36話:料理 ~ 正妻の余裕が見えたもん ~

 ~ 本日の昼食(朝食兼任) ~


・魚介たっぷり焼きそば(目玉焼き付き)/世話係:ビクトリア作

・トマトとアボカドのサラダ/犬神いぬがみいちご


「ふぅ~、美味かった。ご馳走様」


 合掌パシッ

 ローテーブルを囲んだソファー席で、5人の中で最初に食べ終えた彩人あやとが両手を合わせ、少し膨れたお腹をさすさすと撫でる。


 彼はそのままゴロンと背もたれにもたれかかり、テラス席に繋がらすガラス扉に目を向ければ、“雪の降る真夏のオーシャンビュー”。

 手前は雪、その奥は太陽光を受けてギラギラ輝く海と、何とも季節感のバグった、しかし妙に美しい景色が広がっていた――が。


 まだ食べ終えていない女性陣の話題は「料理」の方へと向いており、焼そばをモグモグと噛み締めるいちごは感心した様子で正面の女性に話しかける。


「この焼きそば、本当に美味しいです。ビクトリアさんってお料理上手じょうずなんですね」


「そうなのだ。ビクトリアの料理は美味いのだ」


 と、何故か自分が胸を張るダークエルフの少女:エリスはさておき。

 その隣の世話係:ビクトリアは「それほどでもありません」と謙遜する。


「片手間に覚えただけなので、プロと比べたらまだまだですよ」


「プロと比べてる時点で十分凄いですよ。盛り付け方も綺麗で、お洒落なお店みたいでしたし」


「ありがとうございます。ですが、褒めても何も出ませんよ?」


 クールな性格だからか、それとも単に褒められ慣れていないだけか。

 変わらぬ顔で淡々と受け答えするビクトリアは、彩人あやとに次いで食べ終わってから再び口を開く。


「そういう犬神いぬがみいちご氏のサラダも美味しかったですよ。あの慣れた手つきは、普段から料理をされている方とお見受けしました」


「いえいえ、私のサラダは切って混ぜただけですから。ドレッシングもレシピ通りのものですし」


「それが出来ている時点で料理上手じょうずですよ」


「確かに、いちごは料理上手うまいよな」と彩人あやとも肯定。

 特に深い意味は無く、何となく会話に入っただけだったが、これに反応したのは義理の妹:兎衣ういだ。


彩人あやといちご君の手料理食べたことあるの?」


「あぁ、何回かあるぞ。親が仕事でいない時とか、そんな回数は多くないけど全部美味かったな」


「えへへ」と照れるいちごの隣で。

「へ、へぇ~……」と兎衣ういは平静を装いつつも動揺した顔。


 それに気づかぬまま、いちごが会話のボールを彩人あやとに投げる。


「でもさ、それで言ったら彩人あやと君もお料理出来るよね。チャーハンとか卵焼きとか普通に作れるし」


「料理と言っていいレベルかどうかは怪しいけどな。チャーハンは炒めるだけだし、卵焼きは焼くだけだ。味付けも雑だし」


「それはそれでワイルド感あって美味しいよ」

 彩人あやとにフォローを入れつつ、ここでいちごは隣の少女へ話を振る。

「ねぇ、兎衣ういちゃんは得意な料理とかある? 私、異世界風の味付けとかちょっと興味あるんだけど」


「え? え~っと、そうだね……ゆ、ゆで卵とかなら」


「あ……(察し)」


 スッと目線を逸らすいちご

 途端、兎衣ういは立ち上がり涙目で吠える。


「な、何だいその目は!? 料理が出来ないと女の子として認められないとかッ、そんな時代錯誤な価値観の押し付けはよくないよ!?」


「べ、別に何も押し付けてはいないけど」


「いいや、押し付けてる!! 空気でわかるよッ!! 彩人あやとのお嫁さんとして自分の方が勝ってるな、っていう正妻の余裕が見えたもん!!」


「正妻だなんてそんな……悪くない響きだけど」


 紅潮ポッ

 頬を赤らめ恥ずかしそうに手を合わせるいちご

 そこに兎衣ういの言う通り「正妻の余裕」とやら見えるどうかはさておき、涙目の兎衣ういをエリスが放っておく筈がない。


「安心して下さいウイ姉様ねえさま、アタシも料理出来ない仲間ですよ。むしろアタシだけが、ウイ姉様ねえさまの本当の仲間なのです」


 グッと親指を立てて兎衣ういを励ましたつもりのエリスだが、それで喜ぶ人はいないだろう。


「そんな仲間は嫌だ!! 彩人あやと、料理出来なくてもお嫁に貰ってくれるよね!? それとも料理出来ないと駄目なの!?」


「え? いやまぁ、別に料理の出来る出来ないで決める訳じゃないけど……」


「でも彩人あやと君。料理が出来ないよりは、出来た方がいいよね?」ここでいちごが追撃。


「え? まぁそれは……出来ないよりは、な」彩人あやとが正直に答えた結果。


「うぐッ……」と兎衣ういが悔し気に唇を歪める。


 ここまでの流れは兎衣ういの完敗。

 元:勇者という肩書きは何の役にも立たないが、しかし勇者生活で培った「負けん気」はあるのだろう。

 彼女はすぐに顔を上げ、自分が持っていた皿の主役こと「焼きそば」を作ったビクトリアに声を掛ける。


「ビクトリアさんッ、この合宿でボクに料理教えて!! いちご君よりも美味しい手料理を彩人あやとに食べさせるんだ!!」


「はぁ、別に教えるのは構いませんが、犬神いぬがみいちご氏より美味しく作れる保証は出来ませんよ。料理は愛情と申しますからね」


「それなら大丈夫。いちご君よりも圧倒的に大きな愛情を込めるから」


 こめかみに血管ピクッ

 珍しく、いちごの額に血管が浮かんだ。


「へぇ~? それはつまり、兎衣ういちゃんの方が、私よりも彩人あやと君への愛情が大きいって言いたいの?」


「勿論。一緒に居た時間はいちご君より短くても、彩人あやとを想い続けた時間ならボクの方が長いからね。当然、ボクの方が彩人あやとの愛情は大きいに決まってる」


「そんなの決まってないし。っていうか、そもそも一緒に居た時間が長い方が愛情も大きくなるし」


「そんなの誰が決めたんだい? 証拠の論文でもあるの?」


「それは私の台詞でしょ? 兎衣ういちゃんこそ変な論法持ち出さないでよ」


「変な論法を持ち出したのはいちご君の方だろ?」


「いいえ、兎衣ういちゃんです」


「いいや、いちご君だ」


兎衣ういちゃん」


いちご君」


兎衣ういちゃ――」



「まぁまぁ、二人共落ち着いて」



「「彩人あやと(君)は黙ってて!!」」


「は、はいッ」


 バチバチと交錯する乙女の視線。

 その仲裁に割って入った彩人あやとだったが、結果は惨敗。

 成果を残せず敗走するしかなかった彩人あやとの肩を、エリスがポンッと叩く。


「――アカバネアヤト、どうやら余ほど死にたいらしいな?」


「何でだよ!? せめてそこは励ましてくれッ」



 ■



 昼食後のいざこざを経て。

 いちご兎衣ういによる拳を交えた本気の喧嘩が始まる訳もなく。

 だけど微妙にギクシャクした二人の空気を吹き飛ばすかの如く、ダークエルフの少女:エリスが宣言する。


「さぁウイ姉様ねえさま、ここからが合宿の本番ですよ。邪魔者:アカバネアヤトの居ない温泉で、スーパーミラクル・ハイパーイチャイチャ・キャッキャウフフ大作戦タイムです!!」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)」も是非。

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