28話:顔色 ~ 愛の告白であれば受け付けていませんよ ~

「おぉ~ッ、何かワクワクするのだ!!」


 異世界から来たダークエルフの少女にとって、サービスエリアに限らず地球の文化は目新しく映るのだろう。

 彩人あやと達が訪れた御武荷おぶにサービスエリア、その中でも一番大きな施設に入ると、エリスが子供らしくキラキラと瞳を輝かせた。


 入口付近には様々な土産物や地元の名産品が並んでおり、奥の方にはレストランやカフェ/パン屋の店舗と共に結構広めのフードコート。

 昼食選び放題と言っても過言ではない状況に、エリスのみならず自然と彩人あやと(兎衣の姿)のテンションも上がる。


「おいエリス、一回グルっと一周してから昼飯決めようぜ」


「むむっ、アカバネアヤトのくせに良い提案をするじゃないか。いいだろう、その案に乗ってやるのだ」


 そもそもここに至るまでも、様々な香りで誘惑する「屋台群」を突破して来た彩人あやと達一行。

 昼食への期待が2倍にも3倍にも膨らんでいる状態であり、彩人あやと(兎衣の姿)の提案をエリスが素直に受け入れ、二人は早速歩き出す。


 その光景を微笑ましく見守っていたいちごも二人の後に続こうとして――しかし、彼女の足はピタリと止まる。

 理由は他でもない、彩人あやとの姿となった兎衣ういの“この台詞”だ。


「あ、ボクはちょっとトイレ行って来るよ」


「え? 兎衣ういちゃん、ちょっと待って。行くのって女子トイレじゃないよね?」


「そりゃまぁ、行くなら男子トイレだね。明日になるまで今の状態は解けないし、彩人あやとの姿で女子トイレに入ったら警察呼ばれることになるから」


「それはそうなんだけど……」


「あー、うん。いちご君の言いたいことはわかるよ。彩人あやとがボクの姿でトイレを済ませた、“あの問題”の逆パターンだからね」


 兎衣うい(彩人の姿)は全て理解している。

 その上で、サラッとトイレに行って来れば誤魔化せるかとも思ったが、それを許してくれるいちごではなかった。

 となると、解決出来得る手段は自ずと限られてくる。


いちご君、一緒にトイレに行こうか。いちごが全部見てれば問題無いよね?」


「う、うん。まぁ一応は……でも、私が男子トイレに入る訳にはいかないし」


「だね。当然サービスエリアには“多目的トイレ”もあるけど、中身はともかく、外見上は男女であるボク等が二人で入る訳にもいかない。――そういう訳でビクトリアさん、車のキーを貸して貰えるとありがたいんだけど」


 公共施設のトイレが使えないとなれば、残る希望は“前例”がある『走る豪邸』ことモーターホームだけ。

 兎衣うい(彩人の姿)がビクトリアに手を差し出すと、彼女は特に渋る仕草も見せず、ポケットから車のキーを取り出した。


兎衣うい様。トイレの様子は面白そうなので、是非とも動画に収めておいて下さい」


「いや、流石にそれはどうかと……動画を撮ってどうするの?」


「そうですね。特に使い道は決めていませんが、何か赤羽あかばね彩人あやと氏が問題を起こした時、その動画を脅しの材料に使えればなと思いまして」


「ふ、普通にエグイ使い道だった。流石に動画は可哀想だから辞めておくよ」


 何食わぬ顔でとんでもない要求をしてきた世話係に、何とも言い難い微妙な視線を返し。

 それから兎衣うい(彩人の姿)といちごの二人は、一時的にモーターホームへと戻った。



 ■



 ~ 20分後 ~


「遅いぞ二人共、一体何処で何してたんだ?」


 エリスと共にサービスエリアの施設を一周した後。

 フードコートの座席にエリスと対面で座り、壁際に並んだ店を見ながら昼食を悩んでいた彩人あやと(兎衣の姿)が、遅れて姿を見せたいちご兎衣うい(彩人の姿)を軽く叱責。


 自分の隣にいちごを、エリスの隣に兎衣うい(彩人の姿)を座らせ。

「それで、昼食はどれにする?」と尋ねたところで、遅れた二人の“異変”に気付く。


「ん? 何か二人共……顔が赤くないか?」


「そ、そんなこと無いよッ、彩人あやと君の勘違いじゃない!? ねぇ兎衣ういちゃん!?」

「そ、そうだよッ。ボク等はいつも通りさ。彩人あやとの顔色はいつもこのくらいだよ!!」


「そうか? 流石にそこまで赤くないと思うが……まぁいいや。熱中症にならないよう気を付けてくれよ。そんで、昼飯を何にするかだけど――」


 男子だから、という訳でもないだろうが。

 今現在、彩人あやと(兎衣の姿)の頭は昼食のことで一杯。

 二人の顔が赤い理由を必要以上に追及することはなく、この話題転換にいちご兎衣うい(彩人の姿)もホッと安堵の表情を浮かべる。


 そんな二人の事情を唯一知っている人物こと世話係:ビクトリアは、エリスの背後に立って「お嬢様」と声を掛けた。


「昼食のメニューはどれになさいますか? 異世界に無い食べ物で言えば、タコ焼きなんかは日本らしくてお勧めですよ」


「アタシは、既にあの“うどん”という麺類に決めたのだ。ちくわ(?)とかいうやつとエビのてんぷーらも付けるのだ」


「かしこまりました。では早速、私が買って参ります」


「あっ……」


「どうされました? やはり他のメニューにされますか?」


「……いや、さっきのやつでお願いするのだ」


「? わかりました。ではしばらくお待ち下さい」


 ビクトリアが僅かに頭を捻るも、会話の中に特別おかしな点も無かった。

 エリスが何を気にしたのかわからないが、基本的に言いたいことは口に出すのがエリスという少女なのだと、彼女はその認識でいる。

 とりあえず言われたメニューを買って来れば文句も無いだろうと、すぐ歩き出した世話係――その腕を彩人あやと(兎衣の姿)が掴む。


「なぁビクトリアさん」


「何でしょう? 愛の告白であれば受け付けていませんよ」


「そうじゃなくて。ちょっとこっちに」

 ここで彩人あやと(兎衣の姿)はちょいちょいと手招きし、仕方なしに耳を近づけた彼女に小声で告げる。

「多分だけどさ、エリスは自分で買いに行きたいんじゃないか?」


「え? どうしてそう思われたのですか?」


「いや、さっきフードコートを見て回ってた時、滅茶苦茶楽しそうにしてたから。まぁそれだけの理由なんだけど」


「………………」


 無言、その後。

 ビクトリアはクルリと振り返る。


「エリスお嬢様、お買い物も“異世界体験”の一環です。よろしければご一緒に如何です?」


「むっ? 何だビクトリア、一人で買い物も出来ないのか。それならしょうがない、アタシが手伝ってやるのだ」


 空腹時の魚ばりに、釣り針を垂らしたらすぐに喰いついた。

 ニヤニヤを隠せない顔で椅子から立ち上がったエリスを見て、ビクトリアは静かに、彩人あやと(兎衣の姿)にだけ聞こえる声でポツリ。


「――少しだけ見直しました。ただのロリコン野郎じゃなかったのですね」


「いやだから、俺はロリコンじゃないって」

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