第20話ー友としてー
「あの、キーユさん、聞いてもいいですか?」
「ぇ?あぁ、はい」
急に聞かれて、キーユはたどたどしく答える。
(まさか、お嬢様から何か聞いてくださるなんて———。ついこの前まで、自分からは例え相手がフィーゼであっても何も聞けないと、10年もそばにいる彼のことさえ何も知らないと、そう話されていたところだったのに…)
キーユは心の中でそんなことを呟きながら、シンシアの変化に驚きつつも、少し嬉しく思うのだった。しかし彼女にとってはかなりの勇気を振り絞ってのことなのだろう。スカートの裾をキュッと握りながら言うその手と足は小刻みに震えていた。
「南の国、サリンドラ王国へ行ったことがあるんですか?」
「え?」
(あんな勇気を振り絞って僕に聞きたいことがソレだと?…可愛い———)
キーユは思わず心の中で漏らしてしまっていた。
「キーユ、さん?」
「ありますよ、サリンドラへ行ったこと。公務の一環ですけど。常夏と言っていいほど年中暖かくて…、いや、暖かいというか暑かったかな。さすが火の神、テルカの国だけあるな、と」
「へ〜、そうなんですか」
「食べ物も、体を冷やすための冷たいスイーツもあって」
「冷たいスイーツ??」
「アイスクリームだったり、あとは———」
「あいすくりーむっ、とは?」
「ミルクやお砂糖などを混ぜ合わせて凍らせたスイーツです。冷たくて甘くて、とっての美味しいんですよ?…あと、サリンドラといえば、海水浴をしている人がいたり、」
「海水浴??」
「暑いので、海で泳いだり、水浴びをするのです」
「海で、泳ぐ…??そっか、サリンドラ王国には海があるのですね!そっか、海って泳げるんだ。そうですよね、大きなお風呂、プールみたいなものだし…」
「フフッ、大きなお風呂か。確かにそうですね」
(また貴女はそう言って可愛らしいことを———)
キーユはポロッと出るシンシアの発言に心の中で呟く。
「っ、すみません、私、また子供みたいなこと———」
「フフッ、とても可愛らし…いえ、あとは、さっき言ってた花火、とかがありますね。夜空に色とりどりの大輪の花が咲く様は、とても美しくて素晴らしいです」
「花火…」
そんなことを言いながら、2人、並んで床に座ってゆったりと他愛無い話を繰り広げる。
「いろいろ教えてくださってありがとうございます。とっても勉強になります。…っ、勉強といえばキーユさん、なかなか授業には出られていなかったですが、ちゃんと勉強はついていけていますか?」
「…っ、」
(そんなこと、いちいち気にしてくださっていたのか)
キーユは目を丸くしながら心の中でそう呟く。
「もしよかったら、ノート、お貸ししますのでいつでもおっしゃってくださいね?」
「ぇ、そんなことしていいのですか?これは学年首位の座奪還の好機なのでは?」
「あ、アレです。古い言葉を借りるなら、て、敵に塩を送る、的な…?」
「っ、フフッ、シンシアさんは本当にお優しいのですね」
(悪く言ってしまえば、とてつもない“ お人好し ”。以前はあぁ言ってしまったが、フィーゼがこの子にあんなに過保護になるのも頷ける)
キーユはシンシアに微笑みながら、心の中でそんなことを思っていた。
「そもそもここは公国です。いくら進学試験で学年首位だったとはいえ、今まで祖国で学んでこられたことは内容も何も全く違うでしょう?そもそも国が違うから当然、言葉だって異なる。だから、少しでもお力になれたらいいなと」
(っ、あ、だからあの時、ココで辞書を引かれていたのですか?)
シンシアははっと心の中で呟く。自分で言っておいてキーユの人知れずの努力にそっと気がつくのだった。
「シンシアさん…」
(可愛い———)
キーユは彼女の優しさに、ただ心の中でそう呟いて、胸をキュンっとさせるばかりだった。
「って、すみません、ベラベラと。こんなの余計なお世話、ですよね」
俯いて黙り込んでしまうキーユに、たくさん聞いておきながらも恐縮してしまうシンシア。
「…いぇ、お心遣い感謝いたします。勉強の方は心配ありません。ちゃんとついて行けてますよ。授業に出られなかったのは…、そぅ、長らく体調不良だったのです。でももぅ大丈夫です。あの時のシンシアさんの“ おまじない ”が効いたのかも」
「ぇ?」
頭の中で言葉を選びながら話すキーユの言葉に、シンシアはそっと顔を上げた。
「あの時の手の怪我も、いまやもぅ何ともありません。実は結構酷い怪我だったんですが、痕にも残らなかった。それに、あれからなんです。体調が徐々に回復していったのは」
「…、そぅ、だったんですか。それなら良かったです」
シンシアはホッと息をついて、人知れず服の内側にある笛の辺りを手で触れる。
「きっと、風の神様がキーユさんを助けてくださったんだと思います」
「?!」
その言葉にキーユはパッとシンシアをみる。
「ぁ、もしかしたら…、の話ですよ?
ここは風の国。古くから風の神様の庇護の元にある国ですから」
「…そうですね。イェティス神の力が、僕を助けてくださったのかも知れませんね」
シンシアの言葉に、そっと頷くキーユ。
…と、その時、
【主…】
「…っ、」
「キーユさん…?」
突然頭に響くエストの声に、キーユはビクッと反応を示す。
「…シンシアさん、ちょっと失礼します」
「ぇ…」
「エストが戻って来たみたいなんですが、恥ずかしくてお嬢様の前には来られないそうで。大丈夫、すぐ戻りますから…」
「は、はぁ…」
キーユはそう言ってシンシアを残してその場を離れたのだった。
キーユはシンシアがいるところから5、6筋離れた本棚の筋に入ると、奥にはエストがいた。
「仕留められましたか?」
「…はい。跡形もなく消し炭にしました」
「フッ、なら良かった。さすが
「コチラを。先程主を狙って投げられたナイフです」
「…。」
キーユはエストからナイフを受け取る。その刀身には桜の花弁が美しく刻まれていた。
「東からの刺客、ですか?」
「はい。ご推察の通り、その桜の紋様は、東の国、ジュへラルト公国の物で間違いないかと。恐らく公国の隠密の第一部隊のものです」
「…何故そこまで?」
「花弁の数ですよ。部隊は1〜5の5つで編成されていて、それぞれ、花弁の枚数でどの部隊の所属か分かるのだとか。このナイフには花弁が一枚だけ描かれているので、第一部隊かと」
エストはナイフに刻まれた絵柄を指し示しながら説明する。
「なるほど…。しかし、真反対の西の国にまで刺客を送って来るとは、
「“ 水 ”だからですよ。神とは本来、龍 の姿をしているのだとか。龍とは水を司るモノと、古くより言い伝えられております。他のどの国の者よりも、ジュへラルトの民、水の民こそが、神の、龍の血を色濃く引いていると考えているのでしょう」
「つまり、ジェヘラルトの民こそが、神に一番近い存在であり、帝国よりも勝ると国を上げて教育されている、と言うことですか…。それはつまり、帝国に対する叛逆を意味するのでは?」
「飽くまで噂話です。だから攻め入ることも困難な厄介な国なのですよ、ジェヘラルトという国は」
ため息混じりに溢すエスト。
「その純血を気取ったヤツらが、まずは帝国の皇太子だけでも亡き者にしようと?そして行く行くは4大国総てを統べるクロノス帝国に取って代わろうとしているわけですか。…とは言っても、東西南北、多かれ少なかれ、何処もそう思っているのでしょうね。全く、帝国も舐められたものだ」
「申し訳ございません、ここまで敵の接近を許してしまうとは…」
面倒くさそうに眉間に皺を寄せるキーユに、ペコっと頭を下げるエスト。
「仕方ありません、相手も君と同じで、かくれんぼが得意な連中です。そう簡単には見つけられない。しかしながら一番悔やまれることはそこじゃないでしょう?」
「ぇ?」
「一番の問題は、無関係なお嬢様を巻き込んでしまったことです」
「っ…。」
口調の柔らかさは変わらないが、キーユの目付きは先程の穏やかなものとは打って変わって急に鋭くなったていた。唇をキッと噛み締め、その手に握るナイフがわなわな震えるほど、手には力が込められており、エストは一瞬で背筋が凍りつく。
「幸いお嬢様になかったのが唯一の救いだ。君が刺客を始末してくれたのなら安心です。もしそうでなかったなら、僕がやってるところでしたから」
「…っ、」
さりげなく恐ろしいことをぶっ込んで来る主に、思わず目を見張るエスト。
「ぁ、主がお手を汚すことがなくて良かったです」
(怖い。確かに微笑んでおられるはずなのに、目が全っ然笑ってない…。怖すぎる…)
エストはカタコトにそう言うと、冷や汗混じりに笑顔を作るのだった。
「…主、そろそろ戻ってください。公女殿下が心配なされます」
「っ、そうですね、急がないと」
エストの言葉にハッと気付いたキーユはそそくさとシンシアのいるところに足を進めようとした。
…が、
「あ、主っ!」
「っ?!」
エストの呼びかけにまた足を止める。
「何ですか?まだ言い忘れていたことでも?」
「ナイフ、お預かりします。それを持ったまま戻られると、公女殿下が余計に心配なさるでしょうから…」
「ぁ…」
キーユは驚いたように、いまだナイフを握りしめたままの自分の手を確認すると恥ずかしそうに顔を伏せながらエストに黙ってそれを託すのだった。そして、
「…じゃ」
と、そう一言残して、小走りでシンシアの元へ戻って行ったのだった。
「…意外だな。普段冷静沈着なお方が、公女殿下のこととなるとこうも取り乱されるなんて。一体公女殿下とはどれほどのお方なんだ?」
エストはキーユの普段見せない意外な姿を目の当たりにして、呆気に取られたが、その後、クスッと微笑んだのだった。
—————————
「…火の神、テルカ様、か。南の、火の国ってキーユさんがお話しくださったようにやっぱり暑いのかな?今日みたいに雪なんて降らないのかな??」
キーユがエストと話している間、シンシアは他国について書かれた旅行ガイドのような本を読んでいた。先ほどキーユから聞いたサリンドラのことを写真を見ながら目に見える形で確かめていく。
「そう言えば、いつも思うけど、火の国はアレがすっごく美味しそうなんだよな〜。キーユさんが言ってたアイスクリーム、ではないんだよな。フルーツが綺麗に盛り付けられてて、そこに色が付いたシロップもふんだんにかかってて…。…えっと何だっけ。氷を粉雪のように薄く削った、冷たくてサラサラした食べ物。確か———」
「「“ かき氷 ”」」
「…ですか?」
「っ、…キーユさん?!」
2つの声が重なり、シンシアがハッと後ろを振り向くと、そこにはキーユが笑顔で立っていた。
「何を見ていたんですか?」
「ぇっ?!…あぁ、コレ、を、」
キーユはシンシアの背中越しからテーブルに手をつき、シンシアが見せる本を一緒に見る。
「あぁ、サリンドラに関する本か。かき氷は…、あ、そう、これ!見るからに美味しそうですよね?氷をサラサラにふんわり削って作るたべもの。マンゴーやイチゴ、白玉団子、小豆を乗せたり、ミルクやシロップをかけたり———。甘くてとっても美味しいんですよね」
「…っ」
(ち、近い…)
触れるか触れないほどの所にある、シンシアより大きなキーユの手。吐息が頬に触れてしまいそうなほどの距離にある、整った美しい顔。シンシアは徐々に顔が真っ赤になる。
(どうしよう、心臓の音、うるさい…。キーユさんに聞こえてないと良いけど)
心の中で呟くシンシア。彼女の心臓は速い鼓動で高らかに鳴り響く。
それに戸惑うのは当の彼女だけではなかった。
——————————————————
「んぐっ?!」
突然の胸の異変に、シンシアの部屋でベッドメイキング中のフィーゼは胸を押さえつつ、思わずベッドに手を付いてしゃがみ込む。
「はぁ、はぁ…」
(何だ?急に熱いし、胸が苦し———。嗚呼、知ってる、この感覚。ったく、キーユが現れてからというもの、度々この感覚に襲われる。正直、)
「胸糞悪い…。はぁ、早く帰って来い…、お嬢」
フィーゼはベッドにもたれて座り込むと、腕で目元を隠しながら気怠そうにシンシアの部屋で1人、そう呟くのだった。
——————————————————
「お好きなんですか?」
「ふぇっ?!…ぁ、えっと、その、もちろんキーユさんはいつも優しくて、人としてとても尊敬しています」
「ぇ?僕、ですか??」
「ぇ?」
(…ぁ、もしかして、かき氷の話だった?!いや、それしかあり得ないか。自分のこと好きなんですか?何て誰も聞かないよな…。うわぁぁぁぁ、私、何てバカなことを…、穴があったら入りたい…)
シンシアは心の中でそう言いながら、真っ赤になってキーユから全力で目を逸らす。
「フフッ、ありがとうございます。僕も、シンシアさんはいつもお優しくて、“ 大好き ”ですよ」
「…ぇ?」
シンシアは驚いてもう一度キーユの方を振り向くと、
「…ぁ、いや、えっと、と、友達として…」
あわてて付け加えたキーユが、手持ち無沙汰に髪をいじっていた。
「…。」
(キーユさん、顔真っ赤…)
その頬はおろか、耳までもが赤に染まっていく。お互い顔を赤く染めながら目を合わせられずに、その次の言葉を全力で探す。
「…っ、ぁ、シンシアさん、今夜、お時間いただくことはできますか?」
キーユは思い出したようにシンシアの方を振り返る。
「今夜、ですか?」
「えぇ。さっき言ってた花火の話なんですが———」
キーユはブレザーの内ポケットから懐中時計を取り出し、シンシアの前に示す。
「っ、」
(だから、近いです、キーユさん…)
シンシアは戸惑いながら一緒に時計を見る。
「ほら、見て?この2つの針が、今宵、
「キーユさんは?」
「ぇ?」
「キーユさんは、観ないんですか?花火…」
「っ…、もちろん僕も時計塔へ行きます。一緒に観ましょう」
「はい!では、楽しみにしてますね…。」
2人はそう言って笑顔で別れたのだった。
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