第3話「揺れる炎の行方」

 地球防衛隊『フラム』通称Fは数十年前に創設された部隊だ。

 元はヒカルの父がリーダーとなり指揮を執り、仲間を率いて国の為に戦った誇り高い特殊機関であり、その栄光を掴もうと日々多くの入隊希望者がその門を叩く、だがその心意気に免じて全てを受け入れるわけにはいけない。

 入隊するには、面接と実技試験を受けてその難関を突破した者だけが、最後の試練に挑むことが出来る。

 その最難関を突破しても、実践で役に立たなければ意味は無い。実際に多くの新人隊員たちが心を折り辞めてしまう。夢は現実とは異なる面が多いこんなはずじゃなかったと嘆く者たちは後を絶たない。ヒーローにならずとも隊員として防衛チームには入隊が出来るが、それでも最近は平和とは言わないくらいの状況だった。


「はぁ…」

「お疲れ様です、中々に大変そうですねぇ」

「あぁ、そうなんだ…っ?! な、エメラルド?!」

「名前を憶えていただけて感謝いたしますよブルー」

「何しに来た!」


 高台にある公園のベンチでライトは一休みするために座り込んだその時、背後から声を掛けられそれがあの、エメラルドであることに気付き身構える。

 気配がしなかったせいで気付くことが遅れてしまった。

 腰に付けた変身装備であるチャームに手を掛ける、通称『ギア』と呼ばれるそれは持ち主の心に呼応し、応えてくれるアイテムだ。


「敵意はありません。今回は私の出番ではありませんので」

「はい?」

「今日は少しお話をしたくてきたのですよ」

「……」

「おや?そこは、もっと否定するべきではないですか?」

「敵意の無い相手に、攻撃するようなそんな卑怯な人間ではありません」

「ふふ、流石冷静に物事を判断できる男といったところでしょうか。称賛に値しますよブルー」

「貴方に褒められても嬉しくありません」


 そう言うと、ライトはエメラルドの隣、元居た自身の場所に腰を下ろす。

 エメラルドは不気味なくらいに微笑んでいる。そんな男の隣で落ち着いて食事ができるかと言えば嘘になるが、食事は取れる時に取っておかなければいけないので急ぎ目で胃の中に流し込む。


「急いで食べると、喉に詰まらせてしまいますよ」

「誰のせいだと…」

「大丈夫ですよ。私は言葉の責任を理解しています攻撃など致しません、落ち着いてお食べください」

「……」


 エメラルドは視線を前に移す。

 ライトは箸の速度を緩め、食事を取り始めた。

 その時間に流れる空気は理解できないくらい静かで、風や鳥などの自然の音だけが耳に届いた。

 時々箸を休ませ、他愛のない会話を挟み曖昧なふざけたようなことを言う男に頭を抱えながらその空間を過ごしていると、一つの足音が近づくハッとして顔を上げると、訝しむような表情で腰に手を当て佇む女性がいた。

 桃色の部隊制服を着た彼女は、戦場ではピンクと呼ばれ、最前線で輝く戦士の一人であり、唯一の女性隊員の桃園ももぞのアイだ。


「……いいご趣味ね」

「誤解です!」

「別に構わないわ事情があるんでしょう」

「おや?何も疑わないんですか?興味がないのでしょうか」

「興味がないとかじゃなくて、信用って言ってほしいわ。この男が理由もなく敵に心を許すとは思わないもの」

「アイさん…」

「あのねぇ、この状況をあの二人が見たら問答無用でこの男の頭に風穴があいていると思いなさいよ。私は、出来れば戦いたくないの。被害が増えるのだけは御免だわ」


 そう言うと、ライトの隣に座りお弁当箱を広げ始める。


「あ、休憩交代ですか?」

「違うわ。何もないから、私も先に休憩を貰ったのよ。丁度良いから様子を見に来たけど、正解だったわね」

「…すみません」

「それで、エメラルドって言ったかしら。貴方、何の用なの」

「用は特にありませんよ?」

「変な男ね」

「そうですねぇ。何か、おすすめの場所でも教えてもらいましょうか」

「暢気に観光ってわけ?」

「えぇ。折角地球に来たのですからね。暢気と言えばあなた方もそうではありませんか?こんなに近くに敵がいるにも関わらず、暢気にお食事ですかぁ」

「やっぱりムカつくから殺していいかしら」

「お、落ち着いてください」


 ライトを間に挟みつつ言い合いを始める二人にライトは困ったような笑みを見せる。こうしていれば、街は平和そのものなのにという気持ちが、ライトの胸を締め付けるような虚しさに思わず顔を顰める。

 その時、東の方向に火柱が上がり地面が揺れたかと思うと地の底から唸るような声と共に怪物が姿を現した。

 思わず、エメラルドの方を見れば彼は両手を上げ身の潔白を証明する。


「言ったでしょう。何もしないと…」

「行きましょう、ピンク」

「ええ」


 二人は、エメラルドを置いて走り出す。

 その背を見送って、エメラルドは高台から街を見下ろし火柱の上がる方向を睨みつける。


「全く、邪魔しないでほしいのですけれどもねぇ」


 エメラルドは軽く地を蹴ると、空高く舞い上がった。

 空中に椅子でもあるかのように優雅に足を組み座る。そして口角を上げ楽しむように下卑た笑い声を零す。


「サファイア、貴方もよく楽しむと良いですよ」


 ライトとアイは、道を駆ける。その途中で各々が身に着けているチャームを手にし、呼応させ走り出すと同時に光の粒子が体を包み、形態が変わり姿が変わる。それは身の内の力を増大させ、人智を超えた力を手に出来る。

 直ぐに、警戒態勢に入った街全体は警報と怒号で包まれる。

 現場に到着すると既にレッドとブラックの姿がそこにはあった。


「遅いぞ!」

「休憩中だったのよ!」

「来るぞ!」


 今回の怪物はまるで恐竜の形をしているがクリスタルのような長い尾を右往左往させ建物を破壊している。このままだと、被害が拡大する。その前に動きを止めなければならなかった。

 上空では防衛隊の航空部隊が旋回し射撃を開始しているが、あまり効いていないのか怪物は進行を進めている。

 その怪物は途中途中で瓦礫を食べ、体を光らせている。

 熱源を感知して、警報が鳴り響く。


「まさか!熱放射—ッ?!」

「瓦礫喰って、それを熱源にしてんのか?!どんな体内構造してんだよ!」


 放たれた一線を回避する為、全員が空中に散る。

 放たれたその熱線は赤く燃え、地面は割れ溶けだしている。マグマのような形態に全員が息を呑む。確実にいままで相手にしてきたものよりも数段上であることを。

 生身で挑めば、歯が立つわけもなく跡形もなく自身が消えるだろう。あの時エメラルドが言った言葉、挨拶という言葉がこの事実を突き付けてくる。


「ハハハハ!思い知ったか、人間共!」

「誰だ、アイツ」

「前に現れたエメラルドとは違う…」


 空から降ってきた声に、上空に視線が集まる。

 そこに居たのは、エメラルドと同じスーツではあるがその胸元は大きく開き特徴的な青い鉱石のような煌めきの髪を後ろに流し、レッドたちを見下ろしている。

 その男は一つの言葉に怒りを露にして、大声で怒鳴る。


「貴様、いまエメラルドと言ったか!あんないけ好かない奴と一緒にするな!」

「一緒にするなって言っても、同じじゃ…」

「同じではない!オレ様はサファイア、美しさが違う!」

「…違いがわっかんねぇ」

「レッド、火に油を注ぐようなことを言わないでください」

「鉱石なんて全部一緒…あ」


 レッドの失言に辺りの気温が上昇する。

 気付いた時には、怪物の口が大きく開き熱放射が放たれる瞬間だった。

 皆の呆れたような視線がレッドに集まる。この男はいつもそうなのだ、余計な一言で敵を余計にイラつかせる。気が利かないと言われる謂われが言葉に籠っている。


「埒が明かない!」

「レッド!訂正しなさいよ!」

「えっ!?ご、ごめーん!サファイア、アンタが一番綺麗だと思う!」

「本当にそう思うか」


 ピンクがレッドの背を押し、サファイアの面前に突き出す。

 サファイアの問いに、レッドは必死に首を縦に振る。

 気を良くしたのか、笑い出すサファイアに苦笑いを浮かべるレッドだったが、突如胸倉を掴まれ地面に叩き付けられる。


「レッド!!」

「その言葉しかと忘れるな人間。だが、それとこれは別だ」

「な、に…」


 振り下ろされそうになった青い輝きを放つ刃が、別の青い光に弾かれると同時に弾けた粒子に目が眩んだ瞬間、足元にいたレッドの姿は無く振り向いた先にブルーに支えられた姿が映る。

 その姿を目にしたサファイアは口角を上げ、怪物に残りの二人の相手を任せると一人、レッドとブルーに向き直る。


「面白い。良い色だなオレ様の青には負けるが貴様のいまの輝きは称賛に値する!」

「褒められているんでしょうか…」

「絆されるな、相手は敵だ」

「おい、余計なことを言うな。他者からの称賛は素直に受け取ることだ」


 サファイアは地を蹴ると、二人に襲い掛かった。青い剣がまるで閃光のように降り注ぐ。一瞬でも気を抜けば命を奪われる。そう悟ったレッドとブルーはアイコンタクトを取り、同時にしゃがみ下から突き上げるように剣先をサファイア目掛け突き上げる。その攻撃を軽く躱すと、サファイアは手にした剣を変形させ無数の粒子に変化させそれを二人目掛け繰り出す。

 弾き、避けを繰り返し相手との距離を詰める。まるで手応えがない。遊ばれているようだとブルーは感じ、撤退するようにレッドに目配せしようとしたその時後ろから腕を引かれ体が傾くと同時にレッドの顔が視界に入る。腕を引いたのはレッドだった。

 その瞳は、煮えたぎるような赤く、燃える炎のようでブルーは言葉を失った。

 彼が怒っている。


「あまり馬鹿にされるのは好きじゃない」

「なに―?」


 剣に宿した赤い炎が勢いを増して、放たれる。

 絡みつくような熱を感じて思わず目を閉じる、一瞬で周りを焼き尽くすくらいの熱量。炎の渦はサファイアを包み込んだと思った時、青い輝きがその炎を切り裂いた。


「いまのは危なかったぞ…」

「なんだ、手応えあったのに」

「今日はここまでにしておいてやる。名を聞かせろ」

「……月島ヒカル」

「貴様は」

「日向ライト…」

「ヒカルとライト…面白い。また会おう好敵手共」


 レッドの広い背中に守られるように、サファイアを見つめる。サファイアは少し笑うと、闇の中に消えて行った。

 掴まれたままの腕が熱い。燃えるような温度に火傷しそうな感覚を覚えレッドを見ればあの炎のような瞳でブルーを捉える。

 その瞬間、身動きが取れなくなった。まるで見透かされるような感覚に思わず後退る。対してレッドはブルーの怯えるような瞳に慌てて手を離す。


「ごめん!痛かったよな、あと急に引っ張って驚いただろ?本当にごめん…」

「大丈夫。気にしていないよ」

「良かった。痕になってたら困るから後で腕見せてくれ」

「大丈夫だって」

「いいや、駄目だ。とりあえず先にアイツを片付けるぞいくぞ相棒!」

「はい!」


 翳された拳に自身の拳をぶつける。

 前を走るレッドの姿にライトは一抹の不安を過らせる。

 あの時の炎は確かにヒカルのものだった、彼の思いの強さが意志の固さが魅せるその炎は強く強烈で焦がれる熱さに、ライトは少しだけ自身が情けなく思えたのだ。

 彼が届かない場所に行ってしまいそうで寂しく感じたのだ。


 一方で怪物はブラックの怪力技とピンクの癒しの心で動きを鈍らせ最後にはレッドの熱い炎がその身を焦がし尽くした。

 無事に基地に帰ったライトは一人医務室に向かう。変身を解いた時腕には赤い痕が残っていた。そこまで酷くはないが残ってしまうとヒカルが悲しむと思い、医務室で処置を施してもらうと、医務室の扉が開いたと同時にヒカルが立っていた。


「腕、やっぱり痕になった?」

「気にしすぎです。ヒカルくんのせいではない…」

「ごめん…」

「ヒカルくん僕たちは、戦っているんです。もっと大きな傷になるかもしれないだから、これくらい平気ですよ」

「そうだな…、でも気を付ける」

「はい」

「この後暇?飯食いに行かないか?」

「じゃあ、ヒカルくんの奢りで」

「え、あーいいよ!決まり、早く行こうぜ!」

「あ、待ってっ」


 走り出した赤い背中を急いで追いかける。

 そこにはいつもの屈託なく笑うヒカルの笑顔と、それに合わせ笑うライトの姿があった。

 その姿をエメラルドは物陰から盗み見ていた。


「なるほど、これが貴方の言う絆…ですか」


 エメラルドは目を閉じて、ただ微笑んだ。


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