34話:船出 ~ 異世界庁怖い ~

 時代的にも「時間の問題」だったのだろう。

 いちごが利用しているSNSに、雪に降られるモーターホームの写真が上がっていた。

 どう見ても彩人あやと達が乗っている車種に間違いなく、真夏に起きた不思議な現象は、軽々とネットの海に船出してしまったらしい。


「駐車場で写真撮られてたから、もしかしたらとは思っていたけど……やっぱこうなるか」


「夏に降る雪なんて珍し過ぎるし、しかも車が凄いもんね。写真を上げちゃう気持ちはわかるかも」


 投稿者の気持ちを代弁するいちごだが、とは言えあまりよろしい状況ではない。

 スモークガラスと反射のおかげで、唯一シェードを外していた窓からも中の様子がわからないのは救いだが、必要以上に目立っている事実は変わらないだろう。

 後ろから覗き込んでいた兎衣ういも、写真見て「う~ん」と難しい表情を浮かべる。


いちご君、ちょっとスマホ借りるよ」


「あ、うん」


 ヒョイとスマホを借りて、兎衣うい(彩人の姿)が運転席に座る世話係に見せる。


「ビクトリアさん、これどう思います?」


「おやまぁ、これはよろしくありませんね」


「ですよね」


「えぇ。この地球において“魂乃炎アトリビュート”の存在は正式発表されていませんし、これが大きく拡散されてニュースになると面倒です」


 言うな否や、ビクトリアはハンドル中央のスイッチで自動運転モードに切り替え。

 そのハンドル横に設置していたスマホホルダーから自分のスマホを手に取り、電話帳から目的の番号に通話をかける。


「もしもし。――あ、はい。その件に関してです。――えぇ、――えぇ、はい。ではそれでお願いします」


 通話終了プッ

 スマホをスマホホルダーに戻すと、ビクトリアは開口一番「安心して下さい」と告げた。


「今、異世界庁に連絡したのですが、このモーターホームの写真については既に把握していたみたいです。写真をアップしたアカウントは一時凍結し、強制的に全ての画像を消去。AI判定により、このモーターホームを映した写真をアップしたアカウントは同じ対応を取るそうです。それからスマホに写真が残っていては面倒なので、対象者のスマホを遠隔操作して写真を消去するとのことでした」


「なるほど、それなら安心ですね」とホッと安堵する兎衣うい(彩人の姿)。

 その後ろでは、「ビクトリアは何を言っているのだ……?」とエリスが戸惑い。

 残った彩人あやと(兎衣の姿)といちごは軽く血の気が引いた顔で、手を取り合ってブルブルと震えていた。


「「い、異世界庁怖い……」」



 ■



 ~ 3時間後 ~


 バスの運行ルートだったら絶対に相応しくない、人気ひとけの無い山道をひたすら進み。

 モーターホームが遂にその足を止めたのは、森を切り開かれた敷地にある普通自動車10台は止まれそうな駐車スペースだ。

 そこから少し歩いたところに三角屋根の立派なログハウスがあり、スロープと階段を降りた先には遮るものが無いオーシャンビューが広がっている。


 本来ならテンション上がるその光景を前にはしゃぎたくなるところだが、案の定降り続けている雪に彩人あやとのテンションもダウン――している訳ではない。

 確かに雪は降り続いているが、彩人あやと達は全く別のことでテンションが上がり、そわそわしていた。


「そろそろか?」「そろそろだね」「そろそろだよ」「そろそろなのだ」


 ビクトリア以外の4人が、今か今かと待ちわびている――その時間もここまで。



 ピカ―ッ。



 彩人あやと(兎衣の姿)と兎衣うい(彩人の姿)の身体が放った、突然の光。

 その眩しさに全員が「うっ」と怯んだ直後。


「お? 俺の前に兎衣ういが居ると言うことは……」


「うん、ボクの前にも彩人あやとが見えるよ。つまり、ボク等の魂が戻ったみたいだね」


 先程まで彩人あやと(兎衣の姿)だった彩人あやとは本来の彩人あやととなり、先程まで兎衣うい(彩人の姿)だった兎衣ういは本来の兎衣ういとなる。

 つまり、魂の入れ替わりから24時間が経過し、ようやく二人が元通りの状態になったのだ。


「ウイ姉様ねえさま~~!!」


 元に戻った余韻に浸る間もなく、間髪入れずにエリスが兎衣ういにダイブ。

 この瞬間を待ちわびていたと言わんばかりに遠慮なく押し倒し、ソファに倒れた兎衣ういの胸にグリグリと自分の頭を押し付ける。


 吸うす~ッ吐くはぁ~ッ吸うす~ッ吐くはぁ~ッ


吸うす~ッ、はぁ~~~~、本物のウイ姉様ねえさまです~~!! やっとアタシのウイ姉様ねえさまが帰って来て下さいました。この時をどれだけ待ちわびたことか……ッ」


「全く、エリスは大袈裟だなぁ。ずっと一緒の空間に居たじゃないか」


 苦笑いを浮かべつつも、拒否することなくエリスの頭を撫でる兎衣うい

 そんな仲睦まじい光景の隣では、ようやく元に戻った彩人あやとが背伸びしたり身体を捻ったりと、自分の身体を確かめている。


「やっぱ自分の身体はしっくりくるな。目線の高さもいつも通りだし、いちごもいつも通り小さいな」


「む~ッ、私の成長期はこれからだよ。来年には彩人あやと君を追い越すんだからね」


「虚勢を張るな、既にお前は十分成長してるから(人前だし、あえてどことは言わないが……)」


「……彩人あやと君、目は口ほどに物を言うんだよ?」


 ジト目。

 目線でバレていたのかいちごが不機嫌そうに唇を歪めるも、この程度のやり取りは怒るに値しない。

 すぐに機嫌を元に戻して安堵の表情を浮かべた。


「とにかく、二人が元に戻って良かったよ。入れ替わりが終わらなかったら、また色々と大変だったし」


「ちょっと惜しい気もするけどな。でもやっぱ自分の身体が一番だ」という話で話題をまとめ。


 ここでようやく、彩人あやとの視線が窓の外に向けられる。


「しかしまぁ、これまたカッコいいログハウスだな。これも合宿の為にエリスが買ったのか?」


「当然なのだ。しばらく使われてなかったみたいだけど、ちゃんと業者に頼んで綺麗にして貰った――と、ビクトリアが言っていたのだ」


「えぇ。インフラ関連も整っていますし、着の身着のままで来ても困ることは何もありません。ただ、少し気になる報告を受けて……いえ、何でもありません」


「何かあったのだ?」


「いえいえ、エリスお嬢様が気にすることではありませんので」


「んん?」


 ビクトリアが言葉を濁すのは珍しい。

 エリスが首を捻るも、「気にすることではない」と言われればそこまで。

 特に追及することもなく、また追及する時間を取らせないようにか、ビクトリアが矢継ぎ早に口を開く。


「それより皆さん、お腹空いたでしょう? ログハウスで遅めの朝食兼昼食にしましょう」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)」も是非。

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