第3話 会話がややこしい
「ま、待って!!」
一人家路を歩いていると、背後から呼び止められる。
振り向くとそこには、息を切らす優の姿があった。
思えば、帰る先はお互いほぼ同じ目的地。
優にしてみれば、俺がどこへ向かうかなんて考えるまでもなかったのだろう。
だから俺も、こうなってはもうどうしようもないため、諦めて立ち止まるしかなかった。
「……えっと、何?」
よっぽど慌てて追いかけてきたのか、ゼーゼーと息を切らしながら両膝に手を付いている優に返事をする。
かつては毎日のように、一緒にいた幼馴染。
けれど今日まで、ずっと他人のように距離を置いてきた相手に対して、俺は今更どう接したらいいのか分からず、つい突き放すような言い方をしてしまう。
「そ、その……さ……」
しかしそれでも、優は引かなかった。
少し口籠りながらも、何か覚悟の籠ったような強い視線をこちらに向けてくる。
「な、なんだ……?」
「……亮ってさ、加賀美くんと仲がいい、よね……?」
そして探るように、翔太の話を振ってくる優。
そこで俺は、完全に察してしまう。
優は俺に、翔太との仲を取り持って欲しいのだということに――。
「……だ、だったら何だよ」
ぎゅっと胸が締め付けられるような、嫌な感覚――。
その嫌な感覚に引っ張られるように、俺はまた突き放すような言い方をしてしまう。
そんな自分の嫌な態度に、ようやく俺も自覚する。
優が翔太に気があることが、やっぱり気に食わないと思っている自分がいることを――。
別にもう、優のことは関係無いと頭では割り切っているつもりだった。
それでも、かつて好きだった相手の恋愛の手伝いなんてしたくないし、しかもその相手が俺の親友と呼べる相手だなんて受け入れられるはずもなかった。
だがそれでも、優の決心は揺るがない。
突き放す俺に対して、食いしばるように真っすぐこちらを見つめながら、再びその口を開く。
「亮はその、やっぱり加賀美くんのことが好きなの!?」
そして投げかけられたその言葉に、俺の頭の中は真っ白になる。
どうして今の流れで、そんな話になるのだと――。
「え、それはどういう――」
「好きなの!? どうなの!?」
戸惑う俺を無視して、食い入るように、そしてどこか期待をするように、何故か俺の気持ちを確認してくる優。
それはやっぱり意味不明過ぎるのだが、とりあえず翔太のことを好きか嫌いかで言えば当然好きだ。
だから俺は、意味が分からないながらもここは素直に思っているままを答えることにした。
「……ああ、そりゃまぁ、好きだよ」
「きゃあああ!!」
俺の返事を聞くや否や、謎の奇声を上げる優。
鼻息は荒く、その表情に浮かぶのは久しく見ることの無かった優の満面の笑み。
「な、なんだよ……?」
「わたし、応援してるからっ!」
「は? お、応援?」
「そう! 幼馴染のわたしに任せて!」
「いや、任せるって何が……」
「いいから! とりあえず亮の気持ちは分かったから! じゃねっ!」
全然意味が分からないが、それだけ言うと嬉しそうに走り去っていく優。
そんな優の背中を眺めながら、俺は遅れて湧き上がってくる様々な感情の整理が付かないでいた。
ずっと会話をすることもなくなっていた、幼馴染との久々の会話――。
俺の好きだった、優の笑みを再び見られたこと――。
そして翔太のことで、謎の納得をされたこと――。
やっぱり色々と意味が分からないが、それでも俺の胸は弾み出す。
あの頃止まってしまった歯車がまた動き出すように――。
「――意味分かんねぇけど、まぁいっか」
色々と情報過多ではあったものの、それでも再びあの笑みを見られたことが今は純粋に嬉しい。
そんな感情を抱きつつ、とりあえず俺も家に向かって歩き出す。
既に優の背中は見えなくなっているが、帰る先はほぼ同じ。
そんな優に対する懐かしい感覚が、ゆっくりと実感へと変わっていくのであった。
◇
「おはよう」
「おう、おはよう」
次の日の朝。
部活の朝練を終え教室へとやってきた翔太と、俺はいつも通り挨拶を交わす。
汗で濡れた髪が少しだけ頬に張り付いており、このまま写真に収めれば雑誌の表紙にも使えそうなほど、今日も今日とて翔太はイケメンだった。
「ん? どうした?」
「いや、今日もお前はイケメンだなって思っただけだよ」
「ははは、そうか? ありがとな」
今日も朝からそんなバカ話をしていると、こちらへ向けられる強い視線に気が付く。
気になって振り向くと、そこには優の姿があった。
そして優は、何故かとても良い表情を浮かべながら、周囲にバレないように俺に対してグーポーズを向けてくるのであった。
その意味が分からないながらも、俺も恐る恐るグーポーズを返すと、優は何か納得するようにうんうんと頷くのであった。
――なんなんだ、あれ?
やっぱり昨日から意味の分からない優だが、それでもまたこうして幼馴染同士でやり取りできていることが、素直に嬉しいと感じている自分がいるのであった。
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