20話:招待 ~ 『ウイ姉様の洗脳解除合宿』 ~

「エリスさぁ、もしかして彩人あやとのこと狙ってる?」


 ダークエルフの少女:エリスに向けられた、冷ややかな兎衣ういの視線。

 いぶかしむ様なジトっとした彼女の瞳を受け、エリスが慌てて大声を返す。


「何を言っているのですかウイ姉様ねえさまッ、そんな訳ないでしょう!? アタシがこの男になびくことなど絶対にあり得ません!!」


「本当かなぁ~? エリス、昨日は彩人あやとの股間に顔を埋めてたし」


「だからッ、アレは完全に不慮の事故なのです!! このアタシがッ、こんな何の魅力も無い女ったらしミジンコ糞野郎に魅力を感じることなど断じてありえません!!」


「でも、さっきは彩人あやとの顔にパンツ押し付けてたし……ボクだってまだそんな事してないのに」


「する必要などありません!! 先ほどの事故はアタシの人生最大の汚点です!!」


 と、女性陣二人が言い争いをしている間。

 自分の部屋で所在なさげにしている彩人あやとは心の中で溜息を吐く。


(俺、何でここまで嫌われなきゃならねーんだ? ……いやまぁ、理由はわかってるんだけど)


 元々が兎衣ういのことで敵視されている上に、不慮の事故とは言え彼女に痴態を晒せてしまった。

 原因が何処にあれ嫌われてしまうのは致し方ないが、とは言えここは彩人あやとの部屋で、いつまでもギャーギャー騒がれていたら夏休みの補習が始められない。


「なぁ、騒ぐのはもういいからさっさと話を進めてくれよ。それとも今すぐ帰るか?」


「ふんッ、ミジンコの分際で偉そうに……だが、まぁいいだろう。貴様の戯言を聞くのも今日までだ」


 改めて腕を組み。

 それからエリスは先ほど壁に張った紙:「『ウイ姉様ねえさまの洗脳解除合宿』の全貌」と書かれた紙をビシッと指差す。


「『ウイ姉様ねえさまの洗脳解除合宿』とは――アカバネアヤト色に染まったウイ姉様ねえさまの洗脳を解く為に、悪の元凶であるアカバネアヤトと離れ離れにして、ウイ姉様ねえさまをアタシ色に染め直す合宿のことだ!! これから毎日、朝から晩までウイ姉様ねえさまと二人きりでイチャイチャして、アカバネアヤトのことなど欠片の一つも残さず忘れさせてくれる!! さぁウイ姉様ねえさま、今日の為にプライベートビーチのある別荘を買い取りました!! 早速、アタシと共に乙女の楽園へ出掛けましょう!!」


「え、行かないけど」


「……え?」


「行かないよ」


「……え?」


「行かない」


「……え? な、何故ですか!?」


 エリス、混乱わけがわからないよ

 正面から拒否されてオロオロしだした少女に、兎衣ういは至って普通の口調で告げる。


「だって、その合宿に行くと彩人あやとと離れ離れにされるんでしょ?」


「勿論です。その為の合宿ですから」


「それが嫌だから行かない。一回しかない高校一年生の夏休みは、出来るだけ彩人あやとと一緒に居たいもん」


「えっ、でも来てもらわないと話にならないのですが……もうお金も払って場所も押さえてありますし」


「それはボクに承諾も無く、エリスが勝手に話を進めた結果でしょ。自分勝手で我が儘なエリスの自業自得だよ」


「ッ――」


 大好きな人からの辛辣な言葉。

 ギュッとエリスが唇を噛み、我慢しようとしているのは伝わって来るが、それでも瞳に涙が溢れるのは止められない。

 すぐに嗚咽おえつ交じりの泣き声が部屋に響き始め、少し前の涙とは何もかも違うこの展開には、彩人あやともオロオロする他ない。


 今の状況下で。

 彼女の涙を止められる人物がいるとすれば、それは涙を流させた張本人だけ。

 目尻に溜まったエリスの涙をそっと拭い、兎衣ういはギュッとエリスを抱き締める。


「……ウイ、姉様ねえさま?」


「さっきの“自業自得”の一言でさ、エリスを突き放せたらボクも楽かも知れないんだけどね。生憎、ボクの義妹いもうとは可愛い過ぎるから、突き放し切れないから困るんだ。――案外、ボクも人のこと言えないよね?」


 横目チラリ――彩人あやとを見た兎衣ういの視線には気づかず。

 エリスは「グズッ」と鼻水を啜り、希望が見始めた瞳を優しく抱きしめる義姉あねに向ける。


「ウイ姉様ねえさま……それじゃあ、合宿に来てくださるのですね?」


「いいよ、彩人あやとも一緒ならね」


「うっ……それだと駄目です。意味が無いじゃないですか」


「でも、せっかくだし人数多い方が楽しそうじゃない? エリスのことは勿論大好きだけど、彩人あやとと離れるのも嫌だからさ、どうせなら皆で楽しく過ごそうよ」


「……ウイ姉様ねえさまは、アタシと二人きりは嫌なのですか?」


「そんな訳ないでしょ。もし本当に嫌だったら、こんな風にエリスのこと抱き締めてないし。でもさ、たまには他人を排除するばかりじゃなくて、一緒に同じ時間を過ごしてみるのもアリなんじゃない? ――駄目?」


「………………」

 ムスッとした顔で、エリスがボソリ。

「夜は……ウイ姉様ねえさまと同じベッドで寝たいです」


「うん、いいよ。久しぶりに一緒に寝ようか」


 微笑ましい小さな願いを受け、兎衣ういは苦笑しながら今一度エリスを抱き締めた。



 ■



「フハハハハ!! おいアカバネアヤト!! ウイ姉様ねえさまの寛大なるご厚意によりッ、貴様も『ウイ姉様の洗脳解除合宿』に招待してやることにしたのだ!! 地に頭を擦り付けて、死ぬまでありがたく思うがいい!!」


 数分前の泣き顔は何処へやら。

 兎衣ういの包容と優しい言葉ですっかり元気を取り戻したエリスが、再びベッドの上に仁王立ちとなり偉そうな笑い声を上げる。

 まぁ流石にガン泣きされるよりはマシだが、それでも彩人あやととしてはこの展開に困惑する訳で……。


「いや待ってくれよ。だから俺は補習があるって言ってるだろ。兎衣ういも勝手に俺の予定を決めんなよ」


「いいじゃん別に。オンライン環境があれば補習は何処でも出来る訳だし、必ず家でやれとも言われてないでしょ?」


「そりゃそうだけど、家でやるのが前提だから先生も注意してないだけだろ」


彩人あやと、言われてないルールは無いも同義だよ。自分の物差しで存在しないルールを勝手に作って、自分の可能性を縛る必要は無いんだ。人生、もっと自由に生きよう。ボクやエリスの様にね」


「お前等は少し自由過ぎる気もするが……まぁでも、確かにそれもそうかもな」


 補習の目的――それは“家で勉強すること”ではなく、入院による“勉強の遅れを取り戻すこと”。

 その場所が「家」だろうが「学校」だろうが「図書館」だろうが「プライベートビーチのある別荘」だろうが、勉強の遅れを取り戻すことが出来れば基本的に問題無い、筈だ。


 ただし、彩人あやとの考えがどうであれ。

 現実問題として彼が「未成年の高校生」であることに変わりはない。


「マジでその合宿とやらに行くなら、父さんと母さんの許可を貰わないと。でもさっき『異世界庁』に出掛けたばかりだし、流石に電話一本でって訳にもいかないよなぁ……」


「ふんっ、それなら問題無い」

 エリスがベッドから飛び降り、クイッと親指で部屋の扉を指す。

「貴様の世話を焼くのは癪だが、ウイ姉様ねえさまの為にアタシが一肌脱いでやる」


 ――――――――――――――――

*あとがき

続きに期待と思って頂けたら、本作の「フォロー」や「☆☆☆評価」を宜しくお願いします。

お時間ある方は筆者別作品「■黒ヘビ(ダークファンタジー*挿絵あり)/🦊1000階旅館(ほのぼの日常*挿絵あり)/🌏異世界アップデート(純愛物*挿絵あり)」も是非。

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