25話:尿意① ~ 俺はもうトイレ行くぞ ~

 太陽が本気を出す一歩手前。

 寝そべったら砂風呂気分を味わえそうなアスファルトの上を走るのは、大型のキャンピングカー:モーターホーム。


 その運転席に座るダークエルフの少女:エリス――の世話係であるスーツ姿の女性:ビクトリアは、氷の入った涼し気なアイスコーヒーを片手に、車のハンドルには“手を添えるだけ”。

 出発から3時間以上が経過し、彼女は「ふぁ~」と大欠伸をかます。


「あ~、高速道路の運転って暇ですねぇ。瞑想でもしようかな」


「おい、その瞑想って“昼寝”の事だろ。絶対寝るなよ? 絶対だからな? ってか、ハンドルから手を離すなよ」


 背後から不安げな声を掛けたのは、24時間限定で美少女になった彩人あやと(兎衣の姿)。

 居眠り運転で事故でも起こされたら洒落にならないと心配になった訳だが、しかしビクトリアは余裕の表情を返す。


「大丈夫ですよ。この車の自動運転は優秀ですし、万が一事故が起きたとしても責任は政府に押し付けますから」


「いや、誰もアンタの責任問題なんか気にしてないんだが……まぁいいや」


「それで、私に何の用ですか? 運転席に直射日光がガンガン入ってくる問題なら、99%のUVカットガラスなのでご心配なく」


「別にアンタの紫外線対策も気にしてないんだが……まぁ対策バッチリならそれでいい。そんなことより、“合宿先”に着くのっていつ頃だ?」


「明日の昼頃です」


「明日!? そんな遠くまで行くのか?」


 何となく今日中には着くだろうと思っていた彩人あやと(兎衣の姿)だが、これは期待を裏切られた形となる。

 期待を裏切ったビクトリアはアイスコーヒーを一口飲んで、それから淡々と補足を加える。


「今回のエリスお嬢様のお遊び――もとい“合宿”はⅩ県まで行くので、それくらいは時間がかかりますね。なので、行きと帰りはこのモーターホームで一泊ずつ、合宿先では二泊の計4泊5日の工程です」


「そ、そうか。今日はこの車で一拍……」


「何か問題でも?」


「いや、何でも無い」


 彩人あやと(兎衣の姿)達が乗っているのは、『走る豪邸』と言っても過言ではないモーターホーム。

 市バスほどの広さがある車内には、個室のトイレとシャワーも付いていて、キッチンにはガスコンロと電子レンジもあるし、ベッドも余裕で全員が寝れるだけのスペースがある。

 冷蔵庫に食材が入っているのも確認したし、テレビやゲーム機に加えてスマホがあれば暇潰しには困らず、普通に生活する上では何も問題無いと言うか、むしろ自分の家よりも内装が豪華なので贅沢な程。


 本来であれば。

 この合宿を計画・実行したダークエルフの少女:エリスに感謝すべきところだが、しかしながら“魂が入れ替わってしまった”のは大問題。


「緊急会議だ、皆ちょっと集まってくれ」


 運転席のすぐ後ろ、3人掛けのソファーに彩人あやと(兎衣の姿)が座り。

 通路を挟んで反対側の対面ソファーに座る3人に、真剣な眼差しで告げる。



「単刀直入に言うと、尿意が限界を迎えている」



「「「!?」」」


 いちご、エリス、兎衣うい(彩人の姿)。

 3人同時に緊張が走り、最初に口を割ったのは褐色の肌を持つ少女だった。


「駄目だッ、明日まで我慢するのだアカバネアヤト!! 明日になったら入れ替わった魂も元に戻るッ、それまでオシッコは我慢しろ!!」


「いや、流石にそれは無理だって」

 すぐさま否定したのは、もう一人の張本人こと兎衣うい(彩人の姿)。

「限界を迎えたまま我慢したら、ボクの膀胱が破裂しちゃうよ。彩人あやと、構わずトイレ行って来て」と彩人あやと(兎衣の姿)にトイレを促すが……。


「ちょっと待って」今度はいちごが制止する。

兎衣ういちゃんの膀胱は確かに大事だけど、それって彩人あやと君が兎衣ういちゃんのパンツを下して……その、アソコを見るってことでしょ?」


「いや、別に見なくてもオシッコは出来るさ。彩人あやと、ボクの膀胱が破裂する前に早く行って来て」


「駄目ですウイ姉様ねえさま!! アカバネアヤトがウイ姉様ねえさまの身体でオシッコをするくらいなら、膀胱なんて破裂させてしまいましょう!!」


「何言ってるんだエリス!?」


「大丈夫ですよ。ウイ姉様ねえさまの“魂乃炎アトリビュート:『生命歓喜せいめいかんき』”で、破裂した膀胱を治癒すれば済む話です」


「なるほど、その手が……いや、なるほどじゃなくて!!」

 一瞬納得しかけた兎衣うい(彩人の姿)だが、流石に「OK」を出す訳にはいかない。

「例えそれで治るとしても膀胱は破裂させたくない!! 彩人あやと、いいからトイレ行って!! ボクの身体がどうなってもいいの!?」


「わ、わかったよ。兎衣ういがいいって言うなら、俺はもうトイレ行くぞ。マジでこれ以上我慢するのは無理だし、漏らすのは兎衣ういの名誉にかかわる。二人も、これ以上は文句言わないでくれ」


「「ぐぬぬぬ……」」


 いちごとエリスに納得している様子は無いが、それでも膀胱を破裂させるよりはマシだと判断した。

 兎衣うい(彩人の姿)が半分涙目で懇願して来たこともあり、その覚悟(?)を受け取った彩人あやと(兎衣の姿)がソファーから内股気味に立ち上がる。


(半泣きで懇願する俺の顔とか見たくないし……)


 そんな彩人あやと(兎衣の姿)の思いもあり。

 何とかトレイで用を足す権利を勝ち得た彼だったが、これで万事解決という訳でもなく。

 いざトイレの扉を開けたところで、背後から幼馴染み彼女の声が届く。


「――わかった。彩人あやと君がトイレ行くのは仕方ないけど、じゃあ“扉は開けたままでお願い”」


「……は?」

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