6-4

「どうされました?お嬢様。早くコレを貴殿の眷属として契約なされませ」


「…。」


 ダルクの言葉に躊躇うシンシアを見て、不安そうな雪色の少年。


「本で読んだんです。神は契約者を選ぶことができても、精霊は選ぶことができないって」


「ほぅ、その歳でお詳しいですな」


 ダルクはシンシアが日々よく勉強していることに嬉しそうに頷く。


 彼女が言う通り、魔力を持つ人間は、神や精霊と契約することが可能となる。人間が魔力を供給する代わりに、神はを、精霊はを与える。わば、どんな困難が訪れようと必ず主を守護する存在となるのだ。一度契約を交わせば、神や、それに近しい力を手に入れられると、は、古代より見えない存在と契約を交わすことに躍起になっていた。


 しかし、契約するに当たって、神には“ 拒否権 ”がある。自らが認めた相手としか、神は契約しないのだ。そう、神は契約者を“ 選べる ”、というわけだ。しかしながら、精霊にはその権限がない。すなわち契約を持ち掛けられた人間とは、否応なしに必ず契約しなければならない。シンシアはそれを危惧していたのだ。


「だから、もしこの子が嫌なら…」


「…っ」


 雪色の少年は俯いて小さく首を横に振る。


(違う、俺は、嫌なんかじゃない。あなたとなら、さっき、恐怖に震えながらも一生懸命お師匠様から俺を庇ってくれた。そんなあなたとだったら、俺は契約したい…)


 彼はシンシアに熱い視線を送りながら、心の中で必死に願った。


「驚きましたな。貴殿は精霊の意思を問うと、その意思を尊重してくださるとおっしゃるのですか? 神とは違い、選択権など持ち合わせないいやしい精霊なんぞに」


「卑しいだなんて…、そんな言い方しないでください」


 シンシアは、自分はさておき、他人が自らを卑下するような言葉に敏感だった。


「これは失敬。…それではお前はどうなのだ?お嬢様はお前の意思を尊重すると仰っておいでだが」



「…俺は、あなたとなら、契約したい。

 いや…、あなたと、契約したい!

 あなたじゃなきゃ嫌だ!」



「っ…」


(彼は、一体何を———。私なんか、契約しても何の価値もないのに…)


 男の子は真っ直ぐにシンシアを見据えてそう言い切った。あまりにはっきり言われてただただ困惑するばかりのシンシア。


「申し訳ございません。言葉使いがまだまだなっておりませんもので。ですが安心なさいませ。まだ幼い身なりではありますが、コレには執事としての立ち居振る舞いは全て叩き込んであります。契約していただければ、貴殿の手となり足となり身の回りのお世話を全ておおせつかります」


「っ、」


 シンシアは2人の言葉に一度、グッと唇を噛み締めた。そして、恐る恐る再びゆっくりと口を開いた。



「…申し訳ありませんが、“ 私に従者はいりません ”」



「ぇ…??」


 その場の空気を切り裂いて放たれたシンシアの言葉に、雪色の少年はポツリと声をこぼし、表情を歪ませてそのまま動けなくなる。


「従者は今までだっていたこともないし…。だから、身の回りのことはある程度自分で何でもできます。私は従者がいなくても大丈夫です」


「そんな…」


 ハッキリ言い切るシンシアに、彼はポロッと一言だけ溢した。


「ではお嬢様は、コレと契約する気はないと?」


「はい…」


「っ!?」


「もっとこの人を必要とする人の所へ連れて行ってあげてください。その方が、この人も幸せです。この人だってきっとそれを望んでいます。私のそばにいたら、この人が可哀想———」


「勝手に決めるなよ!!」


「っ———?!」


 シンシアの言葉を遮って、とうとう雪色の少年は声を荒らげた。それにシンシアは圧倒され、その場に凍りつく。


「…。」


(どうしてそんなこと言うんだよ?俺が可哀想?それは第三者から見たただの思い込みでしかない。俺の幸せも、俺の望みも、全て俺が決めることだ)


 彼は口から溢れ出そうになるのを必死に心にとどめた。そんな彼に、


「馬鹿者!!公女殿下に向かって何たる口の利き方か?!命知らずめ!」


「んぐっ?!」


 ダルクは怒鳴りつけて頭をガンッと床に押さえつけ、シンシアの前に無理やり平伏させるのだった。


「やめて!!」


 シンシアは慌てて声を上げて、ダルクは渋々彼の頭から手をどかす。


「大丈夫、ですか?」


「っ、ご、ごめんなさい、俺…、」


 膝を折って、心配そうに彼の顔を覗き込むシンシアに、目を合わせずただ力無い声で謝る雪色の少年。


「まったく残念ですな。貴殿と契約できないとなれば、コレはしかない」


「ぇ??」


 ダルクの言葉に、シンシアはパッと彼を見上げる。


「っ⁈ お師匠様、」


「仕方あるまい。契約者がいない精霊は顕現できない。主から力の供給を受けられないのなら、消える他、コレに残された道はございません」


「消える、とは、どう言う…?」


「そのままの意味です。あなた方人間で言う、“ 死 ” を意味します」


「そんな…」


 重々しい言葉に動けなくなるシンシアと、雪色の少年はそっと目を伏せる。


「貴殿はコレをみすみす殺してしまうのですか?」


「そ、それは———」


「お師匠様っ!そんな言い方、…」


 ダルクに詰め寄られるシンシアを庇うように、少年は辿々しくだが言い返す。…しかし、


「お前は黙っていろ!ワシはお嬢様と話しているのだ」


 どこか頼りない助け舟は、その言葉であっけなく沈められてしまうのだった。雪色の少年は自分の無力さに俯く。…そんな時だった。



「あ、あの!私が契約したら、この人は消えずにすむん、ですよね?」



「…ぇ?」


 シンシアの言葉に、雪色の少年はゆっくりと顔を上げる。彼の心に微かな希望が静かに芽生える。


「もちろん。そして貴殿はそれにより、“ 氷雪の加護 ”を手に入れることができます」


「氷雪の、加護…?」


(っ、さっきも聞いた言葉…)


 デジャビュのようでシンシアは目を丸くする。


アウスジェルダコレは氷雪を操る力に長けております。北の国、モントレー王国の最北端に位置する神山で、地の神、スディンペルの涙から生まれました」


「地の神様の、涙…??」


(“ 精霊は神の一部から生まれてくる ”って本に書いてあったけど、そう言う意味だったんだ)


 シンシアはそっと心の中で呟く。


「中でもコレの力は他のと比べて強大です。コレと契約したあかつきには、氷雪の加護が末長く貴殿を護り導くことでしょう。さぁお嬢様、どうなされますか?」


「契約します」


「おい、」


 ダルクの言葉に間髪入れずに答えるシンシアに思わず声を漏らす雪色の少年。欲しくて欲しくてたまらなかった言葉だったにも関わらず、少年は声を上げる。


(良い、のか…?さっきまであんなにためらってたのに。本当に、それでいいのか?それはあなたの意思じゃないんじゃ…??)


 心の中でそう言いながら、心配そうにシンシアを見やる彼。その表情から、彼の気持ちを読み取ったのか、シンシアは彼をまっすぐ見据えて口を開いた。


「あなたはさっき、私がダルクさんの質問になかなか答えられなかった時、庇ってくれたよね?嬉しかったんだ、とっても。ありがとう。だからこの契約は、せめてものお礼」


「何言って———。そんな、ダメだ、」


(俺はただ、あなたが居た堪れなかっただけで。その見返りがあなたとの契約だなんて、そんなの、ダメだ…。それじゃ俺のが貰い過ぎてる)


 雪色の少年は心の中でそう呟いて、苦しそうに首を横に降る。


「こんなの対等じゃない。契約ってのは、与え過ぎてももらい過ぎてもダメなんだ。これじゃ明らかにあなたのが与え過ぎている。分かってるのか?過ぎた分の代償は、必ずあなたで清算しなきゃいけない。あなた自身で埋め合わせしなきゃいけないんだぞ?との約束とは、契約とはそう言うもので——」


「それでも良いよ。貴方が消えなくてすむなら、私は何を支払ってもいい」


 雪色の少年の言葉を遮って、シンシアは真っ直ぐに言い切った。


「っ…」


(貴女と言う人は…)


 雪色の少年は、目の前で優しく微笑むシンシアを、眩しすぎてうまく見れないでいたのだった。



 



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