26話:尿意② ~ 具体的な描写は避けるが ~

 ある意味で彩人あやと(兎衣の姿)の目が覚めた。

 トイレに行こうとしたら、幼馴染み彼女:犬神いぬがみいちごが衝撃の言葉を放ったのだ。


「扉は開けたままでお願い」と――。


 一瞬理解出来ず「……は?」と返した彩人あやと(兎衣の姿)に、今度はいちごが半分涙目で訴える。


「だってぇ~、兎衣ういちゃんの身体になった彩人あやと君が、誰にも見えない個室でパンツ下ろしたら何するかわからないもん。せめて私の見えるところでパンツ下ろしてよ」


「えぇ~? いや、そこは信用してくれよ……」


「信用したいけど、私だって不安なんだよ? こっちの気持ちにもなってみてよ。逆の立場だったらどう思う?」


「うっ……(それを言われると何も言い返せない)」


 逆の立場なんて想像もしたくも無い彩人あやと(兎衣の姿)だが、その想像したくない想いを最愛の彼女に抱かせているのが実情。

 そこを突かれると強く否定出来る訳も無く、そもそも今は言い合っている時間が惜しいと言うか、とにかくさっさと済ませたい。


「それじゃあ扉は開けたままするから、それでいいな?」


「え? それはそれで、今度はボクが嫌なんだけど……」


 想定外の事態に兎衣うい(彩人の姿)がごねるも、ダークエルフの少女:エリスがそれを制する。


「いえ、それでいきましょうウイ姉様ねえさま。確かにおっぱい星人の言う通り、アカバネアヤトに個室でウイ姉様ねえさまのパンツを下させる訳にはいきません。皆で監視していればアカバネアヤトも変なことはしない筈です」


「別に見られてなくても変なことするつもりは無いんだが? ――とにかく兎衣うい、それでいいか?」


「くっ、わざわざパンツ降ろした姿を皆に見せる趣味は無いんだけど……それで二人が納得するならやむを得ない。彩人あやと、パンツはボクが降ろすから、このタオルで前を隠しながら座って」


 羞恥心よりも膀胱への心配が勝った。

 兎衣うい(彩人の姿)が彩人あやと(兎衣の姿)の足元に座り、タオルを目隠しにズボンを下げる。


彩人あやと、パンツ下ろすよ」


「お、おう」


 戸惑いながらの返事の後。

 兎衣うい(彩人の姿)が遂にパンツにも手を掛け、一気に下げた。

 途端、彩人あやと(兎衣の姿)を襲う初めての感覚。


(おぉ~、何というか……何とも言えないな)


 初めての“パンツが脱がされる”という感覚に加え。

 普段はボクサーパンツ&トランクスの二刀流である彩人あやとには未知の女性用下着。

 脱がした相手は自分の姿をしており、その後ろからは少女二人が興味津々で見守る異様な光景。


 普通なら緊張で中々出てこないだろうが、そこは限界に近かった尿意が優った。

 トイレに座り、周囲の視線をシャットアウトする為に彩人あやと(兎衣の姿)は目を瞑り、数秒後。



 音――。



 具体的な描写は避けるが、車のエンジン音に混じって排尿の音が響く。


「「「………………」」」


 流石に言葉に詰まるのだろう。

 全員が何となく顔を逸らす気まずい時間が過ぎ。


 相当我慢していた為か、それなりに長い時間を経て。

 やがて沈黙をもたらした音が終わった――そのタイミングで。


 緊張から解放されて瞼を開いた彩人あやと(兎衣の姿)が、ふと視線を落として気付く。


「あれ? なぁ兎衣うい、トイレの横にあるこのボタンって……」


「ん?」


 彩人あやと(兎衣の姿)の指摘に兎衣うい(彩人の姿)もトイレの横を見て。

 そこで「あっ」と声を上げた。



「このトイレ、“音姫”付いてるじゃん!!」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 かくして。

 兎衣うい(彩人の姿)の羞恥心を犠牲に幕を閉じようとしたトイレ事情だが、この話にはまだ続きがあった。


兎衣うい、パンツ上げていいか? それともお前が上げるか?」


 変わらずトイレに座ったまま、安堵の表情で尋ねた彩人あやと(兎衣の姿)。

 既に窮地は脱した為に「どちらでもいいや」の気持ちで尋ねた訳だが、返って来た答えは全くの別物。


「あ、待って彩人あやと。用を済ませた後はトイレットペーパーで綺麗に拭いて。強く擦ったりせずに、優しく数秒間押し当てるだけでいいから」


「そうなのか? 女の子は大変だな」


「えっ、逆に聞くけど男子は拭かないの?」


 信じられない、と言わんばかりの表情を浮かべた兎衣うい(彩人の姿)に、彩人あやと(兎衣の姿)は「う~ん」と微妙な反応。 


「まぁ半々だな。家じゃあ座ってしろって言われてるから小便でも拭くけど、学校とかの小便器じゃ拭きようが無いからな。基本はそのままだ」


「うわっ、汚いなー。彩人あやと、今度からは外でも個室でトイレしてね」


「気が向いたらな。そんじゃあ拭くぞ」


 元:勇者の身体にしては線の細い手で、トイレットペーパーを数回巻き取り。

 それを股へ持って行こうとした彩人あやと(兎衣の姿)に、いちごから「待った」がかかる。


「どうしたいちご?」


「ここに来て、彩人あやと君が兎衣ういちゃんの……その、触るのは流石にどうかなって」


「いや、触るつってもトイレットペーパー越しだぞ? 拭く為に当てるだけだ」


「それって結局、パンツ越しに触ってるのと一緒でしょ? 認められない」


「う~む……じゃあ悪いが、兎衣うい頼む」


「それも駄目」


「何でだよ?」


 自分で拭くのがアウトなら、再び兎衣ういに頼むしかない。

 そう思っての判断だったが、いちご的にはそれもアウトらしい。


「中身が兎衣ういちゃんでも、身体は彩人あやと君だもん。それって半分、彩人あやと君が触ってるようなものだし、認められない」


「でもそれは……えぇ~、じゃあどうすればいいんだよ?」


「私が拭くから」


 兎衣うい(彩人の姿)の右肩に手を置き。

 選手交代とばかりに一歩前へと踏み出すいちご

 しかし、それにも再び「待った」がかかる。


「待つのだ、おっぱい星人――もとい、イヌガミイチゴ。そんな美味しい仕事を、このアタシがタダで譲るとでも思ったか?」


 待ったをかけたのはダークエルフの少女:エリス。

 どういう思考回路なのかはわからないが、拭く役目を「美味しい仕事」と認識したらしい。


「エリスちゃん、拭きたいの?」


「当然だ。ウイ姉様ねえさまの大事なところを合法的にフキフキ出来るのだぞ? こんな美味しい仕事を容易く貴様に渡すものか」


「でも、中身は彩人あやと君だよ?」


「ぐっ、そうだった!! おのれアカバネアヤトッ、何処までもアタシをコケにしやがって……ッ!!」


「いや、この状況の原因作ったのお前だからな?」


 理不尽に飛んで来た怒りの視線を、彩人あやと(兎衣の姿)が華麗に受け流し。

 それを答えとばかりにいちごが宣言。


「そういう訳で、ここは私が拭きます。皆、文句無いよね? というか、文句あっても私がやるから」


「お、おう……」


 気迫に押された――そんなこんなのトイレ事変が終わって。

 今までのやり取りをどういう気持ちで聞いていたのか、運転席に座る世話係:ビクトリアが「皆さん」と久方振りに口を開く。


「そろそろお昼ですので、サービスエリアに寄りますよ」


 ――――――――――――――――

*あとがき

まさかトイレの話で2話使うとは……。

ちなみに「音姫」はTOTOのトイレにある「トイレ用擬音装置」の名称で、LIXIL(INAX)では「サウンドデコレーター」というそうです。

アメリカから輸入したモーターホームのトイレが「TOTO製」ということは、日本に持って来てからわざわざトイレを入れ替えたのでしょうか?

まぁ何にせよお金が掛かっていますね……。

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