2-4
「本当に静かでいい場所ですね、ココ。“ かくれんぼ ”には絶好の場所だ」
「ぇ?」
「…ぁ、」
思わず口をついて出てしまった言葉にシンシアは慌てて口を手で覆った。
ふと見たキーユは、目をパチクリしている。
「すみません、違っ、忘れてください!」
(私、何て子供じみたことを…。もっとマシなこと言えないの?!)
シンシアは心の中で激しく自分自身にツッコむ。彼女の顔は見るみるに赤くなっていく。そんな可愛らしい彼女の姿に、
「えぇ、全くその通りです。ここなら誰にも見つからない。かくれんぼなら絶好の場所ですね」
柔らかく笑って受け入れるキーユ。
「…。」
(嗚呼、そうだ。貴方はそうやって、笑って何でも受け入れてくれる。同じ笑顔でも、今まで私が周りの人間から与えられてきた、冷ややかに陰湿に笑われるのとはわけが違う。あれはどこか悪意が満ちているようで、とてもとても怖いものだったから。けど、貴方のそれはとても安心できて、とても暖かくて、優しい…)
シンシアはキーユの優しい言葉と笑顔に、過去の恐怖も払拭されて、胸がまた一つ温かくなるのを感じるのだった。
「けど残念、シンシアさんには見つかってしまいましたね。やっぱり貴女には敵わないな」
「ぁ、いぇ、そんな…、」
とはいえ、自分で言った言葉の恥ずかしさは拭いきれないシンシア。そんな話をしながら、キーユは話題を本題に移す。
「まずシンシアさんをお嬢様と呼んでしまったのは、貴女が、僕が探している方にそっくりだからです」
「キーユさんが探している、お嬢様…?」
「僕は昔、ある貴族のご子息に仕えていた従者だったんです。お嬢様は主たちの妹君でして、彼女が4つの時にお別れしてしまったのです」
「主たち…?」
シンシアはキーユの言葉に首をかしげる。
「えぇ、双子のご兄弟に仕えておりましたので」
「お別れって、何かあったんですか?」
「僕のせいなんです。僕が、主たちに逆らってしまったから」
キーユは昔を想い出すようにそっと宙を仰ぐ。
「…。」
(主に逆らうなんて、普段温厚そうなキーユさんからは想像つかない。一体、何があったの??)
普段の彼からは想像できない言葉にシンシアは思いを巡らせていた。
「お嬢様とお別れする時に、“ また必ず逢おう ”って、約束したんです。お嬢様はシンシアさんのような色白で、ターコイズブルーの美しい瞳をしていらっしゃいました。あれから12年だから、今はもぅ16歳…。きっと、シンシアさんみたいな、可愛らしくて綺麗なお嬢様になっているんだろうなって」
「…私はそんな、」
キーユの言葉に、なぜかシンシアが照れ臭そうに顔を背ける。
そんな彼女を、キーユは可愛らしそうに見つめるのだった。
「かくれんぼが大好きで、いつも楽しそうに隠れていらっしゃいました。フフッ、せっかくお隠れになっても、笑い声までは隠しきれてなくて、いつもすぐに見つけてしまうんです。けど、すぐ声をかけてしまうと悲しそうになさるので、しばらく気付かないフリをして…」
当時のことを思い出しながら話すキーユは、とても穏やかな顔をしていた。
「…そう言えば、私もそうだったな」
「ぇ?」
キーユの話を聞いて、シンシアもポツリと話し出していた。
「私がまだ小さい時です。かくれんぼの時は静かに隠れていなきゃいけないのに、どうしても笑っちゃうんです。きっと鬼をしてくれていた人は、キーユさんみたいに気付かないフリをしてくれていたんでしょうね。“ お嬢様〜、どこですか〜? ” って。そうやって上手に
「…。」
楽しそうに笑うシンシアに、キーユは目を奪われていた。
「…でも時々気を使ってくれ過ぎて、一旦その場を離れてしまうんです、その人。でも、急に静かになると途端に寂しくなって、フフッ自分からわざと見つかりに行ったりして…。懐かしいなぁ」
「フィーゼと、かくれんぼされてたんですか?」
「はい、…ぁ、いや、違う、かも」
「っ?!」
シンシアのその言葉に、キーユはパッと改めて彼女を見る。
「あれ?フィーゼと出会ったのはこの学園に入る頃で…」
(じゃあこの記憶は、何?フィーゼと出会う前なら私に従者なんていなかった。そもそも私の世話をしてくれる人なんて、誰も…。そうだ、屋敷にいた時、私はあまり良い扱いを受けた記憶がない。そもそも屋敷にいた頃の記憶が、あまりないし…。まぁ、あまりに幼い頃だから、仕方がないのだろうけど)
シンシアは心の中でブツブツと言葉を並べていた。
「シンシアさん?」
突然黙り込んでしまった彼女にキーユはそっと声をかける。
「ごめんなさい。私、小さい頃のことはあまり覚えていなくて」
「っ…」
「けど、その時一緒にかくれんぼしてくれた人は、
“ とても優しかった ”
それだけは覚えています」
「…そう、ですか」
そうやって話すシンシアの顔はとても穏やかなものに、キーユの目には映った。
「あれ、また私の話になっちゃってる。すみません、今はキーユさんがお話されてたのに…」
「いいえ。とても可愛らしいお嬢様だったんだなって、聞いていて微笑ましくなりました。本当にシンシアさんが、僕が知るお嬢様なんじゃないかって錯覚してしまうほどに」
キーユはそう言って力無く微笑む。
「キーユさんは本当に、そのお嬢様のことが大好きなんですね。」
「っ…、はい、もちろんです!」
その言葉には、キーユはこの上なく柔らかい笑みを浮かべたのだった。
「…。」
(キーユさんって、そんな顔もするんだ。お嬢様のことを話す時、キーユさん、とっても幸せそう…)
いつものとは少し違って見えた彼の笑顔に、シンシアの心はまた1つ大きく脈打つのだった。
「それはそうと、もうすぐ舞踏会ですね!」
「っ…、キーユさん、出られるんですか?」
「はい、もちろん。…え?シンシアさんは出ないのですか?」
「あ〜、私は…」
首をかしげるキーユに、シンシアは言い渋る。
「覚えていらっしゃいますか?以前お部屋にお邪魔した時、一緒に踊っていただけないかってお話ししたこと」
「それは覚えていますけど、私なんかより綺麗で踊りがお上手なご令嬢は周りにたくさんいらっしゃいますので、その方々と踊られた方が…、」
さりげなく断ろうとするシンシアに、
「シンシアさんはそんなに僕と踊るのは、お嫌、ですか?」
「っ、」
キーユはそう言って、困ったように笑う。
「いや、違っ、そういうわけでは———」
(お願い、そんなに寂しそうに笑わないで)
確かに微笑んでいるはずのキーユの顔がどことなく切なそうに見えて、シンシアの胸はキュッと締め付けられる。
「私、踊りがとびきり下手で…、きっとキーユさんに恥をかかせてしまいます。足だってたくさん踏んじゃうだろうし…」
「そんな、気にせずたくさん踏んでください!こう見えて僕、あまり痛みを感じないタイプなので!」
「へ、へぇ〜…」
(どんなタイプ??)
明るく言ってのけるキーユに心の中で思わず突っ込むシンシア。
「っ…でも、嫌なんです。キーユさんはただでさえ女子に人気で注目の的なのに、私のせいできっと嫌な思いをします…。周りの人だって失望する…。私のせいでキーユさんの評判を下げたくないんです」
と、俯くシンシアに、
「僕はただ、シンシアさんと踊りたいだけなんだけどな…」
「…っ、」
聞こえるか聞こえないか位の音量でポツリと呟かれた言葉に、
シンシアは耳を疑った。
「それに、今度催されるのは“ 仮面舞踏会 ”なのでしょう?周りの目など気にする必要はありませんよ。みんな僕のことはおろか、シンシアさんのこともわからないでしょうから」
「それなら尚更、一緒に踊れません。きっと私は貴方を見つけられません…」
「大丈夫です。僕が絶対あなたを見つけますから!」
「ふぇっ?!無理ですよ。1学年だけだと言っても、会場にはたくさんの生徒が一同に会すのですよ?しかも仮面までしてるのに…」
「そうだとしても、僕が必ずあなたを探し出してみせます」
「キーユさん、」
(…あれ?こんな会話、以前誰かとした気がする。でも、一体誰と?いつ、どこで…??)
シンシアはまた、頭の中から消し去られている記憶のカケラと出会うのだった。
「とにかく、せっかくですから、どうかシンシアさんも参加してください」
「っ、わ、分かりました」
その場はそう答える他なかったシンシア。
それから少しして、
「ぁ、すみません、僕、もぅ行かないと…」
思い出したようにキーユはその場を立ち上がる。
「…っ、また、いなくなっちゃうんですか?」
「ぇ?」
(今、何て…??)
不意に見たシンシアは心なしか肩を落としているようにも見えて、キーユは動きを止めた。
「ぁ、いや、違っ、なんでもありません!気にしないでください。」
(なぜだろう?キーユさんといると、言葉がどんどん溢れ出てしまう)
心の声が意図せず口から漏れており、シンシアは慌てふためく。その姿を、キーユは特に問いただすこともなく、ただ可愛らしく眺めるのだった。
「…あの、キーユさん、また会えますか?」
シンシアは勇気を出してその言葉をキーユに告げるのだった。
「っ…、はい、もちろん。またお会いしましょう」
キーユは彼女の言葉に笑顔で頷くと、名残惜しそうにその場を去って行ったのだった。そんな後ろ姿に、
「…舞踏会では必ず、私を見つけてくださいね、キーユさん」
シンシアは小さい声で切なくそう呟くのだった。
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