【2章:『ウイ姉様の洗脳解除合宿(前編)』】

23話:執着 ~ 事ある毎に触って来る ~

 『何事も経験』。

 これは彩人あやとの父親が打ち出した赤羽家の家訓だ。

 よって、彩人あやとの両親が“今回の合宿”に「NO」と告げる訳も無く、二人は朝っぱらから赤羽家の玄関に仲良く並んでいる。


 そんな二人の視線の先には、馬鹿デカいキャンピングカー:モーターホームの窓から顔を出す彩人あやとの姿があった。


「それじゃあ行って来るよ。帰りは5日後の予定だから」


「はーい、行ってらっしゃい彩人あやと。それに兎衣ういちゃん、いちごちゃんもね」


 母親が優しく微笑むと、彩人あやとの隣に居た義理の妹:兎衣ういは気恥ずかしそうに頷く。

 未だに“実の母親”との距離感は微妙なところだが、隣に住んでおり、昔から顔馴染みである彩人あやとの幼馴染み彼女:犬神いぬがみいちごは慣れた様子。


「おばさん、彩人あやと君を借りて行きますね」


「オッケー。何ならそのまま仮パクしちゃってもいいわよ?」


「そ、それはまだ気が早いですよ。後でちゃんと返しますからッ」


「あら残念。いちごちゃんなら別に返さなくてもいいのに」


 冗談とも本気とも取れる戯言を吐いた母親の隣で。

 彩人あやとの父親は運転席に向かって真面目なトーンの声を放つ。


「ビクトリアさん、息子達を頼みます」


「えぇ、任せて下さい。必ず無事に、皆さんをこの家までお届けしますので」


「よろしくお願いします。もし力仕事が必要なら、全て彩人あやとに押し付けて構いませんから」


「えぇ、勿論そのつもりです」



(え、勿論そのつもりなの……?)



 寝耳に水の会話が聞こえ、彩人あやとが驚いたところで車が出発。

 手を振る両親に見送られながら、怪しい合宿への道がスタートを切った。



 ■



 改めて繰り返すが、彩人あやと達が今乗っている車は「6000万のキャンピングカー:モーターホーム」。

 値段相応かどうかもわからないお洒落で豪華な内装に囲まれれば、必然的に乗るだけでテンションが上がるというもの。


 そもそも、一般的なキャンピングカーすら彩人あやとは乗ったことが無いのに、初キャンピングカーがここまでハイクラスの車ともなれば、それも致し方ないだろう――が、しかし。


 彩人あやとの中には漠然とした不安があった。

 ほとんどバスと変わらないこのサイズの車を運転するのが、「居眠り」に定評のある(?)世話係:ビクトリアだった為だ。


「なぁ、こんなにデカいキャンピングカーを本当に運転出来るのか? それも狭い日本の道で」


 ――アメリカからの輸入モノ故に、左ハンドルの「運転席」。

 そこに何食わぬ顔で座るビクトリアに彩人あやとが背後から声を掛けると、彼女は前を向いたまま、これまた何食わぬ声を返す。


「ご安心下さい。こと運転に関して私の右に出る者はそうそう居ない、という自負があります。何せ私は『レインボー免許』を持っていますのでね」


「レインボー免許? 何だそりゃ」


「普通自動車は無論、大型から船舶、ヘリコプターに飛行機、果てはドラゴンの操縦まで可能な免許証です。あと、特別に潜水艦の操縦も認められています。凄いでしょう?」


「へ、へぇ~……(コレは何から驚けばいいんだ? ドラゴンか? ドラゴンなのか?)」


 ボケなのか大真面目なのか判断に困る。

 普通に考えればボケ以外の何ものでもないが、“異世界”が関わっている以上「絶対に無い」とも言い切れないのが怖いところ。

 ただ、やはり車を運転する以上、一番怖いのが「事故」なのは間違いない。


「アンタが凄い免許持ってるのはわかったから、“居眠り”だけは絶対にしないでくれよ? 別に振りとかじゃないからな?」


「わかってますよ。私もボケで死ぬつもりはありませんし、命を預かっている以上は真面目に仕事します。――あと、私は居眠りなんかしません。仮に目を瞑っていたとしても、それは瞑想しているだけですから勘違いしないで下さい」


「はいはい、わかったよ。とにかく少しでも眠くなったら休憩してくれ。無事故無違反で頼むぞ」


「言われなくてもそのつもりです。ご心配なく」


 と言われても。

 心配だから声を掛けた訳だが、とはいえ彩人あやとに出来ることがあるかと言えば、それも「NO」。

 運転出来ない以上はビクトリアに頼る他ないのが実情だ。


 かくして不安を残しつつも運転席から離れた彩人あやとだが、後ろを向けばこれまた“厄介な問題児”が待っている訳で……。



「ひゃッ!?」



 唐突に悲鳴を上げたのは、彩人あやとの幼馴染み彼女:犬神いぬがみいちご

 悲鳴を上げたその原因は、この合宿を計画した張本人――褐色の肌を持つダークエルフの少女:エリスが、いちごの胸をつついた為だ。

 革張りの対面ソファーに座り、テーブルに乗り出していちごの胸に小さな指をツンツンと当てている。


「え、ちょっと……エリスちゃん? 何のつもり?」


「何って、貴様の胸が本物かどうか確かめているのだ。しかし……コレではよくわかんな。おい、ちょっと上を脱いでみせろ」


「ぬ、脱ぐ訳無いでしょ。こんな皆の前で」


「じゃあ揉んでみるか」


 胸を鷲掴みむぎゅッ。


「ひゃッ!?」

 堪らずいちごが再びの悲鳴を上げ、涙目で左斜め前――エリスの隣に座る兎衣ういに助けを求める。

「ちょっと兎衣ういちゃん、エリスちゃんをどうにかしてよ~」


「う~ん。どうにかしたい気持ちは山々だけど……残念ながら、エリスは昔から女性の胸に執着を見せていてね。事ある毎に触って来るから、今の内に諦めておいた方がいいよ。ボクはもう慣れっこだし」


「えぇッ!? ちょっと諦めるの早くない!?」


「そう言われても、好きなモノは好きなんだからしょうがないさ」


 言いつつ、兎衣ういがエリスの頭を撫でる。

 注意するどころか見逃すその心境は、“こういう考え”の元に下されたらしい。


いちご君だって、彩人あやとを諦めろと言われても諦められないだろう? エリスも同じだよ。揉むなと言われてもこの子は胸を揉むんだ」


「えぇ……それは何か、話が違う様な……? 彩人あやと君、助けて~」


 エリスに甘い兎衣ういでは埒が明かない。

 堪らずいちごが助けを求め、求められた彩人あやととしても、彼女の胸を好き勝手揉ませる訳にはいかないだろう。


「おい、いい加減にしろエリス」


「わッ!?」


 いちごに手を伸ばし、無防備な背中を晒す少女の「わき腹」。

 そこを掴んで彩人あやとが持ち上げると――“光”。


 エリスの胸が、不思議な光を放った。


 ――――――――――――――――

*あとがき

今更ですが、11話のあとがきに「エリスが本作の最重要キャラ」と書いた理由は次話で判明します。ある意味、本作は彼女を中心に話が展開されると言っても過言ではないです。

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