第13話ーアイツの従者ー
「…ここが、キーユさんのお部屋??」
舞踏会の会場からキーユの部屋を訪れたシンシアとフィーぜは、思わず面食らってしまった。いくら学生寮といえど、彼の部屋は他の部屋とは一味も二味も違ったのだ。その棟には彼以外誰も住んでおらず、部屋の中に置かれた調度品や家具の数々全てが絢爛豪華で、シンシアたちは思わず、どう言うこと?と目を奪われる。
爵位がないとか言っておきながら、まるでVIP、下手をすれば王族や国賓級扱いのキーユ。
シンシアとて王族、貴族の中では最高位の公爵だが、それと同等、いや、もはやそれ以上にも思える。
学園の異様なまでの高待遇に公女は戸惑う。
「お嬢様はこちらの応接室にてお待ちくださいませ」
ケルティに通された部屋にあった、ふかふかのソファの端っこに、は、はい…と言いながらシンシアはちょこんと座る。
頭上には煌びやかで大きなシャンデリアが光り輝く。
「従者の
「あぁ…」
キーユをおぶっているフィーゼは、言われるままにケルティについて行った。
———キーユの寝室
「そこのベッドにお願いします」
「了〜解っ」
フィーゼは促されるまま、キーユをベッドに降ろした。
グッタリと目を閉じてなされるがままのその人のジャケットを脱がせ、ネクタイや服のボタンなど外して楽な状態にさせてやると、そっと仮面を剥がす。
「…。」
(やっぱり、キーユだ…)
フィーゼは一つ息を呑んだ。お嬢のやつよくわかったなと、静かに感心する。ここまで少し疑っていたところがあったのだが、仮面の下にあった顔は確かにキーユだった。そんな彼の顔を見てあれ?と、顔をしかめる。
彼の左眼に大きな傷を見つけたのだ。いつもは前髪で隠れているので、こうマジマジと見るのは初めてだった。
(何かでっけぇ獣の爪に引っかかれた痕みたいな…。チクショウ、暗くてよく見えん)
真っ暗な中にケルティが持つ燭台の蝋燭一本の灯りだけが照らすだけの部屋。ゆらゆらと明暗揺らぐ中フィーゼは心の中でそう言いながら、やはり目が離せなくなりじっとそこを見つめる。
「主の顔に何か?」
「え?!ぁ、いや、別に。まだ少し苦しそうだな、と。汗が引かないし、呼吸も乱れてる」
ケルティにツッコまれ、慌ててキーユから顔を背けるフィーゼ。
「時期薬が効いてきます。そうすればもぅ大丈夫かと」
「助かるんでしょうね?」
その言葉に、はぃ?と眉をしかめる彼女に、
「ぁ、勘違いしないでくださいね。我が主と親しくしていただいているので」
と慌てて付け加える。
「お嬢様が悲しまれる顔は見たくない、ですか?なんと健気な従者さんだこと」
「っ…ハハハ、少し黙ってもらえますかね?」
フィーゼは引きつった笑みで答えると、嗚呼そうだ、コイツはキーユの従者だった。主に似て口の減らねぇ野郎だな…と心の中で吐き捨てた。
「助かるに決まってます。私が調合した薬なんですから」
ぐだくだ抜かすなと言いたいようにボソッと口にする彼女。
「フッ、えらい自信ですね。自分で調合って、薬学にでも精通されてるんですか?」
「ここに来る前は宮廷薬師をしておりましたから」
「…宮廷、薬師、」
フィーゼは意外そうに目を丸めた。
「困るんですよ、こんな所で死なれては。私まで責任とって死ななきゃいけなくなる。そんなのごめんです。私にはまだまだやり残したことが沢山あるんですから」
「っ…、痛く不謹慎ですね。気を失ってるとは言え、仮にも主の御前ですよ?」
若干引き気味のフィーゼに、
「平気です。どうせこの状態では聞こえていませんから」
と鼻で笑うケルティなのであった。
「…アハハハ、そう、ですか」
———嗚呼、やっぱ主共々嫌いだわ、コイツら…
と、フィーゼは貼り付けた笑顔で、心の奥底でそう思ったのだった。
♢
———シンシアが待つ応接室
暫くしてフィーゼがキーユの部屋から戻ってきた。
「フィーゼ、あの人は…??」
少女は開口一番にそう言葉を発した。
「大丈夫、そのまま眠ってる。お嬢が飲ませた薬が効いてきたのかも。それにアイツ、お嬢が言ってた通り、キーユだったよ」
「やっぱり…。ちょっと見て来ても———」
まだ不安そうなシンシアの顔を見て、はぁ。と一つ息をつくと、ちょっと待ってろと言って、ケルティにも許可を取り、キーユの部屋へシンシアを連れて行ってやったのだった。
しばらくしてやっと安心できたのか、シンシアはそっとキーユの部屋を出て、応接室へ戻った。
「…どうぞ座ってください、お茶をどうぞ」
先ほどの執事服の女性、ケルティがワゴンにティーセットを乗せて奥から現れた。
「お気遣いありがとうございます。ぁ、あなたも座ってください」
「っ…、お嬢様、私は従者の身ですので…。ほら、見てください。お嬢様の従者さんも
「…。」
言われるがままにシンシアは後ろを振り返ると、こういう時だけはちゃんと立場を
「では、これは上官からの命令、と言ったことにしましょう」
予想外の言葉に、は?と、目を丸くするケルティ。
それを見てフィーゼはフッと口元を手で少し隠しながら小さく笑った。
「か、かしこまりました。命令、では仕方ありませんね。手前、失礼いたします」
そう言ってケルティはペースを崩されながらもシンシアの手前に座る。
「…。」
それから少しの沈黙の末、気まずくて辺りを見渡す公女。あまりの部屋の豪華さに落ち着かないのもあって、いつも以上にそわそわとしていた。
「そんなに物珍しいですか?お嬢様のお部屋もよく似たものでは?…あぁ、男の部屋だということで、意識されてるとか?」
「ち、違いますっ!ぁ、いや、まぁ違わなくもないですけど…。私の部屋は、こんなにも絢爛豪華ではないから———」
「あらあら、この国の公爵家のご令嬢ともあろうお方がご謙遜ですか?」
フッと不敵な笑みを浮かべるケルティ。
「い、いくら公爵と言っても、これほどまでは…」
と、半ば押されがちなシンシアに、
「勘違いされないでいただきたい。我が主はご謙遜なさっているだけです。貴女とは違って、誰より器が大きいお方ですので」
「ちょっ、フィーゼ!」
さりげなくフィーゼが助け舟を出してやるのだった。
「左様ですか。それは失礼致しました」
「いえ、とんでもないです(?)」
スッと引き下がるケルティに、貼り付けた笑顔でぎこちなく返事をするシンシア。
何だろうこの人、さっきから言ってることがなんか
そして、ここにフィーゼがいてくれて本当に良かった…と、ホッと胸を撫で下ろすのだった。
それからシンシアはそっとお茶を口に運ぶ。チラッとフィーゼを振り返ると、涼しい顔でドヤ顔だった。
「す、すみません!勉強不足なもので教えていただきたいのですが、そちらの主様の、その、“ ヘウン ”というお名前は、この国であまり耳にしたことがなく…。失礼ながらどこの貴族の出なのでしょうか?キーユさん、…あなたの主様は、伺ったところ、爵位はお持ちでないと仰っていたもので」
他人と、しかも初対面の人間とは特に話し慣れていないシンシアは恐る恐るケルティに質問する。
「えぇ、我が主は爵位はお持ちではありません」
と、淡々と答えるケルティ。その言葉にシンシアは目を丸くした。
「ぇ、じゃあこのお部屋のありさまは…??」
「持っていないとは言っても、この国の、ですが」
とケルティは付け加える。
「と、言いますと…?」
従者の意味深な物言いにシンシアは上目遣い聞き返す。
「私たちは、帝国から来ましたので」
「おぃ!」
フィーゼはケルティの軽々しい発言に焦ったように声を上げる。
ちょっと待てぃ!そんな簡単にバラしていいのか?と。キーユは特にシンシアに帝国人であることをバレるのを嫌がってたはずじゃ———と、内心気が気ではない様子だ。
当のシンシアは、テイ、コク…?とゆっくりと口にしながらも思わず耳を疑っている。
「へぇ、キーユさんは帝国の方、なんですか…」
そうかそれなら合点がいく、と時間が経つごとに少しずつ衝撃の事実を受け入れていくシンシア。そうか、帝国人だったんだ…。どおりで珍しい名前だとは思ってたけど…と思いながら、一つ息をついた。
「我が主の真の名は、
キーファン・ヘウン・クロノス様です」
「ぇ、」
「何?!」
ケルティの言葉に、シンシアはおろかフィーゼまでも声を漏らした。
「クロノス、って———」
(“ 時の国 ” クロノス帝国の “ 皇族 ” の姓)
シンシアは心の中でそっと呟く。
この世界は、1つの帝国の元に、4大元素、地、水、火、風、それぞれの神の庇護のもと、東西南北4つの王国、公国で成り立っている。
地の国、北を治めるモントレー王国
水の国、東を治めるジュへラルト公国
火の国、南を治めるサリンドラ王国
風の国、西を治めるクリミナード公国
そしてその4つの国に囲まれ、それを束ねる中心にあるのが、“ 時の国 ”と呼ばれるクロノス帝国だ。この国は、他の四大元素のいずれにも属さない、5番目の力、時の力を司る神、クロノスの庇護を受けている。帝国は世界の頂点に君臨しており、他の4つはその従属国という位置付けだ。それだけ、“ 時 ”の力というものは、他のそれよりも計り知れない偉大な力とされている。
そんな大国の皇族。その事実に、シンシアとフィーゼは言葉をなくす。
次々に剥がされていくキーユのベール。その中を覗き見る度に、シンシアは恐れ多さからかだんだんと冷や汗が滲み出る。
「お気付きの通り、我が主は時の神、クロノスの庇護を受けたクロノス帝国の第一皇子様です」
ケルティが明かしていく事実に
「だ、第一皇子様だとっ?!」
思わず声を上げたのはフィーゼだった。帝国の皇族事情はあまり他の国には明かされないので、もちろんその名前も公開されてはいなかった。
「はい、以後お見知り置きを」
と淡々とした口調でケルティは付け加えた。
「…。」
だからあの時、あんなにイキリ散らしていたフォード卿が急に大人しくなったんだと、シンシアは、舞踏会でキーユが助けに入ってくれた当時のことを思い返していた。
2人にしか聞こえないやり取りの中で、皇子殿下は何かをフォード卿に見せ付けていたようだった。
そうか、あれはきっと彼が帝国皇族の証である勲章か何かだったのか———と、シンシアは静かに想像した。
そりゃ、逆らえるはずがない。4つの大国は、帝国の支配下にあるも同然なのだから。そんな国の伯爵風情が、彼と口が利けるだけでも信じがたいほどなのだ。
それでこんな国賓級の待遇なんだ…。そりゃ、“ 時の国 ”、帝国相手じゃ、ね。これでも足りないくらいかと思いながら、やっと全てに納得できた様子だった。
「お嬢様、これだけはご承知おきください。主がクロノス帝国第一皇子であることは、くれぐれもご内密に」
ケルティは口の前で人差し指を立てた。
「っ、は、はい、もちろんでです!」
冷や汗混じりに小刻みに頷いた。
帝国に喧嘩売るような勇気なんて何処にもないと、シンシアは苦笑いだ。
「まぁいくらお忍びといえど、学園側には伝えておかなければならないので、そこは仕方ないことですが。…そして、これも」
シンシアはん?と首をかしげる。
「決して主と深く関わろうとはなさらないでください」
「っ、」
ケルティの言葉に、シンシアは一瞬動きを止める。
「主は人が良過ぎるのが玉に
「私を、助けてくださったことですか?」
「はい。我が主は、困った方を見過ごせない性分なのです。ですから、決して勘違いはなさらないでくださいね」
「勘違———、わ、わかってます。皇子殿下なら、私でなくてもそうされたことくらい」
そんなこと、わざわざ言われなくても自分が一番よくわかっていると、シンシアは困ったように微笑む。
本当にわかっておいでですか?と疑っているような言い方のケルティに、
「何が仰りたいのですか?」
と、フィーゼがくってかかる。そんな彼を、
「フィーゼ、」
「っ、」
シンシアはそっと制するのだった。
「先程のお嬢様の行為、あれはいかがなものかと。一国の公爵家の御令嬢ともあろうお方が、男に口移しで薬を飲ませるなど、言語道断です!」
「…っ?!」
改めて言われて、顔から火が出るほど赤るシンシア。そんなウブな反応を見せる少女に、
「まるでお嬢様が我が主に好意があるかのようにお見受けしましたが?」
とトゲトゲしく言いよるケルティ。
驚いて、ふぇ?!と言葉にならない声が漏れる主に変わって
「テメェ何言って———?!」
と思わず口が出そうになったフィーゼを、
「フィーゼ、やめて」
「っ、」
シンシアが慌ててまた止めに入るのだった。
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