第5話 そんなにっ?!

「えー、そうなんだ?ケンタくんにしたんだ、名前。漢字は?うん……堅実の堅に、太い。いいじゃない、かっこいい!」


 読書中の俺の背中に背中を預けて座りながら、彼女は最近出産したという友人と電話をしていた。

 こんな話しをしていたら自分も結婚したいとか子供が欲しいとか思わないのかと不思議に思うが、今俺の直ぐ側で電話をしていることが、もしやアピールなのか?!


「えー、それは羨ましいぞー!」


 いつの間にか話は、子供の話から別の話に変わっていたようだ。彼女が背中越しにチラリと俺の様子を窺った気がしたが、気づかぬふりをして本に目を落とし続ける。


「私は最近ちょっとご無沙汰で、さ」


 小声になった彼女の『ご無沙汰』のワードに胸がドキリと跳ねる。

 それは、アレの話なのか?

 確かに最近疲れ気味で、『ご無沙汰』ではあるが……


「いいなぁ、スッキリしたでしょ?そんな太いのなんて。いやぁ……堅いのはあまり求めてないけど……ってあれ?まさかこれって?!」


 言いながら、彼女は俺の背中まで震えるほどに、体を震わせて笑い出す。


「ヤダもう、何言ってんのよ!じゃあ、ついでに『長い』も付けちゃう?『堅太長』とかって……きゃははっ、あはははっ、やめてー、お腹痛いーっ!」


 何がそんなにおかしいのか、彼女はなおも笑い続ける。


「でも、長いのは大事!堅いより大事よ!だって、堅すぎると痛いじゃない!あっ、イタタタっ!ごめっ、ちょっと私のお腹が痛くなってきたよ、もうっ!じゃ、またね!」


 一方的に電話を切ると、彼女はその場にスマホを置いてトイレに駆け込んでいった。


 1人残された俺は−


(堅い、太い、長いとくれば、絶対アレの話だよな。そうか、あいつそんなに我慢してたのか。ここ最近疲れていたとは言え、悪いことしたな。ていうか、女同士の会話って、結構エグいな……堅いより長いが大事とか。つか俺、割と堅い方だと思ってたんだけど。もしかして、今まで痛いの我慢してたのか?!長さや太さ的には満足してたんだろうか……?)


 読んでいた本を閉じてテーブルの上に置き、俺はその場に正座をして彼女の戻りを待った。色々と詫びる所があるような気がして。

 そしてしばらくの後。俺の足が痺れ始めた頃。

 彼女はご機嫌な様子で戻ってくると、正座で待ち構えている俺を不思議そうに見た。


「どうしたの?」

「悪かった」

「何が?」

「お前にそこまで我慢を強いていたことに気づかなくて」

「……何の話?」


 キョトンとした顔をしながら、彼女は俺の前に腰を下ろす。すかさず俺は、彼女を押し倒して覆いかぶさった。

 とたん。


 ビタンッ!


 頬に強烈な張り手が飛んできた。


「いきなりなにするのよっ!」


 先程のご機嫌はどこへやら、彼女は憤怒の表情で俺を睨んでいる。


「だってお前、さっき電話で『ご無沙汰だ』って友達に愚痴ってたじゃないか」

「は?」

「確かに最近『ご無沙汰』だったし。確かに……俺のはお前の満足する『太さ』と『堅さ』と『長さ』は無いかもしれないけど、そこは俺なりに努力してだなぁ……」


 彼女の顔は、俺の言葉に再びキョトン顔になり、しまいにはあんぐりと口を開けた間抜ヅラに。

 そして。

 ハッとしたように表情を戻すと、どこか恥ずかしげな様子で、俺の方を見ること無くもじもじと話し始める。


「違うわよ。そうじゃなくて」

「違うわけ無いだろ?キーワードが揃いすぎだ。今更誤魔化さなくていい」

「ほんとに、違うんだって!」


 尚も彼女はもじもじと下を向き、俺の方を見ようとはしない。


「じゃあ、何の話だっていうんだよ?」

「……じ」


 蚊の鳴くような小さな彼女の声は、残念ながら俺の耳には一部しか届かない。


「は?聞こえないんだけど」


 イライラとした俺の声に意を決したのか。

 彼女は赤く染まった顔をようやく上げると、真っ直ぐに俺を見て、叫ぶように答えた。


「お通じの話しをしてたのっ!」


 数秒の沈黙。

 そして。


「……お通じ?」


 間の抜けた俺の声。


「つまりお前は」

「最近便秘だったの。それで、ちょっと堅めだったけど太いのがたくさん出てスッキリしたってさっき友達から聞いたから、堅いのはいやだけど、私も太くて長いの出したいなって……」

「………なるほど」


 見事に一致するキーワード。

 そして、赤いながらもスッキリしている彼女の顔。

 これは、嘘ではないだろう。


「でも……アッチもご無沙汰、だよな?」

「……まぁ……」


 再び赤さを増す彼女の頬。


「じゃ、少し早いけど、お風呂入れちゃおっか」


 ウキウキしながら、彼女が風呂場へと掛けて行く。

 そんな彼女を俺は、複雑な思いで見送ったのだった。


「ま、結果オーライということで」

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