第3章-仮面舞踏会-

3-1

 ———それから数日後、


 今宵は、進学生同士懇親会も兼ねた、学園行事の中でも1、2を争うほど人気のイベント、仮面舞踏会が開催される。学年毎に開催日は異なり、この日は16歳で成人を迎えた高等部の生徒、いわば、若い大人たちが参加していた。


 そんな中、“ コンコンッ ”とドアがノックされ、ドア越しにフィーぜはシンシアに声をかける。


「どうだ?お嬢。準備出来たか?」


「うん、もぅ入っていいよ」


 その声に、フィーゼはメイクルームのドアを開けた。


「っ…」


 フィーゼはそのまま言葉をなくして固まってしまっていた。

 

 ドアの向こうには瞳の色より少し淡いターコイズブルーの美しいドレスを身に纏ったシンシアが、そこにはいた。髪を珍しくアップにして装飾品を髪や耳、腕や指などに煌びやかに身につけている。


「…。」


(そうだよな。この人、この国の公女殿下、姫君なんだもんな…)


 普段とは違う佇まいの主に、フィーゼは何も言わずに立ち尽くす。


「あ、フィーゼも仮面付けてる!…フフッ、その衣装も王子様みたいでカッコいいよ!」


「おぅっ?!———そ、そりゃ、ど〜も…」


(ったくこの人はそんな言葉を惜しげもなく…。やめろ、恥ずかしくて死ぬ!)


 シンシアにとっては最高の褒め言葉を送っているつもりだが、当のフィーゼにとっては恥ずかしさでこの場から逃げ出したい思いだ。幸いなことに仮面をつけていることで、シンシアに自分の顔が赤くなっているのを悟られないことだけは彼にとって唯一の救いだった。


「ねぇねぇ、私は?…どぅ、かな?」


 少し照れくさそうにドレスの裾をピッと持ち上げて見せるシンシア。


「…。」


「… な、何か言ってよ」


 ただただ目を奪われるばかりで黙り込む従者に、シンシアは不安そうにボソリと溢す。



「綺麗だ」


「ぇ?」



 そう言ったフィーゼの顔は明らかに赤く染まっており、照れくさそうに口元を手の甲で隠しながら、シンシアから目を逸らしている。


 予想外に素直だった従者の言葉に、シンシア当人も、


「…」


(ウソでしょ?!絶対、“ 馬子にも衣装だな ”、とか言ってからかわれると思った…)


 同じように頬を赤くして彼から目を逸らした。


「…っ」


(あれ、胸が、熱い…。何だかドキドキして———。これ、もしかして、フィーゼの感情?)


 自分とは違うモノが心に流れ込んで来て戸惑うシンシア。


「あぁ〜もぅ、ほら、行くぞ」


 と、ぶっきら棒に腕を差し出して来るフィーゼ。しかしシンシアの顔は見れないままだ。


「う、うん…」


 その腕にシンシアもぎこちなく手を預けて、フィーゼのエスコートのもと、会場へ向かう。



 ———そして二人は大広間へと足を踏み入れるのだった。



「うわぁ、みんな凄いなぁ…」


 会場の女生徒達は、貴族の令嬢の名の通り、この日のために新調した色とりどりのドレスや煌びやかな装飾品をその身に纏い、思い思いに着飾っている。その輝きに思わず目が眩んでしまうほどだ。1人でも多くの高貴な家柄の男子生徒の目を惹くために、仮面の下に隠した瞳はさぞ血走っていることだろう。


「…。」


(はぁ、毎年のこととは言え、苦手だな、こういうの…)


 心の中でそう呟きながら賑わう会場に圧倒されるシンシア。そんな彼女に、


「安心しろ、公女殿下に敵う令嬢なんてどこにもいやしない」


「っ…!」


 ポツリと耳元でフィーゼはそう囁くのだった。その言葉と行為にシンシアの耳は自然と赤く染まっていく。それをどこか満足そうにフィーゼは眺めるのだった、


「お嬢、ちょっと待っててくれ。俺、飲み物とって来るから」


 そう言ってその場を離れるフィーゼを見送ると、シンシアは1人、壁の方に避け、皆が踊るのを傍観していた。


「ダンスかぁ。小さい頃はこういう華やかな場所に憧れてよく練習してたっけ。ま、結局上手くはならなかったけど…」


 と、物思いに耽ふけっていると、


「お嬢様、ドリンクをどうぞ…」


「…あぁ、ありがとうございます」


(フィーゼが取りに行ってくれたけど、まぁ、いっか…)


 給仕係にドリンクを手渡され、シンシアはあまり考えずに受け取り、そのままグラスを口のほうへ傾けようとした、その時、手元に違和感を覚えた。


「…あれ??」 


 よく見ると、さっき手渡されたグラスが手元から消え去っているではないか。


「ったく、だから目を離すなって言ってあったのに」


「ぇ?」


 ふとそんな言葉が聞こえたかと思うと、彼女の目の前では、


「…プハッ、このワイン甘いから女性でも飲みやすそうですね。とは言っても、少し甘過ぎやしないか?」


「っ…??」


(え?この声…)


 1人の男子生徒が先程シンシアの手から奪い取ったグラスの中身を飲み干した所だった。驚きのあまり言葉を失い固まるシンシア。だがその声には聞き覚えがあり、シンシアは思わず目の前の彼を見る。するとその人は近くに控えていた従者らしき人にグラスを手渡すと、シンシアに向き直った。


「…失礼、あまりにも、美しかったもので」 


「ぇっ?」


 突然の言葉にシンシアはドキッとする。


「よく熟した、美しい色だと思ったら、やはり年代物のワインですね、良いお味でした」


「…あぁ、


 シンシアは恥ずかしそうにポツリと溢した。


「へ?」


「あ、いぇ、何も…」


「それでは、僕はこれで」


「あ、はい…」


 その人はフワッと笑って一礼すると、そのままその場を去って行った。つられてシンシアも軽い会釈をしてから、その後ろ姿を見送る。


「やっぱり、人違い? なんで、私なんかに、声を———?」


 思い当たる声ではあったものの、あっさりその場を去られてしまったので、先ほどの彼はきっと人違いだったのだと、シンシアは思ったのだった。


 そうこうしている間に、一曲終わってしまっていた。


 それを見計らってか、ある人物がシンシアの方へと足を進めていた。


 そんなことなど露知らず、


「フィーゼ、まだかな?もっと静かな場所に行こ」


 そう言ってシンシアはその場を離れようとした、その時だった。



「私と踊っていただけますか? “ クリミナード嬢 ”」


「ぇ…?」



 突如、何者かにガシッと腕を掴まれたシンシア。


「…。」


(キーユさん?!…の声じゃなかった。明らかにフィーゼでもない。っ、そうだ、この声、もしかして、フォード伯爵家のご子息?!)


 シンシアは心の中でそう呟きながら、話し方の癖と声の特徴から、その人が誰なのか容易に推測する。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?」


(念のため確認しておこう…。それより、そろそろ手を放してくれないかな?痛いんだけど)


 さりげなくシンシアは手を解こうとするが、いくら温室育ちのひ弱な貴族といえど、相手はさすがに男。そう簡単にはいかない。


「これはこれは、正体を聞くだなんて、仮面舞踏会には無粋な質問ですね、クリミナード嬢」


「…だったら、なぜ貴方は私が何者かご存じなのですか?」


 相手のウザったい返しに、若干苛立つシンシア。だが、恐怖の方が優って、声は少し震えている。


「そりゃ、見れば分かりますとも。階級によって身に付けることが許される装飾品の種類は違ってきますから。貴女様のその氷翠石ひすいせきの耳飾り、それは、この国でしか採取出来ない秘宝。侯爵か公爵家の方しか身につけることを許されていない。そして極め付けは異様なほどに純白なその肌と、白にも近い黄金に輝く美しい髪」


「っ…」


(しまった、うかつだった…)


 シンシアは慌てて自分の髪に触れる。彼女の髪は他国出身の母親似で、ハイライトが入ったようにとても明るい白金の色をしていた。光に照らされてより一層美しく輝いている。その髪色は金色が主流のクリミナードの人間の中では珍しい色だった。


「今更隠す必要はないでしょう?そんな淡い色で輝く美しい髪は、貴女様を置いて他に存じ上げません、さぁ、早くこちらへ」


「やめてください。私は貴方と踊るだなんて一言も———、」


(嫌だ、助けて…)


 まるで何かに祈るように心の中で強く願うシンシア。…と、そこに


「女性1人落とすのに、えらく手こずっておいでですね」


「っ…、」


「誰だ?!貴様っ」


 突然、別の誰かが2人の間に割って入って来た。シンシアは思わず縋るようにその人を見つめる。


「っ、貴方は、先ほどの———」


 その人は先ほどシンシアから奪ったドリンクを飲み干した人物だった。


「嫌がる女性にしつこくつきまとうのはとても哀れに見えますよ?紳士にあるまじき行為だ。まったくもって見苦しい」


「何っ?!」 


「…っ」


(この人の声、もしかして———) 


 言い争う二人を見つめながら、シンシアが声の主にピンときた時、その人は仮面の下でフワッと微笑んでいたのだった。

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