第6話 入っちゃう?!
「わっ、わわっ……」
ウトウトとした心地の良い俺の微睡を破ったのは、彼女のどこか恍惚とした声。
「そんな、おっきいの……入らないよぉ」
(なんだ?なんの話だ?)
「だめだめ、顎が外れちゃう~!でも、できればそのまま入れたい気持ちは分かる……」
俺が背中を向けて眠っていると思って安心しきっているのか、彼女の心の声と思われる声は、口から駄々洩れだ。
「ムリムリ、ムリだって……あぁん、入っちゃう?入っちゃった?!わっ、全部入っちゃったよぉ!あんなにお口小さいのに、すごいぃ……」
そうっと後ろを振り向いて見ても、彼女の背中しか見えはしなかったが、その姿からどうやら彼女はスマホの動画に夢中のようだ。
(今度は一体何の動画を見ているんだ?)
「あんなおっきいの……私も入れてみたいなぁ……でも、入るかなぁ?」
うっとりとした彼女の言葉だけを聞くと、またも俺の頭の中にはよからぬ妄想が沸き起こってしまう。
(おっきいの……入れてみたい?顎が外れるってことは、口だよな?いやまさか、そんなことは。だとしても、だ。俺だって、それほど小さい訳じゃねぇぞ?!どんだけおっきいってんだよ?!つーか、何の話だよっ?!)
「はぅっ……あんなにお口いっぱいに頬張って……はぁ、羨ましい……」
俺の頭の中では、もちろんよからぬ妄想が暴走しまくっている。
その妄想の中の上目遣いの彼女は、少しだけ不満顔。
『もうちょっと大きいのがいい……』
なんて、文句まで言いやがって。
クソっ!
もうムリっ!俺が無理っ!
俺は勢いよく体を起こしがてら、彼女を背中から抱きしめるようにして彼女のスマホを覗き込んだ。
すると。
「わっ!なんだ、起きてたの?!」
「……お前の声で起きた。なんだ、これかぁ……」
彼女が見ていたのは、グルメ動画。
彼女は無類の寿司好き。
彼女のスマホの中では、インフルエンサーと言われている口の小さめの女の子が、今正に大きな寿司を口いっぱいに頬ばっているところだった。
「おいしそうだよねぇ、こんなにおっきいお寿司。これ、噛まないで一口で食べちゃったんだよ、この子!もう、お口の中がお寿司でいっぱい!私もお口がいっぱいになるくらいネタがおっきいお寿司、食べてみたいなぁ」
想像でもしているのか、彼女は恍惚とした表情を浮かべて目を閉じている。
「そうだな」
俺も寿司は好きだ。
だから、ネタの大きな寿司を口いっぱい頬ばるところを想像しようとしてみた。
だが、無理だった。
閉じた瞼の裏に出てくるのは、先ほどまでのよからぬ想像の続き。
彼女が口いっぱいに頬張っているのは寿司などではなく……
ただ、彼女の表情だけは、先程の妄想から変わっていた。
口いっぱいに頬張りながら、上目遣いで俺を見上げる彼女の顔は、至極満足そうな表情。
ようやく留飲を下げた俺は、ポン、と彼女の頭の上に手を乗せて、その手でクシャクシャと頭を撫でながら言った。
「よし。今度給料出たら寿司屋でも行くか!」
「えっ?!いいの?!」
「ああ。……回ってる方、だけどな」
仕方ないだろ。
そんないくらかかるか分からない高級寿司屋なんて、怖くて行けるかってんだ。
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