16話:義兄 ~ 何かムズムズする……ッ ~

 接し方のわからない人間ほど、同じ空間に居て気まずい相手もいないだろう。

 両親が出掛け、玄関に残された義理の妹:兎衣ういは明らかに安堵の表情を浮かべた。


 その後、「ふぅ~」とゆっくり息を吐き。

 改めて向けて来た顔は、いつも通りの何処か不敵で飄々としたモノだった。


「おはよー彩人あやと。今日もボクのお義兄にいちゃんやってる?」


「どういう挨拶だよそれは……まぁおはよう。ってか、俺は今日も補習で、朝飯もこれからなんだけど」


「うん、だから一緒に食べようと思ってさ。あ、おかずは目玉焼きでよろしく。あとウインナーも欲しいかな」


 靴を脱ぎ、当然の様に告げる兎衣うい

 実は内心「朝食を作りに来たよ」的な展開を期待していた彩人あやとからすれば、少々想定外の事態。


「え、俺が作るのか? お前の朝食のおかずを?」


「料理が出来る男はモテるよ。お願いお義兄にいちゃん」


 両手を合わせ、前屈みで上目遣い。

 結果、夏ゆえに薄手の服装が悪さを働き、何処とは言わない「谷間」が彩人あやとの視界を自然と奪う。


 そして、その視線に気付かない兎衣ういでもない。

 彼女はニヤリと笑みを浮かべ、あえて見せつける様に彩人あやとへ詰め寄った。


「あらら~? 彩人あやと義兄にいちゃんは、・を、見てるのかな~?」


「べ、別に何処も見てないし……」


「えぇ~、本当かなぁ~? ねぇお義兄にいちゃん、素直に言ってくれたらもっと見せてあげてもいいけど?」


「別に見なくていいし!! ってか、お義兄にいちゃんは辞めてくれ。何かムズムズする……ッ」


「やだもう~。彩人あやとお義兄ちゃんの・が、ムズムズするのかなぁ~?」


「ちょッ、近いって!! お前ッ、いい加減にしないと――」


 押し倒されたドンッ


 彩人あやとの背中が衝撃を受け、押し倒された彼の身体に兎衣ういが跨る。

 これが単なる悪ふざけなら彩人あやとが怒鳴って終わりだが、跨ったままうるんだ眼差しで真剣に見つめられたら、彩人あやとも怒鳴ることは出来ない。



「――彩人あやとは、ボクと一緒に暮らしたくないの?」



「………………」


 グサリと、見えない棘が心に突き刺さる。

 悪い事などしてない筈なのに、罪を責められているようで非常に居心地が悪い。


「……さっきの話、聞いてたのか」


「うん、たまたまだけどね。彩人あやとはボクのこと嫌いなの?」


「いや、別にそういう訳じゃないけど……」


「じゃあ好き?」


「振り幅が極端だな」


「不安の裏返しだよ。想い人に振り向いて貰えないかもしれない……そんな恐怖が彩人あやとにわかる?」


「………………」


 見えない棘グサリ

 本日二度目の痛みを覚え、それ以上に苦しんでいるかもしれない彼女に、義理の妹に、ここで言葉を濁す気には慣れなかった。


「――正直言って、俺からすれば好き嫌い云々以前の話だ。お前に10年前から俺の記憶があっても、俺からすれば最近転校して来た女の子でしかない。それがいきなり義理の妹だと言われても実感が無いんだよ。そりゃあ女の子から言い寄られて嫌な気分にはならないけど……強く押される分だけ、何も覚えてないことが申し訳なくなって逆に引いてしまう。兎衣ういのこと、ぶっちゃけほとんど何も知らないからな」


「じゃあ知ってよ。同じ屋根の下で一緒に暮らせば、ボクのこと沢山教えられるよ?」


「それはそれで、今よりも激しいアタックが来そうで怖い」


「いいじゃん別に。ボクのアタックに陥落しちゃえば?」


「そしたらいちごが悲しむから駄目だ」


「……ちぇ」


 可愛らしい舌打ちをし、不満げに頬を膨らませる兎衣うい

 それから彼女は彩人あやとの上から立ち退き、両手を上げて「う~ん」と伸びをした。


「それじゃあ彩人あやと、朝食の準備よろしく」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 赤羽家のダイニングにて ~


 母親が予め用意していたご飯と味噌汁。

 そこに彩人あやとが焼いた目玉焼きとウインナーを加えれば、本日の赤羽家の朝食が完成となる。


「「頂きます」」


 両手を合わせパシッ朝食を食べモグモグ完食ふぅ~

 各々が食べ終わったタイミングで「ごちそうさま」と手を合わせれば、これにて朝食も終わり。

 食器は昼食後にまとめて食洗器に入れるので、とりあえず流しで水に漬けておけば問題無い。


 この後は補習の予定だが、その前に少しだけ休憩しようとソファーに移動して寝ころぶ彩人あやと

 そんな彼の耳に届いたのは、テーブルにだらしなく項垂れる兎衣ういの「あ~あ」という“つまらなそうな声”だった。


「ん、どうした? 日本の飯が口に合わなかったか?」


「まさか、そんなことないよ。目玉焼きはもうちょい半熟が良かったけど、それ以外は文句無いし」


「悪かったな、火を通し過ぎて。俺だってもうちょい半熟の方が好みだけど、お前が途中でちょっかい出すから焼き過ぎたんだぞ」


「それはちょっかいを出したくなる彩人あやとの背中が悪いよ。ボクに“襲え”って言ってるようなものだもん」


「どんな背中だよそれは……悪いのは俺の背中じゃなくてお前の目だろ」


「それにさ――」


「俺の話聞いてるか?」


「それに――お味噌汁も、何だか懐かしい味気分になったよ」


「……そうか」


「うん。母さんのお味噌汁を飲んだのなんて10年も前の話だし、そもそも小さ過ぎて味なんか覚えてない筈なのにさ……不思議だね」


「……だな」


 恐らく、10年振りに味わった母親の味。

 各国・地域ごとに「母の味」なる料理はあるが、こと日本においての定番は味噌汁だろう。

 それを味わった兎衣ういが、10年振りに味わった彼女が、どんな気持ちでいるのかは彩人あやとにもわからない。


 ただ、玄関先で両親と鉢合わせして、戸惑っていた表情とは違う。


(血の繋がった親子が一緒に暮らすことに、理由なんか要らないのかもな。どれだけ間が空いたとしても……多分、関係無いんだ)


 何処か満たされた様な義理の妹の表情を見て、何となく安堵した彩人あやとだった。


 ――――――――

*次話、「次の章」に向けての話が進みます。

 ダークエルフの少女:エリスも再登場です。

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