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それからフィーゼは着替えるために席を外すのだった。その間、キーユとシンシアはまたお喋りに花を咲かせる。しかしながらまだまだ緊張気味のシンシアは、キーユが積極的に話しかけることでなんとか会話になっていた。
「さっきの風の魔法、すごかったですね!さすがはクリミナードの、風の国の民だ」
「全然大したことありません!あんなの基礎中の基礎の魔法ですから!」
「だとしても、誰かの傷を癒せるなんて、素晴らしいです。フィーゼも喜んでいると思います」
「だと、いいんですけど」
先ほどシンシアが使った風の魔法の一つ、“ 癒しの風 ” を目の当たりにして、キーユは大絶賛だ。そんな彼にシンシアは照れ臭そうに俯く。
「…そういえば、フィーゼはどうしてシンシアさんの従者に? 」
「た、たまたまです。フィーゼは、私がこの学園に入学することになって、屋敷の執事長に連れられて我が家に来たんです。それで、 私と同じ学年に一緒に入学して、今日に至ります」
「…同じ学年にって、まさかフィーゼは僕たちと同じ16歳ではないのですか?見た目はそのように見えますが、」
「いや、その、実は、私もよく知らなくて」
「え、知らない?」
キーユは思わず聞き返す。
「フィーゼは北の国、地の神様であるスディンペル様の庇護下にある、モントレー王国出身で、氷雪系の魔法を得意としていることしか、」
「…。」
(へぇ、北国出身の、雪と氷を操る少年か)
キーユは心の中で呟いた。
「…。」
「…ぇ、それだけ? ぁ、すみません」
続きを言わないシンシアに、思わずキーユの口を突いて出た言葉に、彼は慌てて口を手で覆う。
「いぇ、私の方こそすみません。これくらいしか知らなくて…」
シンシアは困ったようにフワッと笑った。
「なぜ聞かないのですか?フィーゼとはもぅ10年も一緒にいるのでしょう?」
「アハハ、そうですよね。でも、なんだか聞いてはいけない気がして…。フィーゼ、私と会う前のことはよく覚えていないだの、忘れただのはぐらかされるので。話したくないことなのかな、と」
「…っ」
(この方は、今までどれだけの言葉を、その内側に閉じ込めてきたのだろうか?きっと他にも彼に聞きたいこと、聞くべきことだってたくさんあっただろうに)
キーユはシンシアを見ながら、心の中でそう思った。
「シンシアさんは、許されるなら、フィーゼに何を聞いてみたいですか?」
「え?…そ、そうですね、氷の魔法のこと、かな。とても綺麗な氷細工を作ってくれたこともあって。フフッ、フィーゼ、ああ見えてとっても器用なんです」
「左様ですか。では、ぜひ、その胸に閉じ込めずに言葉に出して聞いてあげてください。フィーゼも自分の得意なことを聞かれたら、きっと嬉しいはずです」
「そうなのでしょうか…?」
「えぇ、きっと…」
そんな話をしていた途中、シンシアがお手洗いで席を外した。それと入れ替わるように部屋に入ってきたフィーゼはドカっとキーユの前に座った。
「っ?!」
何事か?と、ケーキを食べようとしていたキーユは目をぱちくりしながフィーゼを見た。
「まどろっこしいことは抜きにして単刀直入に聞くが、お前、ウチのお嬢|たぶらかして一体何が狙いだ?」
「フッ、たぶらかすだなんて、物騒な物言いだなぁ。僕はただ、シンシアさんともっと仲良くなりたいだけですよ」
威勢のいいフィーゼに、キーユはふっと息をつく。
「それが怪しいっつってんだ!クラスや周りの人間を見たろ?みんなお嬢を公女殿下だって恐れおののいて、気安く声をかけることも、近づくことすらしねぇ。それなのにお前は———」
「それは君のガードが硬過ぎるのでは?見たところ、かなりの過保護そうですから」
「か、過保…」
スパンっと突きつけられた言葉にフィーゼは動揺したのかモゴモゴする。
「…フフッ、まぁいい。お嬢様の従者が君のような人でよかった。それくらい警戒心があるなら安心だ」
「何言って…、俺はただ主を守ってるだけだ!」
「ではなぜ、放課後に主を一人置き去りにするのですか?主を守る護衛にはあるまじき行動だ。言ってることとやっていることがチグハグすぎる。本当にやる気があるのか?お前…、ぁ、君」
「そ、それは…。俺が四六時中一緒にいたら、あの子だって嫌だろうから。少しくらい一人になれる時間、作ってやれたらと、思って…」
的を得たキーユの厳しい言葉に、フィーゼは辿々しく答える。
「っ、」
(へぇ、それが君なりの主への気遣いか)
意外な答えに、キーユは目を丸くしながらフィーゼを見るのだった。
「な、なんだよ、悪いか?!」
「フフッ、ホント、君はわかりやすいですね。僕は他人より耳がいいからよくわかるんです。呼吸の音、鼓動の音、今の君は先ほどよりもかなり速くなってる。少し僕にビビってます?」
「はぁ?何言って——。ってか、お前一体何者だ?」
キーユの話ぶりにますます警戒心を強めるフィーゼ。
「だから言ってるじゃないですか。僕はただのシンシアさんの友人ですよ。今は、ね」
「何が言いたい?」
フィーゼはキーユの物言いに眉をしかめる。
「君こそ何者なんですか? なぜあの子の記憶を奪った?」
「はぁ?!どう言う意味だ?」
「あの子の、お嬢様の過去の記憶を改ざんしたのは君なのか?!」
(どうか違うと言ってくれ。僕の考え違いだと…)
キーユは心の中でそう言いながら願うようにフィーゼに詰め寄る。
「…、」
その一瞬、フィーゼの表情が固まったのを、キーユは見逃していなかった。
「ハッ、お嬢の記憶を奪う?改ざんする?何言ってんのか意味わかんねぇ。そんなこと、普通の人間にできるわけないだろう?」
「…っ」
何事もなかったように平然と返答するフィーゼに、キーユはふっと息を吐いた。
「そう、ですよね。普通の人間が、他者の記憶の書き換えなんてできるわけない…。ハハッ、何言ってるんだろう、僕は。すみません、突然変なこと言って。けど、僕は君が思ってるような、お嬢様に、クリミナード公女殿下に、仇なそうと企んでるような
「よその国って?」
「“ クロノス帝国 ” 」
「ぅげっ、帝国人?!」
帝国という言葉にあからさまに嫌そうな顔をするフィーゼ。
「違っ…ぁ、いや、違わない、けど。このことは、お嬢様には言わないでください。変に気を遣われたくないので…。 あくまで、今まで通り普通に接してほしいんです。お嬢様がいつも君に接しているように、だから———、」
この世界にはクロノス帝国を中心に、それを囲うように東西南北に4つの大国が存在している。4つの国々はクロノス帝国に忠誠を誓い守護する国、つまりは従属国という位置付けだ。 帝国の守りなくして我が国なしと、皆、口を揃えて述べるほどだ。
そのため古くから各国の人々は帝国人を敬う慣習、教えが根付いている。帝国人と聞くだけでそれ以外の国の人々がかしこまってしまうことを、真面目なシンシアなら特にそうしてしまうだろうことをキーユは危惧していた。
「…まぁ、うん、分かった」
「はぁ、ありがとう、フィーゼ」
「…。」
(何で急にそんなに必死になる?お嬢に距離を置かれるのがそんなに嫌か?)
わかりやすく体の緊張を解いたキーユに、若干引いてしまうフィーゼ。
「ってか、何でさっきからお前までお嬢様になってんだよ」
「っ⁈…ぁ、いや…。ハハッそうですね。何ででしょう?君につられたのかも」
「はぁ、ホントよく分からんよ、お前は…。」
と、読めないキーユにフィーゼが呆れていると、
「楽しそうに2人で何話してるの?」
と、シンシアが戻って来た。
「っ⁉︎」
「…いや、現文学の宿題の答え聞いてた」
咄嗟のフィーゼの切り返しに少し強張っていた顔がホッと緩むキーユ。
「ダメでしょ?フィーゼ、自分で考えなきゃ」
「良いだろ?別に。読解は苦手なんだよ。 分からないことは学年首席殿に聞くのが
1番効率いい」
「もぅ…。すみません、キーユさん」
困ったように笑いながらキーユに頭を下げるシンシア。
「いえ、お気になさらず。僕も勉強になりますし」
そんな彼女にキーユは笑顔で返した。
「キーユさんは読解、お得意なんですか?」
「得意、かどうかは…。 でも本はよく読みます。昔、本好きな方が近くにいらっしゃった影響で。 そう言えば、この学園の図書館はとても立派ですね」
「はい、国の中でも有名なんですよ?国中の本が集まるところでもありますから。私も本が好きで、よく利用しているんです」
「そうなんですね。僕も気に入ってるんです。あの空間は、部屋にいるより、静かで落ち着くので」
「お部屋は従者さんが賑やかなんですか?」
「…まぁ、そう言ったところです」
少し、濁しながら話すキーユ。
「ぁ…、ごめんなさい。じゃあココは少し、うるさかったですか?」
「っ、いいえ、そう言った意味じゃなくて…。 ごめんなさい、言い方が悪くて。ココはとても暖かくて、心が安らぎます」
「っ、お部屋、暑かったですか?」
「ぇ、ぁ、いや…」
シンシアの言葉に、キーユは返事に惑う。
「キーユ、お嬢にはあんま言葉を修飾しないでやってくれ。何も考えずそのまんまを受け取る所があるから」
「なるほど…。君の主はとても純粋で素直な方、なんですね」
(本当に、可愛らしいお方だ)
フィーゼはコソッとフォローを入れ、キーユは笑って答える。
そんな2人のやり取りを見て、
「…あれ、私、また何か変なこと言いましたか?」
シンシアは不安そうな表情を浮かべる。
「お嬢こそもう少し読解力を身に付けなきゃなって話」
「…どう言う意味?」
「辞書を引け〜」
「ぇ、バカにしてる?」
「フフッ、」
「「っ⁉︎」」
シンシアとフィーゼのやりとりに思わず笑ってしまうキーユ。
「あ、すみません。
お2人を見ていると、楽しくて。いつまでもここにいたい気分です」
「キーユさん…?」
「…では、またいつでもいらしてください。 あ、手土産は宿題の答えってことで」
「フフッ、君と言う人は」
「そうだよ、フィーゼ。変なこと言わないの!
キーユさん、手ぶらで全然構いませんから、是非また来てくださいね!いつでも待ってます」
「ありがとうございます。2人とも」
それから暫くしてキーユは部屋へ戻って行った。
———————————
「キーファン様、一体こんな時間までどちらへ?」
キーユが部屋へ戻った瞬間、執事服の女性が慌てて彼を出迎えた。
「すみません、道に迷ったもので」
「っ…、はぁ、お急ぎください。お客様がお待ちです」
「…。」
そう言われて、キーユは彼の帰りを首を長くして待っていた客人を出迎えるのだった。
———————————
「キーユさんは、従者さんと仲良くないのかな?」
「あぁ、何でもかんでもごちゃごちゃ喧しいって言ってたな」
「そこまで言ってないでしょ。…けど、意外だった。フィーゼがあんなこと言うなんて」
「へ?」
「また来てくださいって」
「っ、そ、それは———」
「何だかんだ言って、フィーゼもキーユさんのこと気に入ってるんじゃない」
「…っ、うるせぇ」
(誰のためだと思ってんだよ…)
言葉そのままに受け取る主に言いたいことは五万とあるのだが、フィーゼはまた全て呑み込んだのだった。
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