22話:大型 ~ さては貴様ッ、おっぱい星人か!? ~

「これはこれは赤羽あかばね彩人あやと氏、如何いかがしましたか?」


 口元のよだれをハンカチで拭き取り、リビングでビシッと背筋を正した一人の女性。

 ダークエルフの少女:エリスの世話係であるビクトリアが、何事もなかったかのようにキリッとした眼差して尋ねてくる。


 そんな彼女に対し。

 涎を顔面にぶちまけられた彩人あやとは、洗面所で洗った顔をタオルで拭きつつ、ジトリとした瞳をビクトリアに向ける。


如何いかがしましたか? じゃねーだろ。寝惚けて人を背負い投げしやがって……おまけに涎まで、最悪だよ」


「それに関しては赤羽あかばね彩人あやと氏の自業自得です。乙女のパーソナルスペースに無断で侵入した罰ですよ」


「いや、一応声はかけたし。そもそも仕事中に寝るなよ」


「寝ていません。私は侵入者をいち早く察知する為に、床に伝わる振動を聞こうと横になって集中していただけです」


「おいおい、苦し紛れの言い訳が過ぎるだろ。じゃあ何だ、アンタは集中すると口から涎を垂らすのか?」


「はい、そうですけど。それが何か?」


「………………(うわぁ~……この人、絶対に自分の非を認めないタイプだ)」


 自分の非を誤魔化す為には恥ずかしい事すらも受け入れる。

 清々しい程に割り切った思考だが、彩人あやとからすれば「人としてどうなんだ?」と思わずにいられない。


 そんな彩人あやとの視線をどう感じたのか、単にこの会話が面倒臭くなったのか。

 ビクトリアが改めてキリッとした眼差しを向ける。


「それで、私に何の御用でしょう?」



 状況説明かくかくしかじか



 エリスが提案(?)した『ウイ姉様の洗脳解除合宿』なる不安しかない計画。

 それを実行へ移すに際し、何だかんだで参加することになった彩人あやとではあるが、親の許可が必要だという話になり――という内容を伝えると。

 眉一つ動かさず話を聞いていたビクトリアが、黒スーツのポケットからスマホを取り出した。


「そういうことでしたら、私の方からご両親に連絡を取りましょう。今の時間なら大丈夫な筈です」


「おい、エリスの暴走を止めなくていいのか?」


「止める? 何故です?」


「何故って……え? 普通止めるだろ」


 常識的に考えて、子供の過ぎた行いを止めるのは大人の務め。

 それも「世話係」となれば、いの一番に止める役目だと思っていた彩人あやとだが、しかし彼女の考えは違う。


「お言葉ですが、それは赤羽あかばね彩人あやと氏の普通であって、私の普通ではありません。そもそも私の教育方針は『監視の元に、のびのびと』です。昨日の様な事前に話を聞いていない案件は怒りますが、今回の件は既に話を伺っていますし、基本的にはエリスお嬢様の意思を尊重します。――まぁお嬢様の場合、私の目を盗むのが上手なのがたまに傷ですけどね」


「いや、アンタの目を盗むのが上手いというか、アンタが仕事中に昼寝してるから監視出来てないだけだろ」


 鋭い眼光ギロリッ

 ビクトリアが彩人あやとを睨みつけ、そのままの顔で告げる。


「お言葉ですが、正論はつまらないですよ?」


「面白い必要が何処にあるんだよ……」


 ここまでのやり取りを経て、何となく彩人あやとはわかってしまった。

 このビクトリアという女性、パッと見は仕事が出来そうに見えて、実はそうでもないタイプだと。



 ■



 ~ 翌日 ~


 夏の太陽がまだまだ本気を出していない午前6時58分。

 閑静な住宅街の一角にある赤羽あかばね家の前に、3人の人影が並んでいた。


 内訳は、赤羽家の長男である彩人あやと、義理の妹:兎衣うい、そして隣に住む彩人あやとの幼馴染み彼女:犬神いぬがみいちご

 3人は夏らしく涼し気な私服姿で、全員が大きなボストンバッグを携えている。


 明らかに、これから旅行に出かける直前。

 それを証明するかのように、通りの右手から圧倒的な存在感を放ちながら――“バスに酷似した車”がゆっくりと近づいて来る。


「おい、まさか“アレ”で行くのか? 」


「だろうね……流石エリス、金に糸目を付けないらしい」


 質問した彩人あやとの右隣。

 答えた兎衣ういも呆気に取られた顔をしており、それは彩人あやとの左隣も同じ。


「まさか、今回の為にバスを手配したの? でも、なんかバスにしては見た目がカッコ良い様な……」


いちご君、アレはバスじゃない。“モーターホーム”だ」


「「モーターホーム?」」


 彩人あやといちごの「?」が被り、兎衣ういが二人を正解を導く。


「ざっくり言えば、キャンピングカーの一種だよ。中でも、特にサイズが大きいものをモーターホームと呼ぶらしい。日本じゃほとんど見ないけど、アメリカやヨーロッパだと人気があるみたいだね」


「へぇ~、随分と詳しいんだな。異世界から戻って間もないってのに」


「昨日の帰り、エリスが自慢げに教えてくれたんだよ。アメリカから輸入したモノで、確か金額は6000万とか言ってたかな」


「「6000万!?」」


 彩人あやといちご和音ハーモニー、再び。

 『ウイ姉様の洗脳解除合宿』なる馬鹿げたイベントの為に、それだけの金が動いたことに驚愕する他ない。

 一介の高校生には到底現実味の無い金額であり、改めてエリスという異世界から来た少女の凄さをまざまざと思い知らされる。


(6000万ってマジか……6000万って……6000万だぞ?)


 反応も馬鹿になる他ない。

 ただ呆気に取られる彩人あやとの前に6000万が――大型のキャンピングカーが停車。

 全長は約10メートルで、バスの路線でもない赤羽家の前にここまでの大型車が停まっていると、何処か非日常的な感動すら覚えるレベル。


 ただし、感動を味わう暇など無く。

 キャンピングカーのサイドにある自動ドアが開いた。

 そして中から、褐色の肌を持つ少女がピョンと地面に飛び降りる。


「フハハハハ!! おいアカバネアヤト!! ウイ姉様ねえさまを迎えに来たついでに、特別に貴様もこの車に……なっ!?」


 エリス、硬直。

 台詞の途中で口を開けたまま固まったのは、その視線の先にあるモノが原因か。

 その人形の様に美しい彼女の瞳が捉えたのは、彩人あやとの幼馴染み彼女:犬神いぬがみいちごの――胸部。


 くわっと目を見開き、エリスが叫ぶ。


「おいッ、何だその胸は!? さては貴様ッ、おっぱい星人か!?」


「ちょッ、何言ってるの!? 私は普通の人間ですけど!!」


「おいビクトリア!! ちょっとこっちに来い!! ビッグニュースだ!! おっぱい星人を見つけたぞ!!」


「だからッ、私は普通の人間だって!!」


 顔を真っ赤に反論するいちごは、さりとて収穫前のイチゴそのもの。

 練乳を掛けなくても十二分に甘く、今日も自分の幼馴染み彼女は可愛いなー、などと彩人あやとが考えている間に。


 殴りゴンッ


「あ痛ッ!?」


 運転席から降りて来た世話係:ビクトリアが、エリスの頭に拳骨。

 からの、一喝。



「大声ではしゃぐのは辞めなさい!! 朝からご近所迷惑でしょう!?」



 誰よりもご近所迷惑な大声でエリスを叱り、この場に居る全員が「えぇ~……」と完全に引いた顔ドンびき

 結果的に静かになった午前7時ジャストが、波乱を巻き起こす『ウイ姉様の洗脳解除合宿』の始まりだった。



              【1章】(完)

 ――――――――――――――――

*あとがき

【序章】に続き、【1章】の完読ありがとうございます。

次話から始まる【2章】が、『ウイ姉様の洗脳解除合宿』の話となります。


続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵なし)」も是非。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る