第25話ー冬の妖精さんー
部屋を出て行ったメイドの言葉でシンシアはいよいよ答えに確信が持てた。
「お嬢様、まだ答えられませんかな?これにアタリもハズレもありません。お嬢様に見えるか見えないか、ただそれだけです。何も難しいことは問うておりません」
「はぁ、はぁ———」
淡々と話すダルク。シンシアは苦しそうに胸を押さえながら、いまだ答えに迷っていた。
「お師匠様っ!」
辛そうな彼女の様子をもう見てられないと言った様子で、雪色の少年はダルクに縋り寄るが、
「黙っていろと言ったはずだ!またいつものように痛みを味わわないとわからないのか?!」
ダルクの怒号に一蹴されてしまう。そして彼は激しい剣幕で少年に手を振り上げていた。
「っ————!?」
少年は反射的に身体を強張らせ、腕で顔を庇い目を瞑る。
「ダメ…」
シンシアは目の前の光景に、弱々しく一言そう叫んでいた。すると、いつも少年に襲ってくるはずの激痛はなく、彼は不思議そうにゆっくり目を開けた。
その瞬間、雪色の少年は思わず目を疑っていた。
「どう、して———??」
彼の目の前には、シンシアが両手を大きく広げて彼とダルクの間に佇んでいた。小さくて、弱々しくて、でも、なによりも一生懸命な壁となって、彼を護るように立ち塞がっていたのだ。
「…っ、そこをおどきください、お嬢様。コレは言うことが聞けない教え子への教育であり
「…る、答える、から、この人を、傷付けないで!お願い、します…」
シンシアは小刻みに震える手足、そして声で、ダルクに懇願していた。
「お嬢…さ、ま??」
(バカ、震えてるじゃねぇか)
雪色の少年は心の中でそう言いながら、予想外の言葉に改めて目の前のシンシアを見つめる。
(本当は怖いくせになんで俺なんか庇う?なんで俺なんかのために、そんなこと…??)
少年は心の中でそう溢していた。 目の前にそびえる、小さくも勇敢な背中は、彼には眩し過ぎて、思わず目を伏せるのだった。
「…はぁ」
小さなお嬢様に震える声で懸命にそう言われては、ダルクもそれ以上何も言えなかった。 ダルクは大きな溜息を吐き、渋々振り上げた手を下ろした。
「お嬢様、余計なことを言う目障りなメイドはいなくなりました。それでは改めて、貴殿の答えをお聞かせ願いましょうか?」
ダルクはそう言って厳粛な目をシンシアに向けた。改めてダルクに向き直った彼女は、必死に呼吸を整えながら、スッと息を小さく吸うと、
「“ 見えます ”」
そう、真っ直ぐにダルクを見据えて答えたのだった。
「っ、ほぅ、一体何が見えますかな?」
「私と同い年くらいの、雪のように綺麗な髪と瞳をした、男の子」
「っ…」
すると、今まで雪色の少年を縛り付けていた重たい枷が、“ パーンっ! ” と弾け飛び、それはキラキラとした雪となって舞い上がったように、シンシアには見えたのだった。
雪の欠片はヒラヒラと少年の頭上から舞い降りている。その状況に少年自身も驚いており、自由になった手足をぼんやりと見つめたり、雪の欠片を見上げたりしているのだった。
——————
「っ、…あなたは、ダレ?」
ふとシンシアが改めて見た彼は、雪色の髪と目はそのままに、大人の男性の容姿をしていた。ポニーテールだった髪は結んではいるもののそれは毛先の少し手前で、髪は腰の辺りまで長く伸び、耳はエルフのように尖り、爪も長く鋭い。おまけに頭には透き通った氷の角が生えているではないか。
その姿はまるで、
「…龍??」
まるで、“ 龍 ”が人を真似た形をして、優しく微笑んでいるように、シンシアの目には映った。
【小娘、我の封印を解いてくれたこと、礼を言う。お陰でやっと元の姿も取り戻せた】
「それが、あなたの本当の姿なの?」
その問いに龍はフワッと微かに表情を崩した。
【…そなたは我が怖いか?】
シンシアは龍の問いに黙って首を横に振った。
【ならいい。これより先、そなたに氷雪の加護が
「“ 氷雪の、加護 ”…??」
人の姿を
「———っ」
「っ!?」
優しく口付けたのだった…。
—————————
「やはり見えておられましたか。」
「っ———、」
ダルクの声に一気に現実に引き戻されるシンシア。そして改めて少年を見ると、
「…。」
(あれ、あの子、元に、戻ってる…)
先程の龍の青年は姿を消し、元の雪色の少年の姿に戻っていた。しかし、
「…っ、冷たい。」
先程、人型の龍に触れられていた頬は、
「それにしてもお嬢様、何故、
「っ、」
ダルクの問いに言い淀むシンシア。“ 引かれたくなかった ”から。これ以上、“ 変な子 ” 呼ばわりされたくないから。それが理由だ。もし素直にそう答えたら、ダルクはどう返すだろうか?厳しい声で叱り付けられるのだろうか…?シンシアはまた絶え間ない恐怖に頭の中が支配されてしまい、すぐに口が開けない。
シンシアに植え付けられた判断基準は、自分の答えよりもまず先に、周りの答えだった。周りが文句を言わないなら、納得するのなら、彼女はいくらでも自分の答えを捻じ曲げる、そんな生活を送ってきたのだ。
「まぁ良い、見えているのなら」
なかなか答えないシンシアに痺れを切らしたのか、ダルクはそのまま話を進めることにした。
「お嬢様は“ アウスジェルダ ”という名前を聞いたことがおありですか?」
「アウス、ジェルダ…?
———はい、知ってます。…確か、“ 冬の妖精 ”さんの名前」
「…っ」
“ 冬の妖精 ”という言葉に、男の子は反応する。
「さすがはお嬢様、ご名答です…。人間は妖精と呼んでいますが、多くは精霊のことを指します」
「セイレイ…」
シンシアは、今度は間違えないようにと、そっと繰り返して頭に叩き込んでいた。
「そう言えばここへ来る前、クリューノ坊ちゃんの所にも寄ったのです。坊ちゃんもアウスジェルダのことはご存知でしたよ」
「っ、クリューノ兄様の所へ?」
ダルクの言葉にシンシアはパッと顔を上げた。 彼が言うクリューノとは、クリューノ・クリミナード。シンシアの2人いる兄の一人で、クリミナード公国の第一公子で、シンシアの5つ年上の義兄だ。そして彼の双子の弟に、第二公子のシェイル・クリミナードがいる。シンシアの母親が亡くなり、公王が再婚した際の後妻の連れ子なのだった。
「えぇ。シェイル坊ちゃんとご一緒でした。貴殿と同じように
「ぇ…」
従者からの意外な言葉に、シンシアはポツリと言葉をこぼした。そしてまたやっぱり確信した。この雪色の少年は、“ 見える人 ”と“ 見えない人 ” がいるのだ、と。
先程のメイドが良い例だ。
「精霊が見えるのはごく僅かな限られた人間。次期当主候補のクリューノ様なら、ご覧になれるかと思い、先ほどの貴殿と同じ問いをしました。コレがご覧になれますか、と…。しかし、“ 馬鹿にしているのか ”と逆上されてしまいましてな」
「っ、クリューノ兄様が?!…珍しい、ですね。普段、絶対に取り乱したり、声を荒らげる人ではないのに。それならシェイル兄様の方が…」
普段シンシアのように穏やかな性格のクリューノが、そのようなことをするのかと、彼女は思わず目を丸くする。どちらかと言うとそう言う発言をするのは、普段ヤンチャなシェイルの方なのだ。
「えぇ。存じております。それ故、シェイル様の方が、取り乱されるクリューノ様を見て、今の貴殿のように驚いておられました。それからコレ共々部屋を追い出されてしまいましてなぁ。ハッハッハッ」
「…。」
思わず笑い出すダルクを前に、反応に困るシンシア。
「…実は
「っ?!」
「っ…」
シンシアが驚いて雪色の少年を見ると、バツが悪そうにスッと顔を伏せた。
「…。」
(じゃあ、さっきの氷の角をした龍が、冬の妖精さん、アウスジェルダの姿…??)
シンシアは先程見た、人間の姿をした龍のことを思い出していた。
(けど…、)
「ありえません!だって本では妖精…、精霊はずーっと昔に滅んだって…。
昔の王様が、精霊の壮大な力を恐れて、根絶やしにするために、“ 妖精 ( 精霊 ) 狩り ”をしたって」
「確かに、昔に比べると精霊の数は圧倒的に減りました。仰る通り、先の“ 精霊狩り ”で
「神様たちが、精霊を封印した…?」
「…。」
雪色の少年は人知れず拳をキュッと握る。
「先程、コレの手や足に枷がはめられていたのが見えましたか?」
「っ、はい、見えました!まるで自由を奪われてるみたいで…。でも、私が“ 見える ”って言った瞬間、それが弾けて雪になって———、っ!!」
(バカ、何言ってるの———?!そんなこと、普通に考えてありえるわけがない。また“ 変な子 ”だって思われる…)
シンシアは心の中でそう言いながら慌てて口を両手で覆うシンシア。
自分が言いたいことが通じたことの喜びで、どんどん言葉が溢れ出てくるシンシアだったが、ぽろっと出た自分の言葉に、急に我に返るのだった。
「ほぅ、お嬢様にも“ 雪 ”が見えましたか。それが、コレが冬の精霊と呼ばれる
「っ…」
ダルクの反応はシンシアが予想していたものとは全く逆だった。
いつもの嘲笑いや否定、非難の目や言葉、態度は今は何処にもなく、真っ直ぐにシンシアの言葉が受け止められ、それに対して返事がされている。シンシアにとってにわかには信じられないことだった。
「あの枷は神による“ 封印 ”だったのです。コレの力を奪うための。力を枷により奪われた精霊達は深い深い眠りにつくこととなった。そして人々が近寄れない、決して見つけられない場所に封印されたのです。 高山の山頂、地下深いマグマの中、海の底、洞穴の奥の奥…、ありとあらゆる所に———。
それから何百年もの長い長い年月が経ち、とうとう封印の力も弱まったのでしょう。 コレは1人、目覚めてしまったのです。そして、封印されていた場所を抜け出し、人里へ降りてきてしまった…」
「…。」
シンシアが雪色の少年を見ると、彼は何も言わずに俯いていた。
「精霊は神には劣るがそれに近しい力を持つ。見える側の人間からしたら、喉から手が出るほど欲しい存在です。しかしながら、コレは力を封印されていたため、使い物にならなかったのでしょう。モントレー王国のスラム街に打ち捨てられていました。それをたまたま私が見つけ、保護したというわけです。」
「…モントレー王国。北の、地の国の?」
「そして、長らくの教育、訓練の末、コレもようやく従者として機能するようになったので、こうしてクリミナード家に献上するために連れて来たのです。公王様より、コレを息子たち、クリューノ様、ないしはシェイル様の眷属精霊にとの
「…。」
(…何だ。お父様から直接私に、ってわけではなかったんだ)
シンシアは心の中でポツリと呟くと、人知れず小さくそっと肩を落とした。
「…。」
そんな彼女を、雪色の少年はただ何も言わず、黙って眺めているのだった。
「コレがはっきりと見えると言うことは、お嬢様の身体にも魔力が宿っていると言うこと。魔力がなければ、精霊は見えませんから」
「私の中に、魔力が?」
シンシアは少し驚いた様子で自分の両手を交互に見る。
「
「…。」
(魔力を持っている人は王族や貴族、特に上流貴族に多いって本に書いてあったけど、そう言うことだったんだ。ご先祖様が、神様から直接力を———?)
シンシアは人知れず首から下げていた、彼女の祖母から貰い受けた氷翠石の笛を握る。
この世界には生まれつき魔力を持って生まれてくる人間がいる。そうした人間は、地水火風の力を借りた魔法を使うことができるのだ。しかしながら、世界の8割方の人間は魔力を持たない。残りの2割も自らが魔力により魔法を使えることすら知らずに生きていることがほとんどだ。そしてその中の1割にも満たない、国を収める帝や皇族、王や、王族、公族、貴族たちの身体に、魔力は宿っていることが多いのだ。
「でも、どうして私が?次期当主候補のクリューノ兄様や、シェイル兄様は…??」
「坊ちゃん方は、公王様の再婚相手のお子。次期当主候補であると言うだけで、公王様の血を分けたお子ではございません。それゆえお嬢様こそ、正真正銘、公王様の血を、クリミナードの代々の血を受け継いでおいでなのです」
「…じゃあ、なぜ貴方にはあの子が見えるのですか?貴方も魔力が?」
「それは、ワシも“ 精霊 ”だからです」
「ふぇっ?!」
ダルクの言葉にシンシアは目を丸くして、声にならないような声を漏らした。
「本来“ 精霊 ”というものは、
「そう、だったのですか…。でも、貴方の姿は周りには見えていますよね?」
シンシアの言う通り、この屋敷の人間はみんな、ダルクの姿を認識している。
「それは、“
「“ 主の力 ”…??」
シンシアはふわっと首をかしげる仕草をした。
「精霊や神は一般の人間の目には見えない存在。しかし魔力を有する者と“ 契約 ”を交わすことで、その力により、ココに顕現することができる。ワシは公王様と契約を交わし、公王様の魔力の恩恵でこうして顕現できております。ですから、貴殿がコレと契約を交わせば、貴殿が持つ魔力によって、コレはようやく人々の目に映るというわけです」
「…っ」
(私の魔力で、彼はみんなに見えるようになる…?)
シンシアは心の中でそっと呟いたのだった。
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