4-2
「っ…あれ、私、どうして…?」
ハッと目を開けたシンシアは少しほうけており、目の前の景色をきょろきょろとみわたしていた。
「…フフッ、少しうつらうつらしていらっしゃったので。眠たいようでしたら、もぅお部屋に戻られますか?送って行きます」
「いぇ、大丈夫です!あれ?カフェラテが、2つ…?」
ふと手元に目を落としたシンシアは、両手にカフェラテを持っていることに戸惑いを見せる。
「さっき一緒にカフェに行った時に、フィーゼにもと、2つ買われていましたよ?」
「…っ、そう、でしたっけ?何でだろう、あまりよく覚えてないな」
(そう、なのかな?本を読もうとしてたから、片脇に本を持っていたらカフェラテは1つしか持てない。いくらフィーゼにと言っても、自分が持てないほど買うはずは…)
シンシアは意識はぼんやりとしていながら、頭の中は冷静にそんなことを思っていた。
「少し、疲れているのでは?なおさら早くお部屋に———」
「いえ、そんな、私は大丈夫です」
「でも、冷める前にフィーゼに早く届けてあげたほうが良いのでは?」
「あぁ、それもそうですね」
シンシアは頭の中の疑問を表に出すことはなく、キーユの適当な言葉を受け入れる。そんな時、
「あれ?キーユさん、手袋が———、」
「ぇ…?」
ふと目に入ったキーユの右手。彼はいつも両手に手袋をしているのだ。その白い手袋の右親指の所が赤で塗り潰されているのに気がついたシンシア。
「っ!?」
キーユは涼しい顔でスッと手を後ろへ隠す。
「まさか怪我を?でも、いつ?どこで?すみません、今まで全然気づかなくて」
「いぇ、大したことでは…。こんなの、怪我と言う程のものではありませんから」
(ったく、見せしめか?傷はいくら付けても良いから、頼むからどうか簡単には彼女に見えない所にしてくれ)
隠した手は燃え上がる程の激痛を帯びていた。それをグッと奥歯を噛み締めて必死にごまかすキーユは、心の中でそっと何かに祈った。
「見せてください、キーユさん、早く手当しないと…」
「アハハ、大丈夫ですよ。こんなの放っておけばすぐ治ります」
「何言ってるんですか?!ダメです、絶対に!」
「っ、」
普段大人しいシンシアが珍しく声を荒らげ、呆気に取られるキーユ。
「あ、ごめんなさい、大きな声出して。でもお願いです、見せてください」
「…、 」
終始シンシアに圧倒されるままにキーユは渋々右手を前に出した。
「こんなに血がっ?!」
「落ち着いてください、大丈夫ですから」
( 傷の程度はクロノスの気まぐれで決まるから何とも言えないんだよな…。親指の一本で済んで良かったと言った所か)
キーユは心の中でそっと呟く。
「…キーユさん、恐れ入りますが、私が良いと言うまで少し目を閉じていてくださいませんか?」
「はぇ?」
( あれ、この台詞、さっき僕がそっくりそのままお嬢様に言ったような…?でも、シンシアさんはさっきのことは覚えていないはず…)
シンシアの言葉に、キーユは目を丸くする。
「お願いします。すぐ終わりますから…。」
「…フフッ、おまじないでもかけてくださるのですか?」
「っ?!」
「…。」
(ぇ、 なに、その反応。まさか図星?うわぁ、言わなきゃ良かった…)
やってしまったと思わず顔をしかめるキーユに、すんっ、と黙り込むシンシア。2人の間には奇妙な空気が流れる。
「これは、その、い、痛みを取る“ おまじない ”です」
「あぁ、なるほど…。優しく、お願いしますね」
キーユは少し戯けたようにそう言うと、それ以上は何も聞かずに目を閉じた。
シンシアはその様子にホッとして、
「はい、もちろん。痛くも痒くもありません。私が保証します」
そう声をかけると、首から下げていたペンダントを、そっと制服の内側から取り出す。そのトップには、公国で唯一採れる秘宝、
「…。」
(風の神様、どうかお願いです…。この方の痛みを、傷を、全て取り除いて差し上げてください!)
シンシアは笛をキュッと握って心の中で強く願った。そして、静かに笛に息を吹き込む。
すると、
「〜♪」
綺麗な音色が優しく鳴り響く。
「…っ?!」
(何だ?この音…)
キーユは突然聞こえた優しい音に、思わず目を開けてしまいそうになる衝動をグッと堪える。
すると音に導かれるかのように、何処からか風が吹き、キーユの手を優しく包むのだった。
「…。」
( 暖かい…。これは、“カゼ ” ?? )
キーユは心の中でそう言いながら、違和感を覚える手に、シンシアには気付かれない程度に微かに目を開く。 あんなに燃え上がるほどの激痛が、風に吹き消されて行くかのように、瞬く間に消え失せて行く…。
「…」
(癒しの風…。けどこれは、図書館で彼女が施してくださったような、一般に使われる魔法での力をも遥かに凌ぐもの。ただの魔法ではこんなにも迅速に、完璧に、こんな激痛は消せはしない。まさかこれは風の神、イェティスの力か?まさか、お嬢様が??…へぇ、よくあの堅物を
キーユは今怒っている不思議な現象を、戸惑いながらも冷静に、頭の中で分析するのだった。
少しして、風は治まり、笛の光も音も消えていた。
「キーユさん、…キーユさん?もぅ目を開けても大丈夫ですよ?」
「…。」
シンシアがトントンっと彼の肩を叩き、キーユはゆっくり目を開けた。
「…いかがですか?手、まだ痛みますか?血は止まったと思うんですが…」
「いぇ、もぅ大丈夫です。シンシアさん、すみません一つ聞くんですが、コレ、は?」
ふと手を見ると、赤く染まった親指に手袋の上からハンカチが巻かれていた。
「おまじないを込めました。痛くなくなったら外してください。すみません、不恰好で。部屋に戻られたらケルティさんに巻き直してもらってください」
「っ、ありがとうございます」
(手袋がここだけ赤いと、他人が見たら気にする。だから、目隠しにとハンカチを?…フッ、本当に貴女という人は)
「本当にお優しいのですね。」
「え…?」
キーユの心の声が、ポツリと外に漏れ出していた。
「あ、いぇ、なんでもありません。そう言えば、目を閉じている時、優しい笛の音が聞こえた気がしたのですが、それですか?」
「え?…ぁ、」
キーユはしまい忘れていたのであろう、シンシアの胸元で揺れる氷翠石の笛を指差す。
「いぇ、コレは鳴らないので…」
「鳴らない?」
「はい。笛の形をしていますが、この通り———」
シンシアが試しに笛に息を吹き込んでみると、
プス———、
っと、ただ息が抜ける音しかしない。
「…ね?石でできてるからか、鳴らないんです」
「そう、ですか…」
(なら、さっき聞こえた美しい音色は何だったんだ?)
キーユはただただ首をかしげる。
「だからきっと、キーユさんが聞こえたのは、鳥の
「…鳥の囀り。 あぁ、なるほど、では、そうかも知れませんね。とても優しい、心地良い音が聞こえたのですが、シンシアさんも聞こえましたか?」
「さ、さぁ、どうだったでしょう…。私はハンカチを巻くのに夢中だったから、よく聞いてませんでした…」
シンシアは誤魔化したくて若干早口になりながらも必死に言葉を紡ぎながら、キーユから目を逸らしていた。そんな彼女を見て、
「…。」
(フフッ、嘘が下手な人…。嘘をつかれるのもそうだが、つくのはもっと苦手な人)
キーユは微笑むながら心の中でそう思った。
「やっぱり貴女は、誰よりもお優しい…」
そんな言葉がキーユの口からポツリとこぼれ落ちていた。
「何かおっしゃいましたか?」
「いいえ、きっと鳥の囀りでしょう」
「…?」
キーユは戯けながら答えてフワッと微笑む。
「…さて、そろそろ部屋へ戻りましょうか。風が冷たくなってきました」
「そうですね。そろそろ戻りましょう」
そう言って、2人は部屋へ戻って行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます