17話:制度 ~ ハーレムを覗く時 ~

 兎衣ういと母親の関係性は、多分そんなに心配しなくても大丈夫。

 きっと時間が解決してくれるだろうと彩人あやとが安堵したところで、目の前の問題が解決したわけではない。


 先ほど兎衣ういから発せられた「あ~あ」という“つまらなそうな声”の原因は、目玉焼きの半熟具合でも母親との関係でもなく、全く別の要因。

 それをポロリと、ダイニングテーブルの彼女が吐露する。


「わかってたつもりなんだけどさー、やっぱり彩人あやといちご君が一番なんだね」


「……何だいきなり、急にどうした」


「玄関での話の続きだよ。ボクと一緒に暮らすかどうか、そこにいちご君を出して来るんだもん。ボク達義兄妹きょうだいの話なんだからさ、いちご君は関係無くない?」


「お前が“普通の妹”ならな。だけど兎衣ういと俺は実際に血が繋がって無いし、お前は義兄妹以上の関係性を望んでる。その気持ちは素直に嬉しいけどさ、俺がそれを受け入れてしまうといちごが悲しむんだ。いちごが悲しむのは何よりも避けたいんだよ」


「その答えは、ボクが悲しむんだけど?」


「悪いが、そこだけは譲れないんでな」


 キッパリと、彩人あやとは明確に区分する。

 ここを「なぁなぁ」で誤魔化すのは、曖昧なまま流すのは誰の為にもならないと。

 それで兎衣ういが傷付くとしても、彼はキッパリと口にした。


 結果的に、兎衣ういが「うぅ~」とダイニングテーブルに顔を突っ伏してしまったけれど、かと言ってそれが100%望んだ展開かと言えば、当然ながら違う訳で。


「言っておくが、お前が悲しむのだって俺は嫌なんだぞ? まぁ悲しませた俺が言うのもアレだけど……出来ればいちごにもお前にも悲しんでほしくはない。身勝手な言い分だとは思うけど、それが俺の本心だ」


「それはつまり、いちご君もボクも彩人あやとが幸せにしてくれるってこと?」


「え? う~ん……まぁ、二人が幸せになれるなら、それが一番だとは思うけど」


「それなら――ッ」


 勢いよく顔を上げるガバッ

 突っ伏していた顔を持ち上げ、兎衣ういがグッと親指を立てる。


「やっぱり、ボクが彩人あやとの愛人になるしかないね!!」


「いや、何でそうなるんだよ!?」


「あ、やっぱり愛人って言い方は辞めて、ここは“第二婦人”って呼ぼうか。その方が彩人あやとも恰好つくでしょ?」


「おい、俺の話聞いてるか? ってか、どっちも変わらねーだろ」


 愛人も第二婦人も、彩人あやとからすれば似たようなモノ。

 複数の女性をはべらす性にだらしない男――そんなあまり良くないイメージが付いて来る言葉に思えたが、実はそうとも限らない。

 コレは彩人あやとの知識が狭いだけ、もしくは一方に偏った文字通りの偏見である可能性もあり、兎衣ういがそれを指摘する。


「どっちも変わらなくはないよ。ボクが居た異世界では『ハーレム制度』のある種族だっていたし、地球にだって『一夫多妻制』を採用している地域はある。そこでは第一婦人・第二婦人・第三婦人なんて言い方してて、だけど数字は順位じゃなくて結婚した順番ってだけなんだ。婦人は皆平等って扱いで、だからこそ第二婦人や第三婦人の権威も守られるんだよ。つまり、彩人あやとがボク等を幸せにするにはハーレムを作るしかない!!」


「いやいやいや。“つまり”で話が繋がっている様には思えないんだが?」


「そこは彩人あやとの考え方次第さ。繋がっていないと思うから繋がっていない様に思えるだけで、繋がっていると思えば繋がっているんだよ。ハーレムを覗く時、ハーレムもまた彩人あやとを覗いているって言うでしょ?」


「意味がわからん……」


 かの有名な哲学者:ニーチェの格言が1つ。

 深淵を覗く時、深淵もまた――という言葉をもじったモノなのは予想がつくものの、そんなどうでもいい考察は一旦忘れて。


 どうやら元気が出た(?)らしい兎衣ういの反応を見て、昨日からずっと気になっていた件について彩人あやとが問う。


「俺の話は置いておいてさ、そっちはどうなんだよ?」


「どうって何が?」


「エリスだよ、あのダークエルフの子。昨日は黒スーツの女性ひとが……世話係とか言ってったっけ? とにかくあの人が連れて帰ったけど、アレで話がまとまったって訳でもないだろ」


「ん~、だろうねぇ。エリスは執念深いから、多分また来ると思うよ。ボクに仕掛けて来るか、それとも彩人あやとの方に仕掛けて来るかはわかんないけど」


「俺、また誘拐されるのは嫌だぞ」


「流石に同じ手は使わないと思うけど、エリスのことだからねぇ。結構強引な手段を使ってくる可能性は――」



 チャイムピンポーン



 呼び鈴が鳴り、二人の会話は一時中断。

 この時、彩人あやとの脳裏には先日誘拐された苦い記憶が蘇ったものの、兎衣ういの言った通り“同じ手”は使わないらしい。

 すぐ傍にあるインターフォンのモニターで来訪者を確認すると、くだんの黒スーツ女性が映っていた。


兎衣うい、エリスの世話係が来てるぞ。対応していいのか?」


「いいも何も、対応しない訳にもいかないでしょ」


 チャイムピンポーン


 急かす様に再び呼び鈴が鳴る。

 彩人あやとが通話ボタンを押して「はい」と答えると、チャイムピンーポン


 更に、連打。


 チャイムピンポーンチャイムピンポーンチャイムピンポーンチャイムピンポーンチャイムピンポーンチャイムピンポーン


「だぁーうるせぇッ!! 何度も人んのチャイムを押すな!!」


 見かけによらず黒スーツ女性のマナーは悪いらしい。

 彩人あやとが廊下をダッシュし、玄関扉を開くガチャリ!!

 勢いよく扉を開けると――


「あ痛ッ!?」


 ――赤羽家の玄関扉が、出逢い頭の衝突事故。

 不幸にも黒スーツの女性が被害に遭ったかと思ったら、まさかの別人。

 玄関先でしゃがみ込み涙目で額を抑えていたのは、肩やお腹や太ももを大きく露出した衣装を纏う、長い耳と褐色の肌を持つダークエルフの少女:エリスだった。

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