第2章-蝶々が導く先-
2-1
———とある放課後、
「あの、キーユさん、」
「あぁ、シンシアさん、また明日」
シンシアは放課後何度かキーユに声をかけようと試みるものの、彼はそそくさと教室を後にする。シンシアが彼を部屋に招待したあの日以来、放課後になるとキーユはフィーゼよりも何かに急かされるように誰よりも速く教室を出るようになっていた。
「…ま〜た逃げられちまったな」
キーユの後ろ姿を少し寂しそうな面持ちで見送るシンシアにフィーゼが話しかける。
「逃げられただなんて…。きっと。従者さんのこと、あぁ言ってたけど大切にされてるんじゃないかな。だから早くお部屋に戻られてるのかも。お優しい方なんだよ」
「従者に気を遣って?本当にそうなのかねぇ…」
「違う、かな?」
「さぁ、知らね…」
(まぁ生徒どもによれば、キーユは放課後になると色んな女の所へ取っ替え引っ替え通ってるらしいって噂だ。ハッ、モテる男は違うねぇ———、じゃなくて、こんな話、絶対お嬢には聞かせらんねーわ)
フィーゼもキーユの行動が気になり、クラスメイト等から情報収集をしていて、そんなよからぬ噂耳にしてしまったのだった。
「…ーゼ、フィーゼ!」
「っ⁈…な、何だよ?」
ハッと我に帰ったフィーゼはパッとシンシアを見るのだった。
「どうかした?ボーッとして。珍しく考えごと?」
「珍しくは余計だ。で、何?」
「私、今日は図書館に寄って行くよ。だから先に戻ってて」
「ふぇ?ぁ、あぁ、分かった…」
キーユが部屋に訪れて以来、シンシアとフィーゼははまた一緒に部屋に戻るようになっていた。だが、今日は予定変更のようだ…。
———図書館
「うわぁ、相変わらず本がたくさん…」
高い本棚には本がビッシリと収められておりそれが幾つも並んでいる。
ちなみにそれが地下1階〜地上の2階まである3階構造だ。本の量はもちろんのこと、その美しい構造から、公国一美しい図書館と名高い。
(そう言えば、キーユさんもよく図書館に来るって…。どんな本がお好きなんだろう?)
シンシアはそんなことを考えながら、ボーッと当てもなく本棚の森をさまよい歩く。
…と、そこに、
「っ…、蝶々?」
金色に輝いた小さな蝶々が彼女の目の前を通り過ぎていくのが見えた。
「綺麗。光ってるみたいに見える。でも、こんな所に何で? どっかから紛れ込んで来たのかな? だったら外へ出してあげなきゃ…」
そう言って蝶々の後を追うシンシア。ただ導かれるまま本棚の奥の奥へとどんどん足を進めて行く…。
「あ、待って!」
(あの蝶々の色、何だかキーユさんの髪の色に似てる気がする…)
シンシアは目の前を飛ぶ蝶々にそんなことを思いながら、
不意に蝶々が本棚の影に飛び込んだ。慌てて追いかけるシンシアは、
「…ウソ」
思わず足を止める。
本棚を曲がったところ、シンシアの目線の少し先には、
「…キーユ、さん?」
床に座り込んで高い本棚に背中を預けているキーユに似た人物がいた。
読書の邪魔にならないようにと、シンシアはそーっとその人に近づいて行く。
「やっぱり、キーユさんだ。…あれ、そう言えば蝶々は?」
ふと気がつくと、こちらの筋に入って行ったはずの蝶々はどこかに姿を消していた。
「ま、いっか…」
それからシンシアはゆっくりとキーユの隣りに近づいて行く。
「キーユさ———、…あれ、寝てる??」
顔を覗き込むと、閉じた目に寝息が聞こえて来た。
シンシアはキーユの隣にちょこんと腰を下ろした。
彼のお腹の上には、読んでる途中なのであろう本が開いて伏せられていた。
「…。」
不意に外から吹き込んだ優しい風が、カーテンを舞い上がらせる。
その隙間から差し込む午後の日差しが、彼の金色の髪と公国人では珍しい異様に白い肌をより一層輝かせてみせた。そこには確かにゆったりとした穏やかな時間が流れていた。
「…。」
シンシアはその容姿端麗な顔立ちに否応なしに見惚れてしまう。
(そう言えばキーユさん、最近欠伸をされてるところをよく見かけるような…。よく眠れてないのかな?? …にしても、)
「綺麗…」
「っ…、」
思わず零れ落ちたシンシアの言葉に反応するようにキーユが薄らと瞼を上げる。
「ぁ、違…‼︎ 今のはその…」
「…お嬢、様?」
「ぇ??」
キーユの言葉にシンシアは動きを止める。
「フフッ、見ぃつけた」
キーユはこの上なく柔らかい表情で微笑む。
「っ⁈」
(可愛っ、じゃなくて!…嗚呼、もぅ何なの?そのとろけそうな笑顔は。相変わらず声も優しいし。はぁ、心はおろか、耳まで幸せです…)
シンシアは胸に手を添えて、心の中で思わず叫ぶ。
(というか “ お嬢様 ” って、それに “ 見つけた ” って、何を⁇)
キーユの言葉が理解できずシンシアは首をかしげた、次の瞬間———
「…。」
「キャっ?!」
キーユはギュッと彼女を抱き寄せた。いわゆる、バックハグというやつだ。
「フフッ、相変わらず可愛い」
「っ———」
シンシアの髪にそっとキーユの吐息がかかる。
「…っ。」
(どどどどうしたですか?キーユさん!!)
シンシアは頭の中がパニックになりそのまま固まってしまう。心臓は高速で脈打ち、顔は火が出るのではないかと思うほど赤く熱く火照っていく。
「…っ」
あまりに恥ずかし過ぎてキーユの方を振り向くに向けないシンシア。
…と、
「…。」
「っ⁈」
不意に肩に重みを感じた。
「キーユ、さん…??」
「…スー、スー、」
「えぇ、また寝ちゃった、の??」
彼の名前の返事は寝息だった。
「…。」
(どうしよう、これ。くすぐったいよぅ…)
そう心の中で呟きながら、首筋に掛かるキーユの寝息にソワソワするシンシア。
「…。」
(そして、この状況…、もぅがっちりホールドされちゃってるんですけど…)
いまだキーユの腕の中から身動きが取れないでいた。
「…。」
(こんな所もし他の誰かに見られたら…、特に女子にでも見られたら、絶対殺される、社会的に…。そもそもフィーゼに見られでもしたらめちゃくちゃ怒られる…。何て言い訳したら良いか…。あぁ〜〜)
心の中で叫びながら思わずうなだれるシンシア。
「…。」
(って、その前に、背後のキーユさんにこの状況を何て説明したら良いか…。
嗚呼、キーユさん、目覚めてほしいような、そうでないような…。
うわぁ〜〜〜〜〜〜)
シンシアは暫くモヤモヤした時間を過ごすのだった。
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