21話:冷房 ~ 俺はアンタのママじゃない ~

 ダークエルフの少女:エリスの「一肌脱いでやる」という台詞を受け。

 一瞬“あらぬ光景”を妄想してドキッとしてしまった彩人あやとだが、当然ながらその期待は無駄に終わり、彼女はおもむろに部屋の扉を開けた。


「おーい、ビクトリア。ちょっといいかー?」


「………………」


「ビクトリアー?」


「………………」


 下のリビングで待機している世話係:ビクトリアを呼ぶエリスだが、反応は無い。

 声の大きさ的には問題無く届いている筈だが、何か大事な仕事に集中しているのだろうか?


 この無反応にはエリスも不機嫌そうに溜息を吐き、それからクルリと振り返る。


「おいアカバネアヤト、ちょっと下に行ってビクトリアを呼んで来るのだ」


「え、俺が呼んでくるのか? まぁ別にいいけど……」


彩人あやと、ボクも一緒に行くよ」


 立ち上がった彩人あやとに、義理の妹:兎衣ういが声を掛けるも――


「ウイ姉様ねえさまは駄目です。ここでアタシと待ちましょう」


 ――すぐさまエリスが兎衣ういを引き留め、代わりに彩人あやとの背中を「さっさと行け」と言わんばかりにグイグイ押してくる。

 遠慮の欠片も無いこの態度には彩人あやとも少し「カチンッ」と来るが、ちょうど喉も乾いて来たところだったので、部屋を出るタイミングとしては悪くない。

 ビクトリアを呼んで来るついでに喉を潤そうと、彩人あやとは言われるがまま、背中を押されるがままに部屋を出た。


 すると。

 扉一枚を隔てた背後から、すぐに『ウイ姉様ねえさま~』と甘ったれた声が聞こえ、“こんな会話”が扉の隙間から漏れ出る。


『ちょっとエリス、こんな場所で駄目だって』

『はぁ、はぁ……やっぱりウイ姉様ねえさまのお肌は最高です~』

『もう、そんなにアチコチ触らないでよ。エリスは甘えん坊が過ぎるなぁ』

『えへへへ、だってしょうがないじゃないですか。ウイ姉様ねえさまとの水入らずの時間イチャイチャタイムは本当に久しぶりなんですから。ほら、ウイ姉様ねえさまも遠慮なんかせずに、アタシをもっと触って下さい』

『別に遠慮してる訳じゃないんだけど……全く、エリスはしょうがない奴だな。ほら、これでいいだろう?』

『はぁ~、最高ですぅ~』


(……全く、人の部屋で何やってるんだか)


 イチャイチャが過ぎる二人の会話に、呆れ顔で「やれやれ」と肩を竦める彩人あやと

 その態度からは“扉の向こうの出来事など気にしていない”みたいな感じにも見えるが、実際のところは滅茶苦茶気になっているというか、気にならない訳が無い。


 ただ、それで部屋を覗いたところで結果はわかっているというか、二人が仲良くしている姿を見せつけられるだけ。

 それが悪い事とは言わないまでも、もし彩人あやとがその光景を見て“嫉妬”でもした日には――顔を横に振るブルブルブルッ


(いやいや。あの二人が仲良くして、それに俺が嫉妬するとかあり得ない。二人は姉妹みたいな関係性って話だし、仲が良いのは何も悪いことじゃないし……もういいや、さっさとビクトリアを呼びに行こう)


 心の奥底に。

 何か“もやもやした感情”が生まれた気もするが、これ以上は考えても時間の無駄。

 扉の向こう側を見てみたい好奇心を押し殺し、彩人あやとは逃げる様にそそくさと1階へ降りたのだった。



 ――――――――



 ~ 赤羽家のリビングにて ~


「おーい、ビクトリアさん……って、えぇ? めっちゃ寝てんだけど……」


 エリスの世話係:ビクトリアを探してリビングに入ると、ソファーの上で横になっている黒スーツ女性の姿を発見。

 声を掛けるまでもなく、誰がどう見ても明らかに寝ている――それも爆睡だ。

 人の家のソファーに堂々とよだれを垂らし、何の遠慮も感じさせない爆睡具合に、彩人あやともポカンとした表情を向ける他ない。


(この人、仕事出来る系かと思ってたのに……実はそうでもないのか?)


 彩人あやとの中に何となくあった、彼女の堅実そうなイメージは簡単に崩壊。

 昨日、彩人あやとが捕らえられた廃工場に姿を現し、犯人であるエリスを颯爽と連れ帰った人間と同一人物だとは到底思えない。


 更には、2階へ上がる前に交わした“こんな会話”すらも、嘘だったのではないかと思えて来た程だ。


 ================


『えっ、アンタはリビングここで待ってるのか?』


『はい。私は有事の事態に備え、リビングで厳戒態勢のまま待機しています。この日本にはエリスお嬢様で欲情する危ない輩が多いと聞いていますし、変質者が無理やり侵入して来るかも知れませんので』


『えぇ……日本ってそんなイメージ持たれてたのか。何かショックだな……。異世界から見た“日本の良いところ”は何も無いのか?』


『勿論、良いところも沢山ありますよ。特に近頃は、異世界でも“日本食ブーム”が起き始めていて、寿司や天ぷら、ラーメンにカレーといった料理を出すお店も増えてきています。あと、“変態HENTAI”という日本由来の言葉が異世界でも流行り出していて……おっとすみません、これは要らぬ余談でしたね。それでは何が用がありましたら、いつでも私をお呼び下さい。常に万全の状態で待機しておりますので』


 ================


 ――このやり取りが、ほんの少し前の会話であるという事実。

 キリッと凛々しい顔で頼もしい台詞を吐いていた人が、僅か少しの間でこの大爆睡なのだから恐れ入る。


 まぁ木陰に居ても熱中症になりそうな真夏の外から、ひんやり涼しい冷房の効いた快適なリビングに入り、休みたくなる気持ちはわからなくもないが……それでも、流石に午前中の早いでここまでの爆睡は如何なものか。


「おーい、ビクトリアさん。起きてくれ」


 女性の身体を触るのも失礼かと、とりあえず声を掛けてみる彩人あやと

 それでも起きる気配が無い為、今度は遠慮がちにゆさゆさと身体を揺さぶる。


「おい、起きろって。仕事中だろ?」


「ん~……ママ~、あと5分だけ~」


「誰がママだ。寝惚けるのは自分の家だけにしてくれ」


 まだまだ彼女は夢の中。

 更に強く身体を揺すると、ビクトリアは涎の糸を引き伸ばしつつ、「ん~」と目を擦りながら上半身を起こした。


「お、ようやく起きたか。ビクトリアさん、エリスが呼んでるぞ」


「ん~……ママ~、今何て言ったぁ? まだ寝足りないんだけどぉ~」


「おいおい、いい加減にしてくれ。いつまで寝惚けてるつもりだ? 残念ながら俺はアンタのママじゃないぞ」


「ふぇ? ママは私の……え?」


 ビクトリア、開眼。

 直後に、彩人あやとを背負い投げ!!


「痛ッ!?」


 一瞬にして天地がひっくり返り、背中の痛みに顔を歪めた彩人あやと

 そこに、その顔に、ビクトリア大爆睡の証である「涎」が――付着ベチョッ


 赤羽家のリビングに、痛みではない彩人あやとの絶叫が轟いた。


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵なし)」も是非。

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