか?僕はこの手で、貴女を殺そうとしたのに?そんなバケモノに、貴女は手を差し伸べてくださると言うのですか?)
キーユは心の中でそう言いながら、シンシアを恐る恐る、そして眩しそうに見つめるのだった。そしてようやく、キーユは変わり果ててしまったその手で、ゆっくりとシンシアの手を取るのだった。それに心底ホッとした表情を浮かべるシンシア。
(よかった。キーユさん、さっきと違って、元の雰囲気に戻ってる)
シンシアは心の中でホッと呟いた。彼女がそう感じたように、さっきまでキーユに宿っていた殺気はどこかに消えてしまったようだった。
「だが、これだけは強要させてもらう」
「?」
フィーゼはそう言うと、“ パチンっ ” と指を鳴らした。すると、
「———っ!」
キーユの腕に氷の手枷がはめられた。
「ちょっ、フィーゼ?!」
「これだけはお嬢が何と言おうが譲れない。俺は主を守る義務がある」
フィーゼはシンシアとは目を合わせずに言い放つ。
「お気遣いありがとうございます、フィーゼ。これで僕は君の主を殺さなくてすみますね」
そう微笑むキーユに、
「っ———」
(はぁ、その姿になっても中身は相変わらずアイツのままか…。まったく、口が減らねぇ野郎だ)
と、心でボヤきながら、
「あとはお前の意思でなんとかしろ」
フィーゼはボソッと吐き捨てて目を逸らした。
「行くぞ、お嬢」
「うん。さぁ、キーユさんも」
「…はい」
そう言って、3人はシンシアの部屋へと向かったのだった。
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