33話:視線 ~ 今は私の『あ~ん』タイムだよ ~

 野次馬達から逃れる為、道の駅を出発したモーターホーム。

 ここから目的地までは高速道路ではなく下道を走る為、どれだけ運が良くても信号に捕まる運命からは逃れられない。

 出発して5つ目の交差点で遂に赤信号に捕まると、少し遅れて舞い落ちた雪がフロントウィンドウでジワリと解けた。


「残念ながら、野次馬ではない方の問題は対処しようがないですね」


 運転席から覗き込むように空を見上げる世話係:ビクトリアが「はぁ~」と溜息を吐く。

 その言葉の意図を汲み取り、続けて彩人あやと(兎衣の姿)も覗く様に空を見上げると、そこにはどんよりとした鉛色の雪雲が浮かんでいる。


「2つあるって言ってた問題のもう1つはコレか」


「えぇ。見ての通り“雪雲”は我々に付いて来ています。誰に付いて来ているのかは検証しないとわかりませんが、日本中で我々だけが、今日1日雪の天気になることは間違いないでしょう」


「むぅ、それは困ったのだ。『ウイ姉様の洗脳解除合宿』のメインは、ビーチで輝くウイ姉様ねえさまの水着姿だというのに……」


 浮かぬ顔を浮かべたのはダークエルフの少女:エリス。

 他の誰でもないこの事象を起こした張本人が、わかり易くプクっと頬を膨らませると、話に出された兎衣うい(彩人の姿)が「え?」と驚く。


「ボクの水着が合宿のメインなの?」


「はい、そうなのです。プライベートビーチでウイ姉様ねえさまとキャッキャウフフして、アカバネアヤトのことを忘れさせる合宿だったのですが……まさか、雪が降るとは計算外でした。おのれアカバネアヤトめ……ッ!!」


「俺のせいじゃないだろ。そして兎衣ういの時だけ口調が違い過ぎるぞ」


「当たり前だ。ウイ姉様ねえさまとそれ以外には、天と地ほどの差があるのだからな。この世界はウイ姉様ねえさまか、ウイ姉様ねえさまじゃないかの2択なのだ」


 威張るえっへんと、エリスが偉そうに胸を張ったところで信号が青に。

 モーターホームが進み出して法定速度に到達すると、ビクトリアはハンドル中央のスイッチで自動運転モードに切り替える。


「エリスお嬢様、これから如何しましょう。このまま合宿先へ向かって大丈夫ですか?」


「むっ、何か問題でもあるのか? 雪で走れないとか」


「いえいえ、幸いにも雪はすぐ解けますし走行に支障はありません。そもそも走っている間は雪が降るのは車の後方ですからね。ただ、ビーチに滞在するとなればそれなりの積雪が予想されます。恐らく我々の周囲だけは気温も下がるでしょうし、水着になるのはちょっとした苦行かと」


「それなら問題無いのだ。ビーチでキャッキャウフフ大作戦は雲行きが怪しくなってきたが、そうなったらそうなったで、今度は宿泊先の温泉でキャッキャウフフ大作戦に変更するだけなのだ。あと数時間でウイ姉様ねえさまとアカバネアヤトの入れ替わりも終わるし、何も問題は無い」


「わかりました。それではこのまま合宿先へ向かいます。朝食がまだでしたが、この状態で何処かに止まると注目の的になってしまいますからね」


 と真面目な会話(?)が繰り広げられている間に。

 先のエリスの台詞により、彩人あやとは今一度「自分が置かれた状況」を思い出す。


(そうか、この姿もあと数時間で見納めか……ちょっと惜しいな)


 思春期真っただ中の男子高校生が、現在進行形で美少女の姿。

 これまで表面上は紳士を気取りつつも、女の子の身体に興味が無いと言えば真っ赤な嘘になる訳で。


「――彩人あやと君、その手は何を触ろうとしてるのかな?」


「はっ!?」


 幼馴染み彼女:犬神いぬがみいちごの冷ややかな声。

 無意識下で自身に心臓マッサージを行おうとしていた手を下ろし、彩人あやと(兎衣の姿)は誤魔化す様にビクトリアとエリスの会話に割って入る。


「なぁ、結局今日は朝飯抜きか? 腹減ってんだけど」


「申し訳ありませんが、合宿先に着くまでは長時間の駐車を避ける方針です。代わりにお昼を早めますが、どうしても我慢出来ない方は調理が必要無いモノを各自食べて下さい」


「ってことらしいぞいちご。何か食べるか? 腹減ってるだろ?」


「………………」


「い、いちごさん?」


彩人あやと君が、『あ~ん』ってしてくれたら食べるかも」


「うっ……(参ったな、機嫌を損ねたか)」


 自身の胸 = 兎衣ういの胸を触ろうとしたのだから致し方ない。

 未遂で終わったのは結果であり、無意識下でも犯行の意図があったことそのものが問題なのだ。

 大好きな彼氏が自分以外の女の身体を触ろうとしていたら、そりゃあ機嫌の1つも悪くなるというものだろう。


(しょうがない。悪いのは俺だし、こうなったらいちごの機嫌が直るまで言いなりになるしかないな)



 ■



 ~ 数分後 ~


彩人あやと君、『あ~ん』」


「あ、あ~ん……(気まずいッ、周りの視線が痛いッ)」


 朝食はバナナとヨーグルトに決定。

 調理の必要が無く手軽に食べれて健康的だが、口を「あ~ん」と開けたいちごに食べさせるのは、彩人あやと(兎衣の姿)と言えども流石に恥ずかしい。

 デート中で二人の世界に入っているならともかく、運転席に座るビクトリアを覗いても2つの視線がこの場にはあるのだ。


 視線その①:エリスは「何やってんだこいつ等?」みたいな冷めた視線。

 視線その②:兎衣うい(彩人の姿)はいちごの隣に座り、羨ましそうな瞳でジ~っと『あ~ん』を見つめている。


彩人あやといちご君の次はボクにも『あ~ん』してね」


「いやいやいや、それは流石に勘弁してくれ。自分の姿をした奴に『あ~ん』するのはキツイって」


「え……いちご君には『あ~ん』するのに、ボクには『あ~ん』してくれないの?」


「うっ、俺の顔で悲し気な表情をしないでくれ……」


「ちょっと彩人あやと君、今は私の『あ~ん』タイムだよ」


「わ、悪い。ほらいちご、『あ~ん』……って、だから兎衣ういは泣きそうな顔するな」


 いちごの口に入れたバナナ越しに見える自分(彩人あやと)の顔。

 今にも泣き出しそうな何とも情けない表情をしており、そのまま放置することは自尊心が許さなかった。

 今だけサラサラの長い髪をクシャクシャと掻き分け、彩人あやと(兎衣の姿)はフルフルと首を横に振る。


「――あぁもう、わかったよ。入れ替わりが終わったら兎衣ういにも『あ~ん』してやるから、だから今は大人しくしてろ」


「本当? やった~。彩人あやとに『あ~ん』して貰えるなんて、この合宿を計画したエリスには感謝だね」


「ぐぬぬ……こ、こんな事の為に合宿を計画したんじゃないのだ!!」

 バンバンッとソファを叩き、エリスは悔し気に唇を歪める。

「入れ替わりが終わったら、ウイ姉様ねえさまこそアタシに『あ~ん』して下さい!! してくれなきゃ引くほど泣き喚きます!!」


「うん、それくらい別にいいよ。エリスに『あ~ん』するなんて朝飯前だしね」


「本当ですか!?」

 パァーっと笑顔の花を咲かせ、それからキッと彩人あやと(兎衣の姿)を睨む。

「どうだアカバネアヤトッ、これがアタシとウイ姉様ねえさまの絆――いいや、『愛』なのだ!!」


「いや、どうだと言われましてもね。仲が良いなとしか……」


 かくして一悶着ありつつも、順調に合宿先へと進むモーターホーム。

 このまま何事も無く時間が過ぎれば御の字だったが、スマホを見ていたいちごが「あっ」と声を上げる。


「どうしたいちご


「見て見て彩人あやと君。“見覚えのある車の写真”が、SNSにアップされてるんだけど」


「ん? ――あっ」


 いちごが見つけたSNSの写真とは他でもない。

 どこぞの道の駅の駐車場で、季節外れの雪に降られる馬鹿でかいキャンピングカー:モーターホームの写真だった。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)」も是非。

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