15話:両親 ~ 一緒に暮らしたいかどうか ~

「わっ!?」と急に驚いたいちごの視線に釣られ。

 振り返った彩人あやとの背後には、スラッと背の高い黒スーツの女性が立っていた。

 180センチある彩人あやととほぼ同じ高さの目線で、彼女は近くの彩人あやといちご横目チラリと見てから、前方に向けて少し張った声を出す。


「エリスお嬢様、遊びは程々にして帰りますよ」


「うるさい!! ウイ姉様ねえさまがあの女ったらし糞野郎を諦めるまで、アタシはここを離れないのだ!!」


「そうですか……わかりました。では仕方ありませんが、久しぶりに『お尻ぺんぺんの刑』を――」


「そ、それだけは駄目なのだ!! お尻ぺんぺんだけは……ッ!!」


 エリスが慌てた大声を上げるも、黒スーツの女性は涼しい顔。


「『お尻ぺんぺんの刑』が嫌なら、大人しく帰りますね?」


「うっ、でもウイ姉様ねえさまが……」


「まだごねるようでしたら、『お尻ぺんぺんの刑』は“パンツ抜き”で――」


「帰る!! 帰るからお尻ぺんぺんしないでッ!!」


「良い子ですね。では帰りましょうか」


「……はい」


 落ち込みしょぼん

 この上なくテンションの落ちたエリスと、彼女に近付き、半ば引きずる様に廃倉庫の入口へと向かう黒スーツの女性。


 そのまま特に会話も無く出て行くのかと思いきや、黒スーツの女性は廃倉庫の入口で脚を止め、クルリと振り返る。

 視線の先に居たのは彩人あやとでもいちごでもなく、先程までエリスと言い合いをしていた彩人あやとの義理の妹。


兎衣うい様、貴女が性別を偽り勇者になったことは、既に国王の耳にも入っています。今は処分を検討中ですので、あまり好き勝手されませんように」


「わ、わかってるよ……」


「それなら結構です。では、私はこれで――」



「ウイ姉様ねえさま!!」



 唐突にエリスが叫ぶ。

 黒スーツの女性に引きずられたまま、こんな「捨て台詞」を残す為に。


「アタシはッ、絶対にウイ姉様ねえさまを諦めない!! これで終わったと思わないで下さい!! それからアカバネアヤトッ、せいぜい夜道には気を付けることだな!! フハハハハ!!」


 拳骨ゴンッ


いたーッ!?」


「馬鹿言ってないで帰りますよ」


 黒スーツの女性が拳を振るい、外に停めてあった黒塗りの高級車(中が見えない)に問答無用でエリスを押し込む。

 それから彼女は運転席に座り、電気自動車なのか五月蠅いエンジン音を出すことも無く静かに発車し、廃倉庫の敷地から呆気なく姿を消したのだった。



 ■



 ~ 翌日 ~


 朝起きて、用を足し、顔を洗って。

 それから彩人あやとは洗面台の鏡を前に、「はぁ~~……」と深い溜息を吐く。


「全く、昨日はエライ目に遭った」


 誘拐されて、廃倉庫で目を覚まし、人生初の鞭で脅された衝撃の日から丸一日。

 黒スーツの女性がエリスを連れ去った後、彼女エリスが座布団代わりにしていた彩人あやとの服を発見。

 何とかパンツ一丁姿を脱した彩人あやとは、兎衣ういが手配していた黒塗りの高級車(運転手付き)で家まで戻って来た次第となる。


 なお、コレは車中で聞いた話だが、あの黒スーツの女性はテレビ会見の時にも居たらしい。

 兎衣うい曰く、“エリスの世話係”とのことだった。


(あの人も“異世界人”って話だったけど、ダークエルフみたいな特徴も無いから見た目じゃわからないな。兎衣ういも勇者の恰好してなかったら普通の人間だし……いやまぁ、兎衣ういは元々が地球人だから当然なんだけど……)


 腹の虫ぐぅ~~

 朝から思考を回した為か、腹の虫が空腹を訴えた。

 鏡の前で冴えない顔と睨めっこしても腹が膨れる訳も無く、彼はダイニングに向かおうと廊下に出たところで、玄関で靴を履く“スーツ姿の二人”を発見。


「おはよー二人共」


「おはよう」「はい、おはよう」


 玄関から挨拶を返したのは、他でもない彼の「両親」。

 父親は血が繋がっているだけあり、高1で180センチある彩人あやとよりも更に5センチほど背が高い。

 母親は、結果的に血が繋がっていないことが判明したけれど、だからと言って今更余所余所よそよそしい態度になる彩人あやとでもないし、それは母親も同じ。


 普段と変わらぬ挨拶を返した母親は、冷静に見ると何処か兎衣ういの面影を感じる整った顔で告げる。


彩人あやと、ご飯とお味噌汁は用意してあるから朝は一人で食べて頂戴。それと、今日も帰りは遅くなると思うから、お昼と晩御飯はいちごちゃんに頼んでおいたからね」


「え? 別に飯くらい自分で何とかするのに……」


「アンタ一人だと、絶対お菓子で済ますでしょ? ちゃんと栄養のある物を食べないと駄目よ」


「はいはい、わかったよ。ちなみに今日も『異世界庁』?」


「あぁ」と答えたのは父親。

兎衣うい君のことで色々と手続きが必要でな。話がまとまったら改めて伝えるが……お前はどうしたい?」


「どうってのは?」


兎衣うい君と一緒に暮らしたいかどうかだ」


「ん~……それって、今すぐに答えを出さないと駄目な感じ?」


「いや、一応聞いてみただけだ。どのみち異世界が絡んでくる以上、お前の一存で決まる話でもないからな。まぁでも、意見を言わないまま勝手に決まるよりは、何か言っておいた方が後悔も少ないと思うぞ」


「……わかった。考えておくよ」


「あぁ。それじゃあ行って来る」「戸締りはしっかりね」


「いってらっしゃい」


 かくして彩人あやとに見送られ、彼の両親が玄関の扉を開けた――その先に。

 異世界から来た「元:勇者」改め、彩人あやとの義理の「妹:兎衣うい」が居た。


「おはよう兎衣うい君」と最初に声を掛けたのは彩人あやとの父親。

 対する兎衣ういは何とも言えぬ微妙な表情を浮かべ、彩人あやとの両親に = 己の両親に会釈ペコリと頭を下げる。


「あ、おはようございますおじさん。と……お母さん」


「おはよう兎衣ういちゃん。今日も逢えて嬉しいわ」


「ど、どもです」


 明るい笑顔を浮かべた母親とは違い、兎衣ういの表情筋は明らかに硬い。

 血の繋がりが無い父親に関してはともかく、例え不可抗力だとしても、10年も自分の存在を忘れていた人物を「母親」と呼ぶのは抵抗があるのだろう。


 ……いや、「抵抗」と言うよりも「戸惑い」に近いのかも知れないが、どちらにせよ“親子の自然な挨拶”には程遠いものだった。

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