3-4

「…ここが、キーユさんのお部屋??」


 キーユの部屋を訪れたシンシアとフィーぜは、思わず目を疑った。いくら学生寮といえど、彼の部屋は一味も二味も違ったのだ。その棟には彼以外誰も住んでおらず、部屋の中に置かれた調度品や家具など全てが絢爛豪華な物ばかりでシンシアたちは思わず目を奪われる。


「…。」


(どう言うこと?キーユさん、爵位がないとか言っておきながら、まるでVIP、王族や国賓級の扱いじゃない…?!私も、一応貴族の中では最上位の公爵だけど、扱いが同じ、いや、それ以上な気が…)


 学園の異様なまでの高待遇に戸惑うシンシア。


「お嬢様はこちらの応接室にてお待ちくださいませ」


「は、はい…」


 ケルティに通された部屋にあったふかふかのソファの端っこに、ちょこんと座るシンシア。頭上には煌びやかで大きなシャンデリアが輝く。


「従者のかたは、私と一緒に主のお部屋へ」 


「あぁ…」


キーユをおぶっているフィーゼは、言われるままにケルティについて行った。



———キーユの部屋


「そこのベッドにお願いします」


「了〜解っ」


 フィーゼは促されるまま、キーユをベッドに寝かしつけた。


 ジャケットを脱がせ、ネクタイや服のボタンなどを外して楽な状態にさせてやると、そっと仮面を剥がす。


「…。」


(やっぱり、キーユだ…。お嬢のやつよくわかったな)


 ここまで少し疑っていた所があったフィーゼだったが、その人は確かにキーユだった。


「…?」


(あれ?左眼、大きな傷がある…。何かでっけぇ獣の爪に引っかかれた痕みたいな…。チクショウ、暗くてよく見えん)


 心の中でそう言いながら、改めて見たキーユの左眼に違和感を覚えるフィーゼ。


「主の顔に何か?」


「いや、別に、まだ少し苦しそうだな、と。汗が引かないし、呼吸も乱れてる」


 ケルティにツッコまれ、慌ててキーユから顔を背けるフィーゼ。


「時期に薬が効いてきます。そうすればもう大丈夫かと」


「助かるんでしょうね?」


「はい?」


「ぁ、勘違いしないでくださいね。我が主と親しくしていただいているので」


「お嬢様が悲しまれる顔は見たくない、ですか?なんと健気な従者さんだこと」


「っ…ハハハ、少し黙ってもらえますかね?」


(あ〜そうだ、コイツ、キーユの従者だったんだ。主に似て口の減らねぇ野郎だな…)


 フィーゼは引きつった笑みで答える。


「助かるに決まってます。私が調合した薬なんですから」


「フッ、えらい自信ですね。自分で調合って、薬学にでも精通されてるんですか?」


「ここに来る前はをしておりましたから」


「…宮廷薬師、」


「困るんですよ、こんな所で死なれては。私まで責任とって死ななきゃならなくなる。そんなのごめんです。私にはまだまだやり残したことが沢山あるんですから」


「っ…、痛く不謹慎ですね。気を失ってると言っても仮にも主の御前ですよ?」


「平気です。どうせこの状態では聞こえていませんから」


「…アハハハ、そう、ですか。」


(嗚呼、やっぱり主共々嫌いだわ。コイツら…)


 フィーゼは貼り付けた笑顔で、心の奥底でそう思ったのだった。




———応接室


 暫くしてフィーゼがキーユの部屋から戻ってきた。


「フィーゼ、は…??」


 シンシアは開口一番に彼にそう聞いた。


「大丈夫、そのまま眠ってる。お嬢が飲ませた薬が効いてきたのかも。それにアイツ、お嬢が言ってた通り、だったよ。」


「そう、やっぱり…。ちょっと見てきても———」


 まだ不安そうなシンシアの顔を見て、


「…はぁ、ちょっと待ってろ」


 フィーゼはケルティにも許可を取り、キーユの部屋へシンシアを連れて行ってやったのだった。しばらくしてやっと安心できたのか、シンシアはそっとキーユの部屋を出て、応接室へ戻った。


「…どうぞ座ってください、お茶をどうぞ」


 先ほどの執事服の女性、ケルティがワゴンにティーセットを乗せて奥から現れた。


「お気遣いありがとうございます。ぁ、貴女も座ってください」


「っ…、お嬢様、私は従者の身ですので…。ほら、見てください。お嬢様の従者さんもあなたの後ろに立っておられます」


「…。」


 言われるがままにシンシアは後ろを振り返ると、こう言う時だけは立場をちゃんとわきまえ、後ろに控えるフィーゼがいた。


「では、これは、と言ったことにしましょう」


「は?」


「フッ」


 予想外のシンシアの言葉に目を丸くするケルティ。それを見てフィーゼは口元を手で少し隠しがら小さく笑った。


「か、かしこまりました。、では仕方ありませんね。手前、失礼いたします」


 そう言って、ケルティはシンシアの手前に座る。


「…。」


 あまりの部屋の豪華さに落ち着かないのか、そわそわと周りに視線を散らすシンシア。


「そんなに物珍しいですか?お嬢様のお部屋もよく似たものでは?…あぁ、男の部屋だと言うことで、意識されてるとか?」


「ち、違いますっ!ぁ、いや、まぁ違わなくもないですけど…。私の部屋は、こんなにも絢爛豪華ではないから———」


「あらあら、この国の公爵家のご令嬢ともあろうお方がご謙遜ですか?」


「っ、い、いくら公爵と言っても、これほどまでは…」


 と、半ば押されがちなシンシアに、


「勘違いなさらないでいただきたい。我が主はご謙遜なさっているだけです。、器量が大きいお方ですので」


「ちょっ、フィーゼ!」


 さりげなくフィーゼが助け舟を出してやる。


「左様ですか。それは失礼致しました」


「いえ、とんでもないです(?)」


(何だろうこの人、さっきから言ってることがなんかかんさわるな…。でも良かった、フィーゼがいてくれて…)


 シンシアは貼り付けた笑顔で答えながら心の中でそう言うと、そっとお茶を口に運ぶ。チラッとフィーゼを振り返ると、彼は涼しい顔でドヤ顔だ。


「すみません、勉強不足なもので、教えていただきたいのですが、そちらの主様の、その、“ ヘウン ”と言うお名前は、この国であまり耳にしたことがなく…。どの貴族の出なのでしょうか?キーユさん、貴女の主様は、伺ったところ、爵位はお持ちでないと仰っていたものですから。」


 他人と、しかも初対面の人と話し慣れていないシンシアは恐る恐るケルティに質問する。


「えぇ、我が主は爵位はお持ちではありません」


 と、淡々と答えるケルティ。その言葉にシンシアは目を丸くした。


「ぇ、じゃあ、このお部屋のありさまは…??」


「持っていないとは言っても、、ですが」


「それはどういう…?」


「私たちは、から来ましたので」


「テイコク…?」


 シンシアは思わず耳を疑う。


「っ、おぃ!」


(それ、バラしていいのか?それ。キーユのやつ、お嬢に帝国人だってバレるの嫌がってたはずじゃ)


 フィーゼは心の中でそう言いながら焦ったように声を上げる。


「キーユさん、帝国の方、なんですか」


(そっか、それなら合点がいく。帝国人だったんだ、キーユさん…。どおりで、珍しい名前だとは思ってたけど…)


 シンシアは心の中でそう言うと、やっと腑に落ちた顔をした。


「我が主の真の名は、

 キーファン・ヘウン・クロノス様です」


「ぇ、」


「何?!」


 ケルティの言葉に、シンシアはおろかフィーゼまでも声を漏らした。


「クロノス、って———」


(聞いたことがある。“ 時の国 ”、クロノス帝国の、“ 皇族 ”の姓)


 シンシアは心の中でそっと呟く。


 帝国と言う大国の皇族。その事実に、シンシアとフィーゼは目を丸くする。剥がされていくキーユのベールの中を覗き見る度に、シンシアは恐れ多さからかだんだんと冷や汗が滲み出る。


 この世界は、1つの帝国の元に、4大元素、地、水、火、風、それぞれの神の加護を受けた東西南北4つの王国、公国で成り立っている。


 地の国、北を治めるモントレー王国

 水の国、東を治めるジュへラルト公国

 火の国、南を治めるサリンドラ王国

 風の国、西を治めるクリミナード公国


 そしてその4つの国に囲まれた中心にあるのが、“ 時の国 ”と呼ばれる、クロノス帝国だ。この国は、他の四大元素のいずれにも属さない、5番目の力、時の力を司る神、クロノスの庇護を受けている。クロノス帝国はこの世界の頂点に君臨しており、他の4つの国は帝国の従属国という位置付けだ。それだけ、“ 時 ”の力と言うものは、他の4つのどの力よりも偉大な力とされている。


「お気付きの通り、我が主は時の神、クロノスの庇護を受けたクロノス帝国の様です」


「だ、第一皇子様っ?!」


 思わず声を上げたのはフィーゼだった。


「はい、以後お見知り置きを」


「…。」


(だからあの時…、あんなにイキリ散らしてたフォード卿が急に大人しくなったんだ。2人にしか聞こえないやり取りの中で、殿は何かをフォード卿に見せていたようだった。そうか、あれはきっと帝国皇族の証である勲章か何かを…。そりゃ、逆らえるはずない。私たち4大国は、帝国の支配下にあるも同然なのだから。

 それでこんな国賓級の待遇なんだ…。そりゃ、“ 時の国 ”、帝国相手じゃ、ね。これでも足りないくらいか)


 シンシアは心の中でそう言いながら、やっと全てに納得できた様子だった。


「お嬢様、これだけはご承知おきください。主がクロノス帝国第一皇子であることは、くれぐれもご内密に」


 ケルティは口の前で人差し指を立てた。


「っ、は、はい、もちろんでです!」


(私だって、帝国に喧嘩売るような勇気なんて何処にもない)


 シンシアは心の中で呟きながら、冷や汗混じりに小刻みに頷いた。


「まぁいくらお忍びといえど、学園側には伝えておかなければならないので、そこは仕方ないことですが。…そして、これも」


「?」


「決して主と関わろうとはなさらないでください。」


「っ、」


 ケルティの言葉に、シンシアは一瞬動きを止める。


「主は人が良過ぎるのが玉にきずでして…。身分を隠して他国へ留学されていると言うのに、自ら目立ちにいってしまわれる。今日みたいに。」


「私を、助けてくださったことですか?」


「はい。我が主は、困った方を見過ごせない性分なのです。ですから、決してはなさらないでくださいね。」


「勘違———、わ、わかってます。皇子殿下なら、そうされたことくらい」


 シンシアは困ったように微笑む。


「本当にわかっておいでですか?」


「はぁ?何を仰りたいのですか?」


 疑っているような言い方のケルティに、フィーゼがくってかかる。


「フィーゼ、」


「っ、」


 そんな彼をシンシアはそっと制する。


「先程のお嬢様の行為、あれはいかがなものかと。一国の公爵家の御令嬢ともあろうお方が、男に口移しで薬を飲ませるなど、言語道断です!」


「…っ?!」


 改めて言われて、顔から火が出るほど赤るシンシア。


「まるでお嬢様が我が主に好意があるかのようにお見受けしましたが?」


「ふぇ?!」


「テメェ何言って———?!」


「フィーゼ、」


「っ、」


 思わず口が出そうになったフィーぜを、

 慌ててシンシアが止めに入るのだった。




 

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