第6話 ユーニスの日記
『このままでは殺されるかもしれない』
その一文に、指が震える。
ユーニスは自分が殺害されると思っていた。つまり、そう思うに至るだけの事象が、彼女の周りで起こっていたということだ。
ユーニスの予見の通り、わたしは殺されたのだろうか。
だとしたら、誰が? 何のために?
死んで得をするのは誰か――というのはミステリの基本ではあるけれど。その考えで言えばアイラが怪しいということになる。しかし、次期公主の立場を狙ってのものだとしたら、わたしを見た時の彼女の反応はあまりにも幼い。漏れ聞こえてきた継母との会話までもが演技ならさすがにお手上げだが、そこまで頭が回り機転が利くなら、ユーニスに警戒されることなく殺しただろう。
ユアンはどうか。わたしを傀儡にしようとしているということは、少なくとも今の「次期公主の婚約者」という立場に不満はないものと思われる。尤も、この婚約が、そもそも彼にとって不本意なものだとしたら話は別だが。その線で考えるなら、主の婚約を破棄させたいセオが手を下したというのもあり得る。
主の婚約を破棄させるために主には悟られぬよう、婚約者を手にかける腹心。
――セオユア、ありだな。
と、一瞬思いかけたところで、いや、と我に返る。
脳内でカップリングをしている場合じゃない。
不穏、というならば継母か。わたしを見た時の反応から推測するならば充分にあり得るけれど、動機は? わたしが死んで、彼女になにか特になることがあるのか……わからない。娘を公主にするため? アイラを公主にし、公主の母という立場を得ようとしている?
そもそもの話をすれば、ユーニスとアイラの父であるヴェストリス公はどうしているのだろう。クロエが報告してくると言っていたということは、少なくともご健在であるはずだ。しかし、姿は見えない。
「考えたところでなんにも分からないな……」
日記を、最初から読み始める。日付と思われる数字は飛び飛びで、毎日書いていたわけではなさそうだった。そして一日当たりの文章もさして多くはない。ユーニスは、あまりマメなタイプではないのかもしれない。
『マール20日 水の日』
月と曜日の概念はあるようだ。
『父、ヴェストリス公が病に倒れる。医者によれば既に手の施しようはないらしい。次期公主の荷は重いが、気丈に振舞わなければ』
『マール26日 水の日』
この世界では、6日で一週間という括りなのだろうか。
『私の婚約が決まった。相手は遠縁に当たるフォーセット男爵家の三男ユアン。幾度かパーティで顔を合わせたことはあるけれど、正直あまり好みではない。スペアにすらなれないと自嘲する卑屈な野心家。この家を乗っ取られないよう警戒するに越したことはないだろう』
ん? ユアンは、ユーニスを「可愛げがあった」と言っていたけれど、ユーニスの評価はわたしより塩対応なのでは……。
『アプリル3日 緑の日』
月が変わった。
『成人となる18の誕生日にユアンと婚姻を交わし、公主になることが決まった。不本意ではあるが、ユアンを立てて私は補佐に徹した方が上手く事が行くだろう。女王陛下が即位して十年になろうというのに、男性優位の社会であることは変わらない。
この領地には問題が多い。私が手を入れるとなれば反発が起こるだろう。けれど、ユアンが動くのであれば抵抗は少ないはず。ユアンは野心家ではあるけれど単純な男だから、乗せて操るのはさほど難しくはないだろう』
つまりユーニスは現在17歳か。生まれ持った立場の違いがあるとはいえ、わたしが17の時なんて、教室の隅っこで、誰の目にも触れないように縮こまって本を読んでいたというのに。この儚げな見た目から想像していたのとは裏腹に、なかなかしたたかなお姫様のようだ。
けれど、少しばかり年を重ねたわたしから見れば、ユーニスの理想は若くて青い。ユアンにしろセオにしろ、そうそう思い通りに操れるとも限らない。それに、いくら次期公主という立場があるとはいえ、17歳の女の子ひとりで領地の問題を解決できる訳がない。
『アプリル16日 大地の日
アイラとジェイドを伴い、遠乗りに出た。男児を望まれていたせいだろうか。アイラの手綱さばきはやはり上手い。ジェイドの護衛も不要とばかりに、先に行ってしまう。私は後からゆっくり行くからとジェイドを先に行かせた時だったか。突然、私の馬が暴れだした。
すぐにジェイドが戻ってきて事なきを得たが、私一人であったら落馬していただろう。最悪、馬に踏みつぶされていたかもしれない。私の命が無事だったのはジェイドのおかげだ。彼女なしに、私の治世は成しえないだろう。
馬はその場で死んだ。
その後の調べで、馬の尻に毒針が刺さっていたことが分かった。遅効性の毒が仕込まれていたらしいということを聞いた。偶然毒針が刺さったということはないだろう。私の存在を疎ましく思う者がいるのだろうか』
アイラの運動神経がいいというのは、あの風貌からすると意外だった。しかしそれ以上に衝撃的だったのは、この日、ユーニスは何者かによって危害を加えられているということだった。
それと同時に読み取れる、ジェイドという女性への厚い信頼。おそらく、ユーニスにとって唯一の味方なのだろう。
『アブリル30日 月の日
ジェイドが神妙な面持ちで居室を訪れた。明日、何か大切な話があるらしい。
彼女の表情から、あまりいい話ではなさそうだ』
『メル1日 炎の日
どうやら、ジェイドが首都に赴くことになったらしい。ナイトの称号を持つ者は、数年に一度、首都の警備をする義務があるという。半月前の事件の真相どころか犯人もわかっていないというのに、ジェイドが傍からいなくなるのは不安で仕方がない』
ジェイドは首都に出向していた。
彼女はわたしが死んだことを知っているのだろうか。
わたしの訃報を知ってどうしているのだろうか。
わたしには、軍というものの仕組みも規律も分からない。主が亡くなったとして、果たして帰郷が許されるものなのだろうか。
ジェイドが出て行ってからどのくらいの月日が経っているのだろう。暦の分かるものはないだろうか。
いや――。
誰かに、ジェイドの戻りを聞いた方が早いかもしれない。誰も信用できず、いつ殺されるかもわからない状況で孤軍奮闘するのは荷が重すぎる。
――クロエに着替えを手伝わせ、その時に聞いてみようか。あまりいい感情を抱いていない雰囲気ではあったけれど、殺害を企てているということもないだろう。さすがにいつまでも寝間着に裸足という訳にもいかない。
わたしは居室を出て、彼女がいるであろう階下に降りていく。ひた、ひた、と木製のステップを降り、1階へ。窓から差し込む陽は傾いている。おそらく夕方の仕事をしているだろうと見越して、降りていく。
――と、その時だった。
突然、視界にノイズが走った。
落下する花瓶がわたしに命中し、頭が割れ、血の海に沈んでいく姿が見える。
「えっ?」
その映像に驚いて、足が止まる。
それと同時に、わたしの一歩先に花瓶が落ちてきた。
へな、と力が抜けて座り込む。あのまま進んでいたら、わたしはきっと死んでいた。
遅れてやってくるのは、恐怖だ。
粉々に砕けた花瓶に、あの幻が重なって、自然と悲鳴が出た。
頭の中は真っ白で、ただ声が枯れるまで叫び続けていた。
「落ち着いて、落ち着いてくださいユーニス様」
誰かがわたしを抱きしめ、背中を優しく叩いて宥めるまで。
「亡くなられたと聞き、急ぎ、戻って参りました。……間違いでよかった」
その言葉に、察する。
「ジェイド……?」
ジャケットとスラックスに身を包み、男装をし、長いブロンドを後ろにくくった彼女が、ジェイド本人であると。
その名前が示す通り、透き通るような緑の瞳が、わたしの言葉を肯定していた。
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