3-5

「失礼ながらお嬢様は我が主とどう言ったご関係なのでしょうか?」


「どう言った?…って、と、友達、です」


ほどの、ですか?」


「おいっ!」


「つ、連れ込むだなんて、そんな…、」


 ケルティの言葉にフィーゼは声を上げ、シンシアは言い淀む。


「はぁ、いい加減口を謹んでいただきたい。このお方はこの国の———」


殿、なのでしょう?そんなこと存じ上げておりますとも」


 いたたまれず口を出すフィーゼだったが、ケルティに遮られてしまう。

 

「そんな高貴なお方が、部屋に男を連れ込んで、破廉恥だとは思わないのですか?知らなかったとはいえ、相手は帝国の皇子殿下だったのですよ?」


「っ、」


「いい加減にしろ!」


「それとも、公女殿下なら何をしても誰も文句は言えないと?」


「黙れっ!!さっきから聞いてりゃ無礼にも程がある!帝国の皇族だからって調子に乗りやがって。ウチの主だって、このクリミナード公国の公女殿下、なんだぞ?!」


 とうとうフィーゼは我慢できなくなり、主の代わりに声を荒らげた。


「ひ、姫君だなんて、やめて、フィーゼ!」


(ちょっ、恥ずかしいでしょうか!普段絶対そんなこと言わないクセに…)


「っ、」


 慌ててフィーゼを制するシンシアだったが、フィーゼから飛び出した聞き慣れない言葉に、心の中でそう言いながら顔を真っ赤に染めていた。


「全く、よく吼えるだこと」


「んだと?!なんなら噛みついてやってもいいんだが?」


「オマケに口も悪いと来た。どんな教育をされていらっしゃるのやら」


「っ、」


 ケルティの言葉にシンシアは肩をすくめる。


「それならお前こそ。上の者への口の利き方を、主に、帝国の皇子殿下に教わらなかったのか?それとも、帝国人というだけで従者でも許されるとでもいうのか?」


「フィーゼ!もぅやめなさい。…申し訳ございません。我が従者の数々の非礼、深くお詫び致します」


「お嬢…、」


 主を侮辱され、怒りが頂点に達しようとしているフィーゼを懸命に止めるシンシア。


、」


「?」


「彼を、我が従者を悪く言うことだけはおやめください」


 そう真っ直ぐ冷静に返すシンシア。


「っ、」


 その一言に、フィーゼの心はじんわりと暖かいものが広がっていく。


「私のことはいくらなじっていただいても構いません。それだけの事をしたのですから、当然のことです。けど、貴方の主を私のお部屋へご招待したのは、私が勝手にしたこと。我が従者に何の非もありません。ですから———」


「…っ」


 ケルティは怪訝そうな顔でシンシアから目を逸らして押し黙った。


「申し訳ございませんでした。貴女の大切な主様を、私は———。それだけのことを言われるのは、主のことをとても大切にされていることの裏返し、なのでしょう?貴女は主のことが大好きなんですね」


「は?」


(この人何言って…??)


 予想外の言葉が出てきてケルティは少し頬を赤らめながら戸惑う。


「それなのに…、この通りです、どうかお許しください」


 シンシアは深々と頭を下げる。


「お嬢っ!」


「お分かりいただけたのならなによりです。それでは、金輪際、我が主とは関わらないでいただけますね?」


「っ、…それは———、」


 答えに迷うシンシア。


「おいおい、お前の主を部屋まで運んでもらっといて何だ?その言い草は。帝国のヤツらは俺たち公国人よりも礼儀というものを知らないのか?!」


「っ…」


 フィーゼの言葉に、押し黙るケルティ。


「フィーゼ…。


 …っ、そう言えば皇子殿下が召し上がったワインには、その…、毒が、入っていたんですよね?」


「っ…、」


 シンシアの言葉に、ケルティは “ あっ ” と何か気まずそうに、少し間を開けてから、


「フッ、まさか、そんなお話を間に受けたのですか?

 公女殿下は意外と初心うぶでいらっしゃるのですね」


 そう言葉を紡いだのだった。


「え?」


「っ?」


 突然のケルティの切り返しにシンシアとフィーゼは目を丸くする。


「毒なんてほんの冗談ですよ。どこぞの歴史小説でもあるまいし」


(…キーファン様ならきっと、こう答えるはず。きっとあの方のことだ。公女殿下には下手に心配をかけないようにするはず)


 ケルティは心の中でそう言いながら、仮面舞踏会でのミスを、ここで取り返そうとしていた。



「ぇ、毒ではなかったのですか?…では、キーユさんは———、」


 と言うシンシアの言葉に、


「「 ただ少しだけです 」」


 ケルティともう1人、他の声と一緒に答えが返ってきた。


「ぇ…?」


「っ?!」 


「あ、主っ!?」


 そのもう1人とは、その出来事の張本人、キーユだった。


 ケルティは慌ててパッと席を立って主に一礼すると、


「こちらへ…」


 主に肩を貸しながら、先ほど自分がいた席に主を導いた。


「恐れ多くも公女殿下の御前に腰掛けるとは、随分と良いご身分になったものですね、ケルティ」


「っ、申し訳ございません、キーファン様…」


 先程とは打って変わって罰が悪そうに縮こまるケルティ。


「あ、違うんです、私が掛けてくださいと言ったんです!ですから、その人は悪くはありません」


「ぇ、公女殿下…?」


(なんで、そんなこと、)


 ケルティは心の中で呟きながら、咄嗟に自分を庇ってくれたシンシアに

 また驚かされる。


「っ、すぐ、主のお茶を持って参ります」


 ケルティは気まずさから逃げるように奥へと消えていった。


「…。」


「…。」


 突然の沈黙に俯いたり、目を逸らし合う2人。


 そんな中、

 シンシアはキーユの顔を盗み見ていた。


「…。」


(さっきの仮面姿も素敵だったけど、素顔の方がやっぱり——)


「…綺麗。


 ぁ———、」


「?

 …何が、ですか?」


 シンシアは思わず心の声が漏れていた。


「す、すみません。殿のお顔が、とてもお美しくて…」


「…っ。」


 そんなシンシアをキーユは可愛らしく思いながら、


「フフッ、シンシアさんは本当に、何も変わっておられませんね」


 そう笑って答えるのだった。


「ぇ、変わってない、とは?」


「ぁ、いや、何でもありません」


 彼の言葉に首をかしげるシンシアに、キーユはただ微笑むのだった。


「まだ寝てなくても大丈夫なのですか? 殿


「はい、もぅ十分休めましたから。ですね、フィーゼが心配してくれるなんて」


 さりげなく殿下呼びするフィーゼに、淡々と答えるキーユ。


「ハッ。意外、ね…。それだけの口を叩けるなら、もう心配ないですね」


 ポツリと漏らしたフィーゼの言葉に、キーユはいつもの笑顔を返したのだった。



 ———その頃、奥のキッチンでは…、


「ったく、何が、よ。

 私が余計なこと言わないように心配で出てきたくせに…」


 シンシアとキーユの会話に

 ケルティが聞き耳を立てていた。


「お前が余計なことを口走ったら主の面目は丸潰れだからな。でも、まさかお前が、主と同じことを口走るとは。…毒のこと、咄嗟に誤魔化したのは、良い判断だったと思うぞ」


「エスト…」


 そこにはもう1人、男性の従者、エストがいた。彼は火の国、南の王国、サリンドラ王国出身で炎のように紅い瞳に、肌は日焼けした小麦色で、瞳の色によく似た、赤みがかったベリーショートの髪、キーユよりも体格が良い、彼の影のボディガードだ。フィーゼのように常に主の隣りに控えるのではなく、見えない所から彼を見守っている。

 

 今回はケルティがいるからと、舞踏会までは同行していなかったようだ。


「代わりに毒を飲んでお嬢様を救った、なんて説明した所で、キーファン様はきっと喜ばないもの。そんなこと聞いたら、公女殿下はさらに罪悪感にさいなまれ、キーファン様はその姿に心を痛められる。私だってそんな主の姿は見たくない」


「…ケルティ」


 ケルティはシンシアに真実が伝えられないもどかしさに、顔を背けた。


「俺たちは飽くまで従者だ。“ 公女殿下を護りたい ”それが主の望みなら、俺たちはそれを叶えるべく動くだけ。だろ?」


「だとしても、心配くらいさせてほしい」 


「ま、そうだな…」


 2人はそう話ながら、厄介な主に苦笑したのだった。



———応接室ではシンシアとキーユが談笑していた。


殿が大丈夫なら、良かったです。お酒、弱いならわざわざ飲まなくても…」


「…っ」


 シンシアが “ 殿下 ”と口にする度に、キーユの表情は曇っていく。


「はぁ、さっきケルティ…、我が従者から何処まで聞きましたか?」 


「ぇ…?」


「貴女の口から“ 殿下 ”だなんて…」


「あぁ、貴方様がクロノス帝国の第一皇子様だと言うことを」


「っ?!」


 “ 第一皇子 ” の言葉も、同様だった。


「ったく、私がいない所で、余計なことばかり話したのですね」


「…。」


「っ? な、何か…?」


 ふと気付くとシンシアが意外そうな顔をしていた。


「…いえ、普段って仰ってるから。皇子様の時は、一人称はなんだなと思って」


「へ?」


「フフッ」


 シンシアの突っ込みにフィーゼが思わず吹き出すと、キーユはパッと彼を見やる。


「おっと失礼」


 そう答えるフィーゼに、何も言わずシンシアに向き直るキーユ。


「…申し訳ございません。時々、ふと出てしまうんです。帝国ではと言っていたもので」


「そうでしたか」


 そう照れ臭そうに言ったキーユの頬は少し赤らんでおり、シンシアはそれを可愛らしく思うのだった。


 …と、そこに、


「お茶をお持ち致しました。お嬢様の分は冷めてしまいましたので、ここで入れ替えさせていただきます」


 ケルティがティーセットを持って来た。


「あ、ありがとうございます。」


 丁寧な手つきで2人のお茶を用意するケルティ。


「でも、何度も聞いてしまってすみませんが、本当に、お酒に酔っただけなのですよね?もぅ、大丈夫なのですよね?あれは、“ 毒 ” じゃなかったんですよね?」


「毒———、フフッ、はい、わたし…、いや、僕はもぅ大丈夫です。ご心配をお掛けして、申し訳ございませんでした」


「…っ、良かった、本当に、良かったです。何ともなくて」


 そう言ったシンシアは若干声が震え、その目尻には涙が溜まっていた。


「っ?」


(…なぜ、こんなことで泣く?)


 それをキーユは不思議そうに見ていた。


「これでやっと部屋に帰れます。長居して申し訳ございませんでした」


「いえ、こちらこそ、わざわざ部屋まで来ていただいて…。お話できて、とても楽しかったです」


「…では、また」


「はい。また…」


 それからシンシアはフィーゼに連れられて部屋へ帰って行ったのだった。



 ——————————————


 ——ドサッ


「キーファン様っ?!」


 シンシアが部屋を去ったのを見送った途端、キーユはその場に崩れ落ち、ケルティは慌てて抱き起こす。


「はぁ、はぁ…」


 キーユの額や首筋にはじわじわと汗が滲んでいる。


「キーファン様、やはりまだ寝ていなければ…。貴方は本当は酔っ払ったわけではないのですから」


「ハハッ、良かった。君の薬が、お嬢様たちが帰られるまでもってくれて」


「…キーファン様」


 それからキーユは、ケルティとエストに支えられながら寝室に戻ったのだった。


 ——————————————


 ——シンシアの部屋


「さ、もぅ休め、お嬢。すぐに着替え用意すっから」


「うん、ありがとう、フィーゼ…」


 それからシンシアは着替えてベッドにダイブしたのだった。


「ねぇ、フィーゼ?キーユさんってきっと、優しいを通り越して、お人好しなんだろうね…。フフッ、まるで———」


「まるでフィーゼみた〜い、ってか?」


「違うよ」


「違うんかーい! 」


 即座に突っ込まれ、アタ〜っと額に手を当てるフィーゼ。


「…じゃあ誰だよ?」


「誰、だろう?」


「はぁ??」


 フィーゼはシンシアの予想外の切り返しに目をパチクリさせる。


「私、心の底で一体誰を思い出したんだろう⁇」


「…。」


 俯くシンシア。フィーゼはベッド脇に腰掛けた。


「…思い出せないなら、無理に思い出さなくていい。きっと、思い出したくない記憶なんだ。だから——」


「うん、そうだね、ありがとう。だから、そんな顔しないで…?」


「ぇ、」


 ふとシンシアが見たフィーゼの顔は、彼自身気づかないほど、とても切なそうな表情だった。


「っ、今日は色々あって疲れたろ?もぅゆっくり休め」


「…うん、ありがとう。おやすみ、フィーゼ」


「あぁ、おやすみ…」


 フィーゼはそのままシンシアの顔を見ずにそっと部屋を後にしたのだった。


 ————————————————


 フィーゼが出て行き、静かになったシンシアの部屋。


「…。」


(フィーゼは私が昔のことを思い出すのを酷く嫌がる。昔の話をしようとすると、途端に不安そうな顔をする。もしフィーゼより前に、本当に私に従者がいたんだとして、例えその人を思い出したとしても、私は従者を変える気なんて、さらさらないのにな…)


 ボーッと天井を見つめながら、先ほどのフィーゼのことを考えながら、そんなことを思うシンシア。


 不意にシンシアの耳に、


【お嬢様…。】


「…っ⁉︎」


 幼い自分を呼ぶ優しい声が、聞こえたような気がした。


「…誰、なんだろう。あの優しい声は…」


 その懐かしい声に包まれるように、シンシアは眠りにつくのだった。

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