第2話ー安心する声ー

「はい、もちろ———」


「却下!」


 シンシアが返事をする前に別の声が颯爽と割って入った。いきなり喧嘩腰の登場人物に困惑するシンシアとキーユ。


「ダメに決まってんだろ?何考えてる」


 2人が振り返った先にはキーユと同じく色白長身で、髪は雪色の、同じく雪色の瞳が美しい1人の少年がいた。


「お前、何?ウチのに一体何の用?」


「え?」


…?)


 雪色の少年の言葉が、思わず引っかかるキーユ。


「ちょっ、フィーゼ!口の利き方に気をつけてっていつも言ってるでしょう?

 …ぇっと、キーユさん、紹介します。彼は私の従者のフィーゼ・セライド。私たちとも同級生なんですよ?」


 へ〜、そうですかと、その言葉に適当に返事をしながら、


…)


 今度はシンシアの言葉に一瞬止まるキーユ。


 ちなみにクラスも同じな!と、すかさずドヤ顔で補足するフィーゼに、左様ですかと、キーユは涼しい顔で返すのだった。


( フィーゼ 。雪導き、冬もたらす者、か。雪の色に似た彼の容姿にピッタリな名前だ)


 キーユはフィーゼをじーっと見据えながら心の中で淡々と呟く。


「俺の顔に何か?」


「いえ、なにも。まるで雪が人の形を成したかのようだと思って」


 褒められているのかなんなのかかいせず、は?とポカンと口を開く。キーユの顔からは感情が全く読み取れないフィーゼなのであった。


「君は雪のように綺麗だと言っているんです」


「なっ?!」


 スッと微笑むキーユに、背筋にゾワッと寒気が走る。


「よかったね、フィーゼ。綺麗だって!」


「っざけんな!男に言われて何が嬉しい?」


 主の呑気な言葉に思わずツッコむ従者。


「それでもう少し品が備わっているといいんですが。公女殿下の従者さん?」


「っ、にしてやろうか?!テメェ!」


 フィーゼはスッと手をキーユの方に構えると、瞬時に手の周りに氷の結晶が生成されていく。その光景にキーユは不思議そうにただ目を奪われる。


「フィーゼ、やめなさい。無闇に魔法を使おうとしちゃダメ!もぅ、そういうところだよ。キーユさんが言ってるのは」


「あ、いや、すまん…じゃなくて! はぁ、お嬢は口を挟まないでくれ。調子が狂う…」


 主の言葉にたじたじの従者。キーユとフィーゼは言葉を数回交わしただけでなのに2人の間には見えない火花がバチバチと飛び交っていることに、シンシアだけは気づいていない様子だった。


「そういえばお前——、貴方にはご挨拶が遅れましたね。僕の名前は———」


「おい、今一瞬、って言わなかったか?」


 訝しげに見るフィーゼを、気のせいでは?と軽く受け流すキーユ。


「まぁいい。お前、キーファン・ヘウンってんだろ?確かさっき講堂で挨拶してたヤツ」


「えぇ、僕がその挨拶してたヤツです。フィーゼ様、でしたっけ?以後お見知り置きを」


 キーユはなおもすました笑顔でフィーゼに答え手を差し出すと、フィーゼは一瞬ピクっと反応は見せたが、答えることはなかった。


 そんな2人のやり取りを見ながら、これどっかで聞いたような…と、先ほどの自分とキーユのやりとりのデジャビュを見ているようで、自分の従者も同じ発言をしていることに人知れず顔を両手で覆っていた。


はやめろ。主が付けで、従者の俺が呼ばわりは、色々とよろしくない」


「そういうことはよくわかっていて安心しました、“ フィーゼ ”。僕のことはキーユとお呼びください。君の名前は確か、順位表の3に載っていたかと…。おめでとうございます」


「ハッそりゃどうも。別に呼び捨てじゃなく俺にも付けでもいいんだぞ?」


 1位におめでとうと言われても屈辱なだけだと思いつつ、キッとキーユを睨みつけるフィーゼ。


「ったく、中等部の時はお嬢と俺で1位2位を独占してたのに…、お前なんかがお嬢よりいい点数取るから!」


 その言葉に、やめなさい!とシンシアは従者を制しながらも、頼むからこれ以上傷口をえぐらないで———と心の中で縋るように願うのだった。


「構いません。それだけ今回の試験に尽力されたということでしょうし」


 そういうキーユに対し、ハッと勢いよく息を漏らしたフィーゼ。言ってることは正しいのに、何かいちいちかんさわることに目を逸らしながら必死にイライラをやり過ごしていた。


 と言っている間に教室に着くと、キーユはサッとドアを開けシンシアを先に中へ通す。


 それに乗じて、どぉも、とフィーゼも得意気にスッと中へ入り、キーユは表情を崩さずただ、いえ、とだけ返して2人の後に続いて中へ入るのだった。


 3人が教室に入り席に着いた途端、ざわついていた室内が一気に静まり返る。そして、あれよあれよと言う間にキーユの席の周りには人の壁ができて彼の姿は次第に見えなくなった。


「うわぁ、キーユさん人気…」


「ケッ、女どもに囲まれて何が嬉しいんだか」


「フィーゼ、言い方、」


 シンシアとフィーゼはそんなことを言いながら蚊帳の外からキーユを見守る。



「あの、ヘウン様と呼んでも良いですか?」


「えぇ、よろしくお願いいたします」


「ヘウン様は外部進学者、なのですよね?」


「はい、本日からこの学園へ」


「出身はどちらなのですか?」


「好きな食べ物は?」


 クラスの女子からの質問攻めは担任が来るまで続いたのだった。



 ———そしてその放課後、


「…じゃ、先行ってるな」


 HRが終わるとフィーゼはシンシアを置いてそそくさと教室を後にした。


「シンシアさん!」


 フィーゼを見送り廊下を歩いているところにキーユが駆け寄って来た。いまだに話しかけられることに慣れていない少女はやはり身体が瞬時に硬直してしまう。



(キーユさんはなんでこんな私なんかに声をかけるのだろう———?)



 周りの人間がしようともしないことを、こうもあっさり何度もしてくるキーユを、少し、いやかなり不可解に思うばかりだった。


「これからお部屋に戻られるんですか?」


 その問いに、えぇ、と一つ返事をする。


 この学園は全寮制で、爵位によって建物も分けられており、部屋の広さや置かれる調度品もそれぞれ違っていた。伯爵以下の子爵、男爵は2人以上の相部屋で、それより上、シンシアのような公爵、そして侯爵は1人部屋があてがわれているのだった。


「あれ、キーユさん、女子の皆さんは?」


「ハハッ、シンシアさんまで…」


 彼女の素朴な疑問に苦笑いで、巻いてきましたよと答えるキーユ。あれだけ彼を取り巻いていたクラスの女子たちだが、今は誰一人として見当たらない。

 

「…いやぁ、入学初日からちょっと圧倒されました」


「フフッ、キーユさんカッコいいですから」


 サラッと言ってのけられ恐縮しながら、からかわれているだけですよと、相変わらず苦笑いのキーユ。


「そう言えばお一人、なのですか?フィーゼは?」


 不意にそのフィーゼの姿がどこにも見当たらないことに気がつく。


「フィーゼはいつも授業が終わると先に寮の部屋へ帰ってしまうんです。授業が終われば従者に戻るからって、先に戻って部屋を掃除や、お茶の準備をしてくれたりで」


 彼女の説明にキーユは、さすが、ちゃんとしてるんですね。貴女の従者さんは。と褒め称えつつも、大事な主を一人置き去りだなんて、一体何を考えているのか。主を護れずして何が従者かと、心の中では違う言葉を吐いていた。


「彼、仕事を優先して部活もしないんです。 ありがたい限りですが少し居た堪れなくて。私のせいで彼の自由を奪ってるみたいで」


 彼も自分の時間を気兼ねなく自由に使ってほしいのですと話す主は力無く一つ息をついた。


 王族、貴族たちのほとんどが従者なんぞのことをただのモノとしか思っていない中で、公女殿下という立場にある少女がそんな言葉を紡いでしまうことに、キーユは意外そうに少しポカンと口を開いた。

 この人は、他の高貴な人間たちとはどこか一線を画している、そんなふうに思うのだった。



「シンシアさんは、とてもお優しいのですね」



 どこか感嘆に満ちた穏やかで柔らかい声は、いえ、そんなことは、と思わず謙遜するシンシアの心を優しく撫でて行った。



「主にそこまで思われているなんて、とても幸せな従者ですね」



 心からの言葉だったのだろう。キーユの言葉に少女の心はじわりじわりと温かいものが広がっていく。固かった表情も少しずつ緩んでいく。

 それを前に先ほどの言葉に付け加えるように、そんな彼が羨ましいですと、キーユは声に出さずにふっと息だけこぼすのだった。


「私は小さい時は従者がいなかったので、フィーゼと出会うまでは何でも1人でやらなきゃいけなかったんです。だからその有り難みが凄くわかると言うか」


「ぇ…」


 思わず声が漏れていた。それもそのはずだ。公爵家のお嬢様からはまず飛び出さないであろう、耳を疑う発言だったのだから。



「フィーゼは私についてくれた従者なんです」



「…初、めて?」


 ポツリポツリとしか言葉がうまく紡げないキーユ。


「確か私がこの学園に入る頃だから6歳くらい?だったでしょうか。私が入学したのは初等部からなので」


「それまで誰一人として、従者がいなかったと?」


 国王の娘、公女殿下ともあろうお方が?と疑問を抱きつつ、それが許され、まかり通っていた事実がにわかには信じがたく、ただただ困惑するばかりだった。


 そんな彼に困ったように笑いながら、目の前の少女はコクリと頷く。


「掃除やら洗濯、今フィーゼがやってくれていることは全部自分でやっていました」


 少女の言葉にキーユはやるせなく一つ息をついた。


「あ、ごめんなさい。こんな話されてもつまらな———」


「ではお二人が出逢われて、そろそろ10年なんですね。とても仲がよろしいようで、見ていて微笑ましいです」


 最後まで言わせないように言葉を遮り、そっと微笑んで話す。その声と穏やかな表情に、少女も少し表情を緩ませていた。


「まぁ、フィーゼからしてみれば私はただ主ってだけで、10年というのもただの腐れ縁です。学園に来てからは四六時中ほぼ一緒にいるので、自然とこんな関係に」


「四六時中、一緒に」


「…キーユ、さん?」


 少年は物憂げに少し目を逸らしたように見えた。


「だから仲良しというよりは、よき理解者と言ったところでしょうか。こんな私なんかのことを10年も飽きずに支えてくれています」


「よき、理解者…」


 言いながら今度は目を伏せる。その声は明らかにどんどん小さくなっていった。


「フィーゼ、口は悪いんですけど実はとっても優しいんですよ?勘違いされやすいのが玉にきずで…。でも、キーユさんが綺麗だって言ってくださったように、あの容姿ですから女子にも人気があって。もう少し愛想良くしたらいいのになって思うんですけど」


 どこか困ったように、でも楽しそうに笑う少女を、キーユはそうですか、と溢すだけでやはりよく見れないでいた。


「…ぁ、ごめんなさい、さっきから私ばっかり、つまらない話して」


「いぇ、色んなお話がうかがえて楽しいですよ。もっと聞きたいくらいです」


 ふと我に返って謝る彼女に、フワッと笑って返すキーユ。


「私、普段人見知りが激しくて、フィーゼ以外とは誰とも話せないんです。なのにキーユさんには自然と言葉が出てくる。なんでだろう?不思議です」


(キーユさんの声を聞くと、安心する…、なんて言ったら絶対引かれるだろうから言えないけど)


 シンシアは苦笑いに心の中でそんなことを呟いていた。


「僕も自分から何か話すよりは、誰かのお話を聞く方が好きなので、そう言っていただけて、僕も嬉しいです。だからもしよかったら、またいっぱい聞かせてくださいね」


 今度はもっと、を聞かせてください。従者のことじゃなく、シンシアさん、貴女自身のお話を———。そんな言葉を心の中にそっと隠しながら、目の前の少女を見つめた。


「キーユさんってこれから部活ですか?」


 唐突に聞かれたものだから少し驚きながらも、いぇ、部活にはまだ…とだけ返した。


「だったら、ぜひ部屋にいらしてください」


「ぇ?」


 これまた唐突な言葉だった。


(今のは聞き間違いか?部屋にいらしてくださいって———?)


 ポロッと溢された言葉に思わず目を見張る。その部屋とは恐らく…、いや考えずとも間違いなく彼女の部屋だろう。


「フィーゼが淹れてくれた紅茶はとっても美味しいんです!あと、付け合わせのお菓子も。あ、お菓子はフィーゼの手作りで…」


「本当にいいんですか?僕なんかがお部屋へ伺っても」


「ぇ?———ぁ、、」


 改めて念押しのように投げかけられた言葉に、やっと自分が何を言ってしまったのか気が付いたその人から、小さく声が漏れた。


 私、何言って…。仮にもキーユさんは初対面の方なのに。それに男性を自分から部屋に招待するなんて、私、なんてバカなことを———と、自分で言ったことなのに、目の前の彼以上に自分自身が驚いていた。 思わず手で口を覆う。


 その恥ずかしそうな仕草を見て、よかった、気付いてくださったようだと少年は人知れずホッと胸を撫で下ろす。


「急にお邪魔してはフィーゼが驚いてしまうでしょうから、明日、いや、明後日、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 必死に冷静を装いながら頭の中で懸命に言葉を選びながら穏やかな口調でキーユは紡いだ。


「そ、そうですね、フィーゼに聞いておきます」


 まだまとまっていない頭であたふたと答える少女を、キーユは可愛らしく思いながら眺めるのだった。



 それから2人は約束を手土産にお互いの部屋へ戻って行った。



 ————————————

 


 シンシアが部屋に戻ると、おかえりと言いながら制服から執事服に着替えたフィーゼが出迎える。 


 ただいま。とシンシアはリビングのいつもの席に座る。フィーゼは奥からティーセットが乗ったワゴンを押して現れると、目の前のテーブルにお茶の準備をしていく。


「フィーゼ、明後日キーユさん来るから」


「ふぁ?」


「ちょっ、フィーゼ、溢れる!」


「!? …っぶね」


(おいおい、俺のいないところで一体なにが??)


 突然のこと過ぎて思わず変な声が出ただけでなく、手に持つソーサーを落としそうになる従者。


 大丈夫?と心配そうな顔で身を乗り出す主に、あぁ、別になんともないと手を上げて制する。


「ってか、え?キーユが何だって?」


「キーユさん、明後日ココに遊びに来るから」


「はぁぁぁあ?!」


 改めて耳にした途端、絶叫が部屋中に響き渡る。


「フィーゼ、落ち着いて…」


 やっぱりダメかな?と罰が悪そうに眉をハの字に曲げながら言う主に、フィーゼは全力で平静を装ってそっとお茶を差し出す。


「いや、ダメじゃない、けど。ってかどうしたんだよ?今までそんなことなかったろ?一体アイツに何を言われた?どうせまた無理矢理———」


「違っ、私が———」


「お嬢から誘ったのか?!」


「ちょっ、言い方!」


 声を荒らげる従者にすかさずツッコむ主。


「あ、ほらケーキ落ちちゃう!」


「ぉっと、」


 主の言葉に皿に乗ったケーキを落としそうになり、慌てて体制を整えるフィーゼ。 


「いや待て待て、頭の処理が追いつかんのだが。要は、初めて部屋に誘ったのが、男だと?!」


「だから言い方っ!」


 いざ言葉にされてしまうと頬は次第に赤くなっていく。


「10年だぞ?」


「…ぇ、何が??」


 ポツリと呟く少年に、改めて向き直る。


「俺がお嬢と出会ってからだ!これまで貴女が道を踏み外さないように10年もの間、俺は一生懸命貴女の従者として側で支えてきたってのに。あんまりだ!もぅ、泣いちゃうぞ?!俺」


「フィーゼ、落ち着いて」


 シンシアは慌ててフィーゼをなだめる。


「はぁ…。もう一度言うけど、本当に無理矢理押し切られたわけじゃないんだな?」


「ないない。キーユさんはそんな人じゃないよ。私なんかのつまらない話を、ただ、うん、うん、って聞いてくれる、優しい人」


「へぇ〜、優しい人、ねぇ」


(俺にはどことなく食えないやつに見えたが)


 他の誰かのことを話す目の前の少女の顔が、どこか朗らかな顔をしているように見えて、少年はどことなく複雑な思いで眉間に皺を寄せた。


「わかったよ。連れて来い」


「ぇ、いいの?」


 ため息混じりに頷く従者に、シンシアの顔は途端にパッと明るくなる。


 ったく嬉しそうな顔しやがってと心の中でぼやきながらも、主にそんな顔をされてはめっぽう逆らえない従者なのであった。


(まぁいい。アイツがお嬢に近づく目的、根掘り葉掘り聞かせてもらおうじゃねーか)


 フィーゼはそう考え直して不敵な笑みを浮かべていた。


「ありがとう、フィーゼ」


 そうとも知らずホッとしたように少女は微笑んだ。


「まさか、進学初日からこれとはな…。全く油断してた」


(俺はお嬢の従者であり護衛でもあるのに…。やっぱりこの人を1人にするのは危険…?)


 心の中でそう呟きながら、さっそく変な虫が付きそうな無防備な主に頭を抱えるフィーゼなのであった。


「油断?一体なんの話?」


「いいのいいの、こっちの話。…ってか今日はやけに楽しそうだな」


 珍しく口数が多い目の前の少女を少し意外に思いながら眺める。


「だって、久々にフィーゼ以外の人とお話ししたから、なんか新鮮で」

 

「あ〜らそぅ」


 嬉しそうに微笑む主の頭の中が自分以外の誰かに支配されていることにどこか悔しそうに従者は目を逸らすのだった。

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