29話:道駅 ~ そんな文句は地球に言ってくれ ~

「「「ご馳走様でした」」」


 既に35度の猛暑日を記録し、40度の「酷暑」も見えてきた本日。

 フードコートでの食事を終えた彩人あやと達一行は、灼熱の太陽に身を焦がしつつ駐車場に停めたモーターホームへ戻った。


 鉄板焼きでも出来そうなアスファルトの上を小走りで駆け抜け、クーラーの効いた車の中で一段落。

 灼熱地獄から天国への温度差に、皆がぐでっとソファーに寝転んだところで、運転席に座る世話係:ビクトリアがグイっとシートを斜めに倒す。


「私はしばらく仮眠……じゃなくて瞑想しますので、出発は30分後にします。サービスエリアを見て回りたい方はお好きにどうぞ」


 そのまま瞑想と言う名の眠りについたビクトリアだが、彼女の話を踏まえて外に出るものは誰も居ない。


「俺達が昼メシ食ってる間に、えらく気温が上がったからなぁ。今更もう一回外に出る気とか全くしねーわ」


「「右に同じ~」」といちご兎衣うい(彩人の姿)が賛成。

 その横では、ダークエルフの少女:エリスが着込んでいたパーカーを速攻で脱ぎ捨て、元の露出度高めな衣装に戻っている。


「全く、ニッポンがこんなに蒸し暑いなんて聞いてないのだ。これも全部アカバネアヤトのせいなのだ」


「何で俺の責任になるんだよ。そんな文句は地球に言ってくれ」


「ふんッ。星に文句を言う暇があるなら、くーらーとやらを強くするのだ。妄想では涼しくならないのだぞ」


「お、おう……実に現実的な提案だな」


 まともな意見に拍子抜けするも、提案自体には大賛成。

 モーターホームに搭載された家庭用エアコンの設定温度を下げつつ、「それにしても」と話を切り替える。


「ダークエルフがサービスエリアに現れたってのに、大した騒ぎにはならなかったな。こんな長い耳の人間なんか誰も見たこと無い筈なのに、何人かチラチラ見てた程度だ」


「うん。私もそれを心配してたんだけど、杞憂に終わって良かったよ」

 エリスが脱ぎ捨てたパーカーをいちごが拾い、それを畳んでテーブルに置いて。

「パッと見は夏休みで日焼けしただけか、もしくは外国の人としか思わなかったみたいだね」


「だな。普通はこんな場所に異世界人が居ると思わないだろうし。しかもその異世界人、うどんを食って美味しかったのはいいけど、調子に乗っておかわりして、食べ切れなくてビクトリアさんに怒られて――」



超絶うるとらスリーパーホールド!!」



 首絞めグイッ!!


「うぐっ!?(何故にプロレス技!?)」


 何故にプロレス技かはさておき、彩人あやとが犯した罪の名は「侮辱罪」。

 エリスによる本気の首絞めを喰らってしまったが、侮辱の言葉を発した口は兎衣ういの身体だ。

 すぐさま「エリスッ、それボクの身体だからね!?」という兎衣うい(彩人の姿)の介入により、彩人あやと(兎衣の姿)は失神する前に無事(?)解放と相成った。



 ■



 昼食後のゴタゴタを抜かせば、午後の時間は非常に穏やかなモノとなった。


 色々あって完全に忘れていた「補習」の為、授業の動画をタブレットで見たり。

 スマホで可愛い動物や料理の動画を見たり、持参して来た苺柄のトランプで皆と遊んだり。

 異世界の頃からやっているという柔軟運動を、補習中の誰かさんの前で見せつける様にやってみたり。

 いちごの胸を揉んでは怒られたり、兎衣ういの胸を揉もうとして、中身が彩人あやとだと気付いてハッとしたり。

 自動運転なのをいいことに、運転中なのに昼寝したり……等々。



 各々に、時に皆で賑やかな時間を過ごし。

 エリスでさえ忘れてそうな『ウイ姉様の洗脳解除合宿』は、ようやく初日の夜を迎える。



 ~ 午後19時 ~


 出発から12時間が経過し、ビクトリアが運転するモーターホームは高速道路を降りた。

 馬鹿デカい図体の車で一般道を走り、道行く人々に「あれ、ここってバス通るんだっけ? って、バスじゃない!?」と吃驚させつつ。

 今回の合宿先まで“あと2歩くらいの場所”にある「道の駅」へ駐車。


 東の空からは夜が訪れ、太陽が山肌に身を隠した西の空が最後の輝きを放つ中。

 ここへ駐車したのは一時的な休憩の為ではなく、「初日の車中泊」は事前の説明にもあった通りだ。

 その事前の説明を彩人あやとに行ったビクトリアが、数時間ぶりに運転席から後ろの4人に声を掛ける。


「本日はこの道の駅で車中泊です。口コミでも大変評判の高い入浴施設がありますので、皆さんにはここの施設を利用して頂く予定でしたが……問題のある人物が2人居ますね」


「言われなくてもわかってるよ。俺と兎衣ういは留守番してる。それでいいだろ?」

「くそう。本当は女湯に入って、愛しの義妹の肢体をこの目に焼き付けたかったのに~ by彩人あやと


「……おい兎衣うい、俺の心の声を勝手に捏造するな」


「捏造じゃないよ。彩人のこの頭に浮かんだ想いを言葉にしただけさ」


 冷ややかな視線を送る彩人あやと(兎衣の姿)に対し、兎衣うい(彩人の姿)は明後日の方を向いて知らん顔。

 自分の顔に知らん顔されるというのも中々に貴重な経験ではあるが、別に経験したところで得るモノも無い。


兎衣ういのやつ、俺の身体だからって好き勝手言いやがって……)


 彼女がそう来るのであれば、同じ理論を使って反撃しようかとも思った彩人あやと(兎衣の姿)だが、馬鹿みたいな会話で温泉を先延ばしにするのも悪い。

 やれやれと肩を竦める程度の反応に留め、「気にせず行って来てくれ」と3人を送り出した。



 結果的に、二人きりとなった空間モーターホームで。

 まさか兎衣うい(彩人の姿)が大胆な行動に出るとも知らずに――。


 ――――――――――――――――

*あとがき

残り2話で【2章:『ウイ姉様の洗脳解除合宿編(前編)』】は終わりです。

(思ったより長くなったので、章を分割することにしました。まぁそんなに意味も無いのですが)

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