第4話ー天然な主と過保護な従者ー
それからフィーゼは着替えるために席を外すのだった。その間、キーユとシンシアはまたお喋りに花を咲かせる。しかしながらまだまだ緊張が解けないシンシアは、キーユが積極的に話しかけることでなんとか会話が成立していた。
「さっきの風の魔法、すごかったですね!さすがは
「全然大したことありません!あんなの基礎中の基礎ですから!」
「だとしても、誰かの傷を癒せるなんて素晴らしいです」
「ありがとう、ございます…」
風の魔法の一つ、“ 癒しの風 ” を目の当たりにしてキーユが大絶賛するものだから、褒められ慣れていない少女は照れ臭そうに俯く。
「そういえば、フィーゼはどうしてシンシアさんの従者に?」
「た、たまたまです。私が6歳の頃、この学園に入学することになった時に、屋敷の執事長に連れられて来たのが、フィーゼでした。それで、 私と同じ学年に一緒に入学して、今日に至ります」
「…同じ学年にって、まさかフィーゼは僕たちと同じ16歳ではないのですか?見た目はそのように見えますが、」
「いや、その、実は、私もよく知らなくて」
「え、知らない?」
ご自分の従者なのに?とキーユは思わず聞き返す。
「あ、えっと…、フィーゼは
シンシアは慌てながら懸命にポツリポツリと話す。
「…。」
「———ぇ、それだけ?」
続きを言わないシンシアに、思わず口を突いて出た言葉に、彼は慌てて、…ぁ、すみませんと口を手で覆う。
「いぇ、私の方こそすみません。これくらいしか知らなくて…」
シンシアは気まずそうに眉をハの字に歪めて困ったように笑う。
「なぜ聞かないのですか?フィーゼとはもぅ10年も一緒にいるのでしょう?」
「アハハ、そうですよね。でも、なんだか聞いてはいけない気がして…。フィーゼ、私と会う前のことはよく覚えていないだの、忘れただのとはぐらかされるので。話したくないことなのかな、と」
「…っ」
(この方は今までどれだけの言葉を、その内側に閉じ込めてきたのだろうか?きっと他にも彼に聞きたいこと、聞くべきことだってたくさんあっただろうに)
そう思いながらシンシアを見据える。
「シンシアさんは、もし許されるなら、フィーゼに何を聞いてみたいですか?」
「え?…そ、そうですね、氷の魔法のこと、かな。とても綺麗な氷細工を作ってくれたことがあって。フフッ、ああ見えて彼、とっても器用なんです」
「左様ですか。ではぜひ、怖がらずに聞いてあげてください。フィーゼも貴女に聞かれたらきっと喜ぶと思います。自分に興味を持ってもらうって、とっても嬉しいことなんですよ?」
「そうなのでしょうか?」
「えぇ、きっと…」
———そんな話をしていた途中、シンシアがお手洗いにと席を外した。
それと入れ替わるように部屋に戻ってきたフィーゼはドカっとキーユの前に座った。
「っ?!」
何事か?と、ケーキを食べようとしていたキーユは目をぱちくりしながフィーゼを見た。
「まどろっこしいことは抜きにして単刀直入に聞くが、お前、ウチのお嬢たぶらかして一体何が狙いだ?」
「フッ、たぶらかすだなんて、また物騒な物言いだなぁ。僕はただ、シンシアさんともっと仲良くなりたいだけですよ」
威勢のいい従者とは裏腹に、キーユは落ち着いた口調でフッと息をつく。
「それが怪しいっつってんだ!クラスや周りの人間を見たろ?みんなお嬢を煙たがって、声をかけることも、近づくことすらしねぇ。それなのにお前は———」
「それは君のガードが硬過ぎるからなのでは?見たところ、かなりの過保護そうですから」
「か、過保…」
スパンっと放たれた言葉にフィーゼは動揺したのかモゴモゴする。
「…フフッ、まぁいい。お嬢様の従者が君のような人でよかった。それくらい警戒心があるなら安心だ」
「何言って…、俺はただ主を守ってるだけだ!」
「ではなぜ、放課後に主を一人置き去りにする?主を守る護衛にあるまじき行動だ。言っていることとやっていることがチグハグ過ぎる。本当にやる気があるのか?お前———、ぁ、君」
ごもっともなキーユの厳しい言葉に、
「そ、それは…。俺が四六時中一緒にいたら、あの子だって嫌だろうから。少しくらい一人になれる時間、作ってやれたらと思っ、て…」
フィーゼは照れくさそうに辿々しく答える。その頬は少し赤く染まっていた。
「っ、」
(へぇ、それが君なりの主への気遣いか)
意外な答えが返ってきたので、キーユは心の中で呟きながら目を丸くしながら従者を見るのだった。
「な、なんだよ、なんか言えや…」
「フフッ、ホント、君はわかりやすいですね。僕は他人より耳がいいからよくわかるんです。呼吸の音、鼓動の音、今の君は先ほどよりもかなり速くなってる。主への想いを吐露して照れちゃいました?」
「はぁ?何言って——。ってか、お前ホント一体何者なんだ?」
からかうような話ぶりのキーユに、ちょっと耳がいいからってそこまで聞こえるわけ、と訝しげな表情を見せるフィーゼ。
「僕はただのシンシアさんの友人ですよ。今は、ね」
「何が言いたい?」
フィーゼはキーユの物言いに眉をしかめる。
「君こそ何者なんですか?あの子に、あの子の記憶に一体何をした?」
「はぁ?何って?」
「あの子の、お嬢様の過去の記憶を改ざんしたのは君なのか?!」
(どうか違うと言ってくれ。僕の考え違いだと…)
キーユは心の中でそう祈るようにフィーゼに詰め寄る。
「…、」
その一瞬、表情が固まり、途端に視線を外したフィーゼの行動を、キーユは見逃していなかった。
「ハッ、お嬢の記憶を奪う?改ざんする?何言ってんのかさっぱりわかんねぇ。そんなこと、普通の人間にできるわけないだろう?」
「…っ」
何事もなかったように平然と返答するフィーゼに、キーユはふっと息を吐いた。
「そう、ですよね。普通の人間が、他者の記憶の書き換えなんてできるわけがない…。
ハハッ、何言ってるんだろう、僕は。
すみません、突然変なこと言って。けど、僕は君が思ってるような、お嬢様に、クリミナード公女殿下に仇なそうと企んでるような
ヘウンの名が珍しいのも、僕がよその国から来たためです」
「よその国って?」
「“ クロノス帝国 ” 」
「っ、お前、帝国人なのか?!」
帝国というワードにあからさまに怪訝そうな顔をするフィーゼ。
「違っ…ぁ、いや、違わない、けど。
このことは、お嬢様には言わないでください。変に気を遣われたくないので…。
あくまで、今まで通り普通に接してほしいんです。お嬢様がいつも君に接しているように、だから———、」
この世界にはクロノス帝国を中心に、それを囲うように東西南北に4つの大国が存在し、それらは帝国に忠誠を誓い付き従う国、つまりは従属国という位置付けだ。
天界の中でも最高神であるクロノスの庇護の元にある国。その帝国の守りなくして我が国なしと、皆、口を揃えて述べるほどだ。
そのため古くから各国の人々は帝国人を敬う慣習、教えが根付いている。
帝国人と聞くだけでそれ以外の国の人々はかしこまってしまうのが通例だ。
真面目なシンシアなら特にそうしてしまうだろうことを、キーユは手に取るように想像でき、それを危惧していた。
「…まぁ、うん、分かった」
「はぁ、ありがとう、フィーゼ」
「…。」
(何で急にそんなに必死になる?お嬢に距離を置かれるのがそんなに嫌か?)
わかりやすく体の緊張を解いたキーユを見て、そう思いながら若干引いてしまうフィーゼ。
「ってか、何でさっきからお前までお嬢様になってんだよ」
「っ?!…ぁ、そうですね。何ででしょう?君につられたのかも」
へへへと力無く笑いながら言うキーユ。
「はぁ、ホントよく分からんよ、お前は…」
と、考えが読めない目の前の少年にフィーゼが呆れていると、
「楽しそうに2人で何話してるの?」
と、シンシアが戻って来た。
「っ!?」
さっきのフィーゼとの会話もあって、途端に警戒の方が先に体に出てしまうキーユは、ピクッと肩を跳ねさせてシンシアをうまく見れないでいた。
そんな中、
「…現文学の宿題の答え聞いてただけだよ」
咄嗟のフィーゼの切り返しに、強張った表情がホッと緩むキーユ。
「ちょっ、ダメでしょ?フィーゼ、自分で考えなきゃ」
「良いだろ?別に。読解は苦手なんだよ。 分からないことは学年首席殿に聞くのが1番効率いい」
「すみません、キーユさん」
困ったように笑いながらキーユに頭を下げるシンシア。
「いえ、お気になさらず。僕も勉強になりますし」
そんな彼女にキーユは笑顔で返した。
「キーユさんは読解、お得意なんですか?」
「得意、かどうかは…。でも本はよく読みます。昔、本好きな方が近くにいらっしゃった影響で。
そう言えば、この学園の図書館はとても立派ですね」
「はい、国の中でも有名で、国中の本が集まるところでもあります。私も本が好きで、よく利用しているんです」
少女の言葉に、そうなんですねと笑顔で頷く。
「僕も気に入ってるんです。あの空間は部屋にいるより、静かで落ち着くので」
「お部屋は従者さんが賑やかなんですか?」
「…まぁ、そう言ったところです」
素朴な疑問に少し濁しながら答える少年。
「ぁ…じゃあココは少しうるさかったですか?」
すみません、と気まずそうな表情のシンシアに、
「いぇ、そう言った意味じゃなくて…。ココはとても暖かくて、心が安らぎます」
キーユは慌てて首を横に振ってフォローの言葉を付け加えた。
「あれ、お部屋、暑かったですか?」
「ぇ、ぁ、いや…」
予想外の返しにキーユは返事に困惑して苦笑いする。
2人のやりとりに、はぁ、と見兼ねた従者は、
「お嬢にはあんま言葉を修飾しないでやってくれ。何も考えずそのまんまを受け取る所があるから」
と彼の耳元でコソッとフォローを入れる。
「フフッ、なるほど。君の主はとても純粋で素直なお方なのですね」
キーユはフワッと笑ってコソッと返すのだった。
(本当に、可愛らしいお方———)
目の前の少女をそんなふうに柔らかく見つめながら…。
そんな2人のやり取りを見て、
「…私、また何か変なこと、言いましたか?」
シンシアは少し不安そうな表情を浮かべる。
「いえ、そんなことは———」
「お嬢こそ、もう少し読解力を身に付けなきゃなって話」
否定しようとしたキーユの言葉を途中で遮って、従者は少女をからかうようにニッと笑って言った。
「…どういう意味?」
「辞書を引け〜」
「ぇ、バカにしてる?」
「フフッ、」
「「っ!?」」
目の前で繰り広げられるやり取りに思わず笑ってしまうキーユ。それを意外そうに目を丸くする2人。
特にシンシアの方は、初めて見た彼の楽しそうな笑顔に目を奪われていた。
「あ、すみません。
お2人を見ていると楽しくて、つい。いつまでもここにいたい気分です」
「キーユ、さん…?」
「…では、またいつでもいらしてください。 あ、手土産は宿題の答えってことで」
「フフッ、君という人は」
「そうだよフィーゼ。変なこと言わないの!
キーユさん、手ぶらで全然構いませんから、ぜひまた来てくださいね!いつでも待ってます」
「ありがとうございます」
それから暫くしてキーユは部屋へ戻って行った。
———————————
「キーファン様、一体こんな時間までどちらへ?」
キーユが部屋へ戻った瞬間、執事服の女性が慌てて彼を出迎えた。
「すみません、道に迷ったもので」
「っ…、はぁ、お急ぎください。お客様がお待ちです」
「…。」
そう言われて、キーユは彼の帰りを首を長くして待っていた客人を出迎えるのだった。
———————————
「キーユさんは、従者さんと仲良くないのかな?」
キーユが去った後の部屋で、シンシアはフィーゼが淹れ直した紅茶をゆっくり嗜みながらボソッと呟いた。その目線は先ほどまで彼が座っていた席を向いていた。
「何でもかんでもごちゃごちゃ喧しい従者だってって言ってたからな」
テーブルに残された空になったカップと皿を下げる従者に、そこまで言ってなかったでしょとツッコむ少女。
「…けど、意外だった。フィーゼがあんなこと言うなんて」
へ?と、手を止めて主を見る少年。
「また来てくださいって」
「っ、そ、それは———」
「何だかんだ言って、フィーゼもキーユさんのこと気に入ってるんじゃない」
どこか安心したように、楽しそうに話す目の前の少女に、
「…っ、うるせぇ」
顔を逸らしながらボソッと漏らすフィーゼ。
(誰のためだと思ってんだよ…)
言葉そのままに受け取る主に、はぁ、とため息を落として心の中でそう呟く。
言いたいことは五万とあるフィーゼだったが、またいつものように全て呑み込むのだのだった。
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