1-3

 それから2日後、キーユはシンシアとフィーゼに連れられてシンシアの部屋へやって来たのだった。


はそっち、はこちらにお座りください」


 フィーゼはキーユの椅子を引いてやった。その立ち居振る舞いは、数分前までの生徒の姿とは違ってちゃんと従者だ。


「ありがとう」


 ふとキーユが言った一言に、


「っ、いぇ…」


(従者に礼なんて…。お嬢以外にもそんなヤツいるんだ…)


フィーゼは心の中でそう呟きながら、意外そうな顔で彼を見るのだった。


「何か?」


「いえ、従者なんぞに礼を言うなんて、我が主に似ているなと思って」


…、ですか」


 フィーゼの言葉にボソッと呟いくキーユ。


「ぁ、フィーゼ、今日は私がお茶入れるから着替えて来て良いよ?」


 そう言って席を立とうとするシンシアに、フィーゼはそっとシンシアの席の後ろに立ち、


「大事な大事なお嬢様にそんなことさせられません。貴女はお客様とのご歓談をしばらくお楽しみくださいませ」


 そう言って耳元で優しく囁くと、しなやかな笑みで2人に一礼して奥のキッチンへ引っ込みお茶の準備に入るのだった。


「っ…?!」


(もぅ、だなんて、無駄に従者面するんだから…。普段は絶対こんなことしないのに)


 フィーゼから不意打ちを喰らってしまったシンシアは、心の中でそう言いながら俯いてしまうのだった。今の彼女の心臓は確かに高鳴っており、その耳は赤く染まっていた。


「シンシア、さん…??」


「ぇ?!」


 そんな彼女にキーユがそっと声をかける。


「大丈夫ですか?顔が赤いようですが、もしかして熱でもあるんじゃ?」


「ふぇっ?!…ぁ、いぇ、全然。すこぶる元気です!アハハハ」


 心配そうなキーユに、シンシアは慌てて取り繕う。


「なら、良いのですが…。 ぁ、シンシアさんは、次の懇親会の舞踏会、ダンスのお相手は決まっていらっしゃるのですか?」


「ぇ?」


「っ…」


 キーユの質問に、シンシアはおろか、たまたま奥で会話に耳を傾けていたフィーゼも音もなく反応する。 この学園では毎年数回様々なイベントが催されており、進級、進学てからまず初めのイベントが、この懇親会を兼ねてのダンスパーティなのだ。


「もしよろしければ、僕と踊っていただけませんか?」


「へ?!…ぁ〜、えっと———、」


 突然のことに言い淀むシンシア。 と、そこに、


「は〜い、お茶をお持ちいたしました〜」


 フィーゼが棒読みでわざとらしく言いながら、ティーセットとケーキが乗ったワゴンを引いてやって来た。


「ショートケーキです、ど〜ぞっ!」


「っ!?」


 キーユの前にガチャンっ!と乱雑にお皿に乗ったケーキを置くフィーゼ。


「ちょっ、フィーゼ、もっと静かに置きなさい。キーユさんがびっくりしてるでしょう?」


「…ぃえ、僕は別に」


「これはこれは失礼いたしました。少しケーキを大きく切りすぎたもので、その重みかな?手元が狂っちゃって…。アハハハ」


 と、シンシアの注意にフィーゼはそっぽを向きつつ答える。


「もぅ、またふざけて…。 すみません、いつもはこんなじゃないんですよ?」


「きっと緊張しておられるのでしょう。 ステキなおもてなしとして受け取っておきます」


 キーユは笑みを崩すことなく穏やかに答える。


「ハハハッ、ちょっとしたサービスですよ。普段この部屋にお客様なんて滅多にいらっしゃらないもので、思わずはしゃいじゃいました」


(あぁ、そうだった。コイツはこう言う、しゃくさわる返し方をしてくるヤツだった。あ〜、さっさと帰れこの男…)


 フィーゼは心の中でブツブツ呟きながら、キーユに負けじと全力の営業スマイルを貼り付けて、棒読みで応えるのだった。


「…。」


 それからジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出したフィーゼは、ちゃんと数分、数秒単位まで丁寧に時間を確認している。


 そのふとした彼の仕草と横顔を、シンシアはただじーっと見つめているのだった。


「素敵な時計をお持ちなんですね」


「っ?!」


 そのほんの一瞬を、キーユの声が割って入った。

 シンシアは慌ててフィーゼから目を逸らすのだった。


「見たところ、年代物のようですが———?」


「従者のいろはを叩き込まれた俺の師匠からいただきました。主の従者になった祝いにと」


「さきほどはそれで何を確認していたのですか?」


「紅茶の蒸らし時間です。数秒前後するだけでも、香りや味わいは途端に変わってしまうので。最高の温度と香りでお楽しみいただけるようにと…」


 キーユの問いに淡々と的確に答えるフィーゼ。


「フフッ、そうやって敬語で話していると、本当に従者ですね」


「そりゃね。普段はお嬢と同じ学生ですが、こっちが本業なもんで。ですから貴殿がわざわざ俺に敬語を使う必要もないのですよ?」


「まぁ、僕の敬語はくせ、と言いますか…。お気になさらず」


「ハッ、左様で…」


 ほんと食えんヤツだな、とフィーゼは苦笑いで返す。


「フフッ、キーユさんもフィーゼも、今じゃとっても仲良しですね!よかった」


「ぇ?」


「どこがだよ?!」


 微笑みながら言うシンシアの言葉に、2人は怪訝な顔をする。


「…さて、そろそろかな」


 懐中時計の蓋をパタンッと閉じたフィーゼは、それをジャケットの元の場所にしまい、慣れた手つきでゆっくりと紅茶をカップに注いでいく。


「綺麗な所作ですね」


「っ、恐れ入ります。従者になって長いもんで」


「君の師匠という方も、さぞ優秀な執事なのでしょうね。君の動きには全く無駄がない」


 完璧なフィーゼの所作を見て、自然とそんな言葉が出てくるキーユ。


「フィーゼが淹れてくれる紅茶は、とても美味しいんですよ」


「そうなのですか。楽しみです」


 楽しそうに、どこか嬉しそうに話すシンシアをキーユは可愛らしく思うのだった。


「どうぞ、冷めないうちに」


 と、フィーゼがカップが乗ったソーサーをキーユの前に置こうとした時、気をきかせたキーユがそれを受け取ろうと手を伸ばした。その瞬間、


「あっ、」


「おわっ?!」


 キーユの手がソーサーに当たってしまい、その反動でカップの中の紅茶がフィーゼの脇腹あたりにかかってしまったのだった。


「熱っ?!」


「フィーゼ?!」


「すみません、僕…」


 シンシアは慌ててフィーゼに駆け寄る。


「大丈夫ですよ、主。そんなに心配しなくても、これくらい何ともありませんから。むしろ貴女にかからなくてよかった」


「何言ってるの?!ちょっと見せて」


「いや、だから大丈———」


「フィーゼは黙ってて!」


「っ、はい」


 珍しく強い口調のシンシアに、スッとおとなしくなる従者。


「———。」


 シンシアはフィーゼに紅茶がかかった箇所を確認すると、そこに片手をかざし、か細い声で詠唱を唱えた。すると、その手にはターコイズブルーの光が集まり出し、その周りを優しいあたたかい風が、まるで生きているかのように包むこんでいく。


「っ!?」


(これが、風の魔法…?)


 シンシアたちの様子をただ黙って眺めるキーユ。


「…。」


 シンシアは風が宿ったその手をフィーゼの脇腹にそっとかざした。それからしばらくするとシンシアの手のひらの光と風は静かに収まっていったのだった。


「どう?まだ、痛む?」


「いや、もう何も感じない」


「はぁ、よかった…」


 フィーゼの言葉にシンシアはやっとホッと胸を撫で下ろした。


「すみません、フィーゼ、大丈夫でしたか?」


「あぁ、お嬢がで治してくれたから、もう痛くも痒くもない」


 心配そうに尋ねるキーユに、ドヤ顔で答えるフィーゼ。癒しの風とは風の魔法の一つで、傷を癒すことができる回復魔法の一種だ。


「ま、こんなことしてくれなくても、俺の氷で冷やせば治ってただろうけど」


「俺の氷??」


「フィーゼは氷雪系の魔法の使い手なんです。雪や氷は四大元素よりも扱うことが難しい魔法なんですが、それを彼は自在に操れるんです」


 首をかしげるキーユに、シンシアがそっとフォローする。


「って、あれ?フィーゼ、従者なんじゃなかったっけ?」


「…あ、忘れてた」


「フフッ、やっとフィーゼだ」


 からかうように、楽しそうに笑うシンシアに、


「うっせぇ」


 フィーゼは照れ臭そうに口元を手の甲で隠してそっぽを向く。


「…。」


(へぇ、君はそんな顔もするのか)


 キーユはフィーゼの顔を見ながらそんなことを思う。フィーゼの頬は少し赤くなっているように、キーユには見えた。


「と、とにかく、話は戻りますが、貴殿とウチの主が懇親会で踊る云々うんぬんは、わざわざ今ここで決めておくことでもないでしょって話です」


「そう言うものなのですか?こういうのは先に予約しておいた方がスムーズかな、と」


「予約って」


 意外そうな顔をするキーユに、フィーゼは呆れ顔だ。


「っ、わ、私は、別に、それでも大丈夫、です…」


「本当ですか?シンシアさん」


 そこにあまりわけもわかっていないのにフォローに入るシンシア。


「…はぁ、もう好きにしてくれ」


(嗚呼、ダメだ、コイツら…。話が通じない)


 フィーゼはシンシアとキーユに、お手上げと言った表情だった。

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