【1章:エリス襲来編(全12話/完結済み)】

11話:愛人 ~エロ本とかマジで持ってねーよ~

 7月下旬。

 退院 ⇒ 復帰から三日目で、高校一年生である赤羽あかばね彩人あやとは夏休みを迎えた。


 本来であれば夏休み初日から遊びに出かけたいところだが、彩人あやとの場合はそうもいかない事情がある。

 というのも、1学期の後半が入院生活で終わってしまった為、この夏休みの間に「補習」を行う必要があるのだ。


 ただし、教師の働き方改革の影響で、補習のほとんどは「動画学習」。

 自宅で指定の教育アプリにログインしていれば出席扱いで、8月中旬に行われるテストに合格すれば追加の補習も無くなる――という訳で。

 登校もせず家で勉強出来るのをいいことに、夏休みの初日から年頃の乙女二人が彩人あやとの部屋に入り浸っていた。


「なぁいちご君、ボクと協定を結ばないか?」


「え? 協定って……どういうこと?」


 不透明な話に「はて?」と首を傾げたのは、幼馴染みの彼女:犬神いぬがみいちご

 そして彼女に首を傾げさせたのは、異世界から“戻って来た”義理の妹:兎衣うい

 真剣な眼差しをいちごに向け、彼女は大きく息を吸い、そして言葉と共に吐く。


「――悟ったんだ。このままいちご君と彩人あやとを取り合っても、ボクには絶対に勝ち目が無いって。そこでボクは、彩人あやとの愛人になることにした」


「ちょッ、え!? 何言ってるの?」


いちご君、ボクは本気だよ。そしてこれは、いちご君にとっても悪い話ではない」


「何処が!? 悪い話でしかないんだけど!!」


 人差し指を3振りチッ・チッ・チッ

 兎衣ういが指を振り、その指を前のめりになったいちごの唇に当てる。


いちご君、それは早計だ。少し考えてご覧?」


「みゃみを(何を)?」


「例えばそう、いちご君が何を言おうと、ボクはきっと彩人あやとに近づくだろう。それこそいちご君の知らないところで接触し、あんな事やこんな事をするかも知れない」


「みょめみゃ(それは)――それは絶対に駄目」


 人差し指から唇を離し、いちごがキリッと兎衣ういを睨む。

 その睨みを受け、彼女はコクリと頷く。


「そうだろう? 自分が知らないところで、他の女に彩人あやとにアレコレ手を出されたくないよね? だけどもし、いちご君が彩人あやとの愛人としてボクを認めてくれたら、ボクはいちご君の居ないところでは、彩人あやとにあんな事やこんな事をしないと約束しよう」


「……それ、私が居るところならするってこと?」


「勿論」


「どっちみち駄目じゃん」


「そう。どっちみち駄目なら、許可した上でボクにルールを守らせた方が得策だよ。もし愛人を認めてくれなかったら、ボクはいちご君の知らないところで彩人あやとにあんな事やこんな事をする。絶対にする。だけど愛人として認めてくれてたら、いちご君の居ないところでは彩人あやとに手を出さないと誓おう。――どうだい?」


 キリッと、中性的な整った顔立ちでいちごを見据える兎衣うい

 台詞の内容次第では「ドキッ」と鼓動が高まっていた可能性もあるが、如何せん内容がアレなので、いちごの視線はシラケたものだ。


「どうだい? じゃなくてさ。そもそも兎衣ういちゃんが彩人あやと君に手を出さない、っていう選択肢は無いの?」


「無いね。そんな選択肢がこの世に存在するなら、ボクは今頃ここに居ない。そうだろう?」


「そんな自信満々に言われても……」


「そりゃあ自信満々に言うさ。彩人あやとを想うボクの気持ちは本物、それこそいちごにも負けるつもりは無い」


「わ、私だって負けるつもりないんもん!! 絶対に兎衣ういちゃんよりも私の方が彩人あやと君のこと――」



「あのさ、少し静かにしてくれるか?」



 閉口。

 話題の中心となっていた彩人あやとが抗議の声を上げ、いちご兎衣ういが口を閉じる。

 タブレットで「授業の動画」を真剣に見ていた彩人あやとを“挟んで”の口喧嘩だった為、彼が辟易とした視線を二人に向けるのも致し方ない。


 かくして静かになった二人だったが、それも結局は長続きしなかった。

 いちごは隣で一緒に動画を見て、暇を持て余した兎衣ういは立ち上がって「う~ん」と背伸びをする。


「ねぇ彩人あやと、エッチな本は部屋の何処に隠してるんだい?」


「アホか、そんなの教える訳ねーだろ。ってか、エロ本とかマジで持ってねーよ」


「あー、それもそうだね、今頃の男子なら全部ネットで見てるか。それじゃあ彩人あやと、ちょっとスマホ貸して」


「今の流れで貸すと思うか?」


 テーブルの上に置いていたスマホを自分の方に引き寄せる彩人あやと

 兎衣ういに奪われないようポケットにしまおうとしたところで、新着ニュースのテロップが画面に表示された。


 普段なら、余程のニュースじゃない限り内容をチェックすることも無いが、今回ばかりは話が別。

 テロップに表示されたのは以下の文面だった。



『緊急生放送:異世界から交換留学生が急遽来日!!』



「ん、また誰か来るのか」


彩人あやと君、どうしたの? 」


「いや、何か異世界人がまた日本に来るらしい。緊急生放送って書いてるから、テレビで中継してるっぽいな」


 この話題には補習の動画も一時停止。

 いそいそとリモコンでテレビを付けると、早速「緊急生放送」と書かれたテロップが目に入る。

 

 画面にはテーブルと椅子がズラリと並んだいわゆる「会見場」みたいな場面が映り、『異世界庁』と大きく書かれたパネルの前で複数の人間が座っていた。

 中央には“異様に長い耳”と“褐色の肌”を持つ銀髪の少女が居て、何処からどう見ても彼女が異世界人であることは疑うまでも無い。


「おぉ~、もしかして“ダークエルフ”ってやつか?」


「だよね。初めて見たけどお人形さんみたい」


 少し興奮気味に語る彩人あやといちご

 地球人からすれば極めて稀な存在であり、その反応もごく自然なものだったが、異世界から戻って来たばかりの兎衣ういは違った。


「……エリス?」


 ポツリと、兎衣ういが呟いたその言葉。

 恐らくは「名前」だろうことが容易に想像つくものの、何故あのダークエルフの名前を知っているのか、それを彩人あやと達が問いただす前に“事態が動く”。


『それでは、只今より『異世界庁』による交換留学生の――』



『おいッ、見ているかアカバネアヤト!!』



「……ん?」


 一瞬、彩人あやとは何が起きたのかわからなかった。

 ダークエルフの少女がマイクを手に取り、司会の進行を遮ったかと思えば、何故か自分の名前を呼んだのだ。

 最初は同姓同名で別人の話かとも思ったが、続いて飛び出した“この発言”により、自分を指していることが確定する。


『アタシは今日、貴様からウイ姉様ねえさまを取り戻しに来た!! その薄汚い首をゴシゴシ洗って待っていろ!!」 

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