第2話 偶然がややこしい

 多分だが、秋月優は加賀美翔太に惚れている――。


 俺は昼飯のパンを食べながら、翔太とその背後の優の様子を窺う。


 楽しそうに俺との会話を楽しむ翔太と、その背後から他の女子達と一緒に何やら会話をしながら、じっとこちらを凝視している優。


 そんな二人を見ていると、思わず溜め息が出てしまう。


「ん? どうかしたか?」

「……いや、何でもない。もうどうでもいいことだしな」

「そうか? まぁ、亮がいいならいいけどさ」


 何の話か分からず、不思議そうに首を傾げる翔太。

 それでも、ここで詮索してくることはなく、言いたくないなら別にいいとすぐ引いてくれるところもイケメンだな。


 まぁこの話は、翔太には言うべき話ではないのだ。

 俺の幼馴染で初恋相手だった女子が、今も背後から翔太に向けて熱い視線を送っているだなんて……。


 だから俺は、その勝手に気まずい状況に居心地の悪さを感じつつも、今となっては優とはただのクラスメイト。

 別に他人の恋路を邪魔をする気も応援する気もないため、ここは我関せずとスルーするしかなかった。


 ただ、何故だろうか――。

 少しだけ胸がチクチクと痛むこの感覚は、やっぱり俺はまだ少しでも優に未練を抱いているせいなのだろうか――?


 ……いや、そんな意味のないことを考えるのはやめよう。

 俺達はもう会話すらしていないし、元々そういう関係でもないのだから。


 そう気持ちを切り替えた俺は、今日も昼休みが終わるまで翔太と下らない会話を楽しむ。

 翔太の言う通り、男同士なら下らない悩み事もなくていいなと実感しながら。


 ただその間も、優やそのグループの子達にこちらを見られていることが、やっぱり心の片隅で気になってしまっている自分がいるのであった……。



 ◇



 下校時間になった。

 帰宅部の俺は、サッカー部の練習へ向かう翔太と別れの挨拶を交わして帰宅する。


 普段は特に寄り道することもないのだが、今日は読んでいるマンガの新巻の発売日。

 だから帰る前に、駅前のマンガなどを取り扱っている専門店へ立ち寄ることにした。


――あ、そう言えばシャーペンの芯がないんだっけ。


 地元の駅の改札口をくぐりながら、ふとそんなことを思い出す。

 別にシャーペンの芯ぐらい近くのコンビニで買えばいいのだが、俺の密かな拘りとして、シャーペンは0.3mmの2Bがいいのだ。

 そうなると、コンビニによっては置いていないパターンも多い。


 だからマンガを買うより先に、まずは駅前の雑貨屋へと立ち寄ることにした。


 雑貨屋に着いた俺は、お目当てのシャーペンの芯を確保すると、別に帰りを急ぐ理由もないためついでに色々と見て回ることにした。

 こうして目的のない時こそ、意外な面白いものを発見出来たりするのだ。

 そんな目的のない買い物を一人で楽しんでいると、なんやかんや結構時間が経ってしまっていた。


 店を出ると、外はすっかり夕焼け空。

 すっかり夕飯時で腹も減ってきた俺は、当初の目的地である専門店へ立ち寄り帰ることにした。


 専門店へに入ると、そこは相変わらずの異世界だった。

 ここへ来るのはこれで三回目ぐらいになるが、他のお店では体験できない陳列の圧。

 マンガやライトノベル、それからアニメ関連グッズなどが所狭しと並べられており、そういうのが好きな人にとってきっとここは聖地のような場所なのだろう。


 ここでも色々と見て回りたくなる欲求が沸き上がってくるが、流石に空腹には勝てない。

 それに心なしか、ここは男性よりも女性客の方が多いようだ。


 だから俺は、そんなアウェー感に若干の気まずさを感じつつ、今日のところはお目当てのマンガを手にしてさっさとレジへと並ぶことにした。



「……え?」



 レジに並ぶと、背後から思わず漏れ出たような驚きの声が聞こえてくる。

 その声は、俺のよく知っているような、どこか懐かしい声色をしていた。


 気になって後ろを振り向くと、そこにはなんと秋月優の姿があった。


「えっ?」


 同じく驚いた俺も、優と全く同じ言葉を発してしまう――。

 それからどうして良いのかも分からず、ただ無言で見つめ合う二人――。


 久々に間近で見る優の顔は、幼い頃と変わらないようで変わっていた。

 あどけなさはまだ少し残っているものの、中学の頃に比べると大人っぽくもなっており、目の前の彼女はもう俺の知る幼馴染とは違う別人のように思えてくる。


 そんな今の優は、確かにクラスのみんなが名を挙げた通り、黙っていれば美少女と言えるだろう。

 髪や服装には無頓着でありながらも、それでも思わず目を奪われてしまうような魅力がある。


「次の方ー、どうぞー」

「あっ、は、はい!」


 すると、丁度レジが空いて俺の順番が回ってくる。

 助かったと思いつつ俺は、優から逃げるように慌ててレジへと向かう。

 もう年単位で会話をしていない幼馴染と、今更こんなところで何を話せばいいのか分からなかったのだ。


 ――それに何より、優が好きな相手は翔太だろうしな。


 だから俺は、精算を済ませると足早に店をあとにする。

 見たくない現実から逃げ出すように――。



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