第21話ー勘違、い…?ー
————それから部屋に戻ったシンシアは、鼻歌を歌いながらフィーゼが紅茶を注ぎ終わるのを待つ。
「今日はやけにご機嫌だなぁ。一体図書館で何があったんだ?」
「実は、ね、キーユさんに、“ 大好き ” って言われたの」
「へぇ〜、大好き———って、はぁ?!…っと、危ねぇ、」
フィーゼは思わず持っていたポットを落としそうになるのを何とか堪える。
「ちょっ、フィーゼ、驚き過ぎ…。あくまで友達として、だから」
「へ、へぇ。キーユに大好きって言われたか…。へぇ、そっか〜」
あの胸の締め付けは、そう言うことだったのか。と眷属紋の辺りに触れながら、フィーゼの眉間には一気に深い皺が刻まれる。
「フィーゼ、顔、怖い」
「っるせぇ、この顔は元からだ!」
「何で怒ってるの?」
「別に怒ってなんか…。よ、良かったじゃないか、“ 好きなヤツ ” から好きって言われて」
「私、キーユさんのこと、好き、なのかな…??」
「ぇ?」
なぜそんなこと俺に聞く?と、フィーゼは声を出さずに乙女な反応を示す主に、突っ込む。
「私には、誰かを、何かを好きって気持ちが、いまいちよくわからないから…」
そう言って、少し困ったように笑う少女に、フィーゼは幼い頃の彼女のことを思った。 何かを好きだと自分から言える環境にいなかった彼女は、“ 好き ” もきっと、その意思に関係なく、周りが納得してこそだったのだろう。そんな背景に、フィーゼはそっと心が痛んだ。
「そう言われてそんなに嬉しそうにしてるってことは、そう言うことなんじゃないのか?」
「う、嬉しそうにしてる?私」
シンシアはピタッと動きを止めて目を丸くする。
そんな少女に、えぇ、もぅこの上なくと音もなくツッコむ従者。
「…ってか、そもそも何でそんな話になった?」
あぁ、それがね———とシンシアは躊躇いながらポツリポツリとことの成り行きをフィーゼに話すのだった。
「カキゴオリ??」
知らない単語を耳にして訝しげな顔のフィーゼに、食べたことある?と首をかしげるシンシア。
いや、そもそも喰い物の名前なのか、それ…。と今度は意外そうな顔をする。
「っ、じゃなくて!それのことを好きかと聞かれたのに、お嬢は勘違いして———」
「キーユさんのことを聞かれてるのかと…」
恥ずかしそうに俯くシンシア。できることなら時間を巻き戻したい、そんな思いに駆られていた。
「あぁ〜、なるほど。…って、アホか!どこに、自分のことを
“ お好きなんですか? ”
なんて聞くボケがいるんだよ!どんだけ自分に自信満々なんだ」
「もぅ、言わないで…」
よくよく考えたらわかることだと、自分が一番自覚している。それに、そこで嫌いと言うわけにもいかなかったので、仕方がなかったのだと、先程のことを思い出しながら懸命に自分を正当化しながらもシンシアはうなだれる。
「急に後ろから耳元でそう囁かれたら、ドキッとしちゃって、頭がうまく回らなくて…」
「…ハハッ、あー、そぅ」
(背後から耳元で囁かれただと…?何やってくれてんだ、アイツ…)
フィーゼはテーブルに肘をつきながらことの状況を想像し、心底ムスッとする。
「あ〜、あんのヤロウ、次会ったらぶっ殺す」
「ちょ、恐ろしいこと言わないでよ」
フィーゼの口から思わず漏れ出した本音に、シンシアは慌ててツッコむのだった。
「…まぁ、キーユさんが言うには、あくまで 友人として、って言ってたから」
「ハハッ、友人、ねぇ」
(咄嗟に逃げたな?アイツ)
フィーゼはキーユのごまかしようにフッと笑う。
「でも、フィーゼは何で私がキーユさんのこと好きだって——??」
「2人を見てたら嫌でもわかるわ。誰でもな」
「誰でも?!」
「仮面舞踏会の時、向こうの女執事にも忠告されただろ? “ 勘違いするな ” って」
「っ…、そんな風に見られてるの?!私」
その一言はシンシアの今までのテンションを一気に下げてしまう。
が、しかし、
「…っ、あ、それでね?今日、花火が観れるんだって」
それを押し除けてしまうほど、シンシアは浮き足立っていた。
「ハナビ?? …何だ、また食いモンか?」
「フフッ違うよ。南の、火の国、サリンドラ王国でお祭りの時に使われるの。夜の空に、大きな花が咲くんだよ?!」
「空に花?…何、どう言うこと??」
「見ればわかるよ。フィーゼ、きっと驚くから」
ふ〜ん…と、全くイメージできないので適当に返事をするフィーゼ。
「だから今夜ね、時計の2つの針がてっぺんで1つに重なった時、時計塔に集合するの」
「…ん?集合?誰と?」
「キーユさんと」
はぁ?!とフィーゼはテーブルにバンっ!と手を突いて声を荒らげる。
「何考えてんだ?!そのハナビってヤツをアイツと2人で観ようってか?」
「うん。…あ、この部屋からでも夜空は見えるし、きっとフィーゼも観られるよ、花火」
「うわぁ、そりゃ楽しみ〜…じゃ、ねぇんだよ! 俺も一緒に行く」
「ふぇ?」
(そんなにフィーゼも花火が見たいのかな?)
突然のフィーゼの言葉に、シンシアは目を丸くしながら心の中でそう呟いた。
「真夜中の時計塔に2人きり?いや、ふざけるなよ?」
(もしかしたら、いやもしかしなくても両思いの2人が、暗闇の中で2人っきり?なにもないわけがないじゃないか?!)
フィーゼの頭の中にはシンシアとキーユのあることないことの妄想シーンが次々に動画生成されていく。
「それに今日は雪が降るほど寒いんだぞ?風邪でも引いたらどうする?」
「大丈夫だよ。沢山着込んで行くから!」
「んな問題じゃねぇ!…何かあってからじゃ遅いんだよ」
(ただでさえキーユは貴女のこと———。真夜中に誰もいない場所で、今のコイツらを2人だけにさせて、何も起こらないワケねぇだろ?!危険極まりないだろ!わかってんのか?この人)
フィーゼは声にならない声と表情で全力でツッコんでいた。
「何があるって言うの?」
「…はぁ、だから、その…、色々だよ」
(ったく、お嬢はまだ本当の男ってものを知らないから…。まぁ、キーユだって立場は
フィーゼはドギマギしながら心の中で呟く。
「色々って??」
「と、とにかく俺も一緒に行く、絶対!!俺は貴女の従者なんだから!」
「う、うん、分かった…」
頭に“ ? ”を浮かべつつ、シンシアは頷くのだった。
———— 一方、キーユが自室へ戻る途中、エストは慌てた様子で彼に話しかけていた。
「主、公女殿下にあんなこと仰って良かったんですか?」
「あんなことって?」
「ですから、その…、す、」
「す?…何ですか? “ す ”って…」
なかなか続きを言わないエストにとぼけたように聞き返すキーユ。
「…っ、もぅいいです。 お妃様がいらっしゃる身だというのに。どうなっても俺は知りませんからね?」
エストはため息混じりにそう言うと、ご自分が一番わかってるくせに、悪い人だと心の中で言葉を吐き捨てた。
「大丈夫ですよ。“ 友人 ” として、とちゃんとお伝えしてますから」
「はぁ…」
(大丈夫なのか?それで。相手はあの公女殿下なのでしょう?ケルティから聞いてるが、高貴なお方には珍しく、他人を疑うことを知らない純真無垢な方で、誰の言葉もそのまま鵜呑みにしてしまうような、のほほんとしたお方だとか。勘違いされていないといいのだが———)
エストは主から目を逸らしながら、シンシアのことをそっと心配してやるのだった。
それから2人はキーユの自室に到着し、エストが先に立ちドアを開けると、
「キーファン様、やっとお戻りですか?!お客様がお待ちです。早く中へ」
と、待ってましたとばかりにケルティが出迎え、キーユは半ば強引に連行される。
「客…?今日来るとは聞いてませんけど」
「シッ!聞こえてしまいますよ?」
ケルティの “ お客様 ” という一言に、あからさまに顔を渋くするキーユだったが、
「…はぁ、わかった」
(僕が公女殿下とよくご一緒しているという噂を、誰よりも耳にしているのだろう。前にもまして引っ切りなしにココへいらっしゃる)
相手がすぐに思い当たったのだろう。キーユは心の中で呟きながら諦めたように大きくため息をつくと、力なく呟いた。
「おかえりなさいませ、“ 殿下 ”」
「っ?!」
奥のリビングでソファに腰掛けていた少女は、キーユが見えた途端、パッと立ち上がり彼に駆け寄って抱きつく。彼女の名前はシャルロッテ・ラン・コルルアイユ。キーユより1学年下の、中等部3年の15歳。南の国サリンドラ王国出身の彼女は火の国の民だけが持つ淡い小麦色の肌に、炎が宿ったかのような鮮やかな赤い髪に、ガーネットのような真紅に煌めく美しい瞳を持つ。王国から帝国へと嫁いだキーユの婚約者、まだ内定段階ではあるが、帝国の皇太子妃なのだった。
「…。」
キーユはシャルロッテの積極的な姿勢に一瞬ひいてしまうが、すぐに気持ちを切り替えて、相手に応えるように彼女の腰に手を添えた。その顔には殿下と言う仮面を貼り付けていた。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません、ロッティ」
「いかがされたのですか?殿下。今日は帰りが遅かったのですね。待ちくたびれてしまいました。思わず、本日は失礼しようかと思ったくらいです」
「アハハ、すみません。今日は来られるとは聞いていなかったもので、図書館で調べ物をしておりました」
(お言葉通り帰ってくださって全く問題な———、いや、まぁいい。来てしまったのなら仕方がない)
キーユは心の中でそう言いながら、小さく息を吐いた。
「殿下はお勉強熱心なのですね。所詮従属国。ここで学べることなんてたかが知れているというのに」
「そんな言い方は失礼では?例え我が帝国の元にある従属国であっても、学ぶことはたくさんあるのですよ。長い間授業も休みがちでしたから、早く遅れを取り戻さないと」
「さすがは殿下。謙虚な姿勢も素晴らしいです。…なら、今度は是非私もご一緒させてくださいませ」
「えぇ、貴女がいてくださるなら、勉強もとてもはかどりそうです」
優しく投げかけられるキーユの言葉に嬉しそうに微笑む彼女。
「しかしながら、今日はなぜ突然?会う約束はしていなかったはずです」
「まぁ、つれないのですね。殿下にお会いしたかったからに決まっているではありませんか。それ以外にどんな理由がありましょうか?それにお言葉ですが、私たちの間柄で約束など必要でしょうか?」
「え? …あぁ、まぁ、そぅ、ですね」
(お言葉ですが約束は必要でしょう?当然。僕たちの間柄なら、特に…)
彼女の言葉に一瞬目を丸くするも、心の中でそう言いながら、苦笑いでやり過ごすキーユ。
「殿下?今夜もこちらに泊まっていっても構いませんよね?」
「へ?!」
「っ———」
彼女の言葉に、キーユと、それを遠くで聞いていたエストが固まる。
「殿下、いかがされましたか?何か問題でも?」
「いえ、問題など———」
(大アリですよ。はぁ、まったく、何で今夜かな…。折角今夜はお嬢様とゆっくり———)
心の中でそう言いながら小さく息を漏らすと、あからさまにシャルロッテから顔を逸らすキーユ。そんな彼にシャルロッテは不安そうな表情を浮かべる。
「お言葉ですがお嬢様?突然の訪問にも関わらず、お泊まりにまでなるのは———」
「ケルティ、…やめなさい」
「キーファン様…、」
助け舟を出そうとしたケルティだったが、当のキーユに阻まれてしまった。
「…折角我が妃が御足労くださったんだ。丁重におもてなししなくては。そうでしょう?ロッティ」
「…殿下。 嬉しい!」
優しく微笑むキーユに、彼女は嬉しそうに、抱きつく腕の力を強めるのだった。
「主———」
エストはそんな2人を見て、複雑そうな表情を浮かべる。
「今日は雪が降るくらい寒い。早く2人で温まるとしましょう」
「…はい、殿下」
キーユの意味ありげな言葉にシャルロッテは俯きながら頬を赤らめる。
「ケルティ、食事は後で2人分部屋に運んでください」
「か、かしこまりました」
そう言ってキーユとシャルロッテは、彼の寝室に消えていくのだった。
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